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迷宮を降る内に地響きの様なものが鼓膜を揺らした
「?」
「アノスさん?」
シルビアさんが僕を気に掛け立ち止まる
「皆さん」
周囲に乱立し始めた黒い糸に僕は投石器を構える
「警戒して下さい!何か来ます!」
「あ?そりゃボスだ…」
『ボス』───迷宮の長のこと。迷宮には心臓と呼ばれる核であり、この心臓が壊されれば迷宮は緩やかに死亡するためこれを護る存在である。迷宮の守護者と言える存在であり、迷宮内に存在する化け物はこれの小型なのが一般的
予想が正しければ『蝙蝠型の長』が件の守護者なのだが地響きを起こす程の蝙蝠型が存在するかは疑わしい
僕は魔力を集中させ、今も近づいてくるそれに警戒を続けていたが、予想よりも速い『そいつ』の巨体から繰り出される一撃はロンさんを弾き飛ばし、壁に叩きつけた
「え?」
見上げる巨体、隆起した筋肉が屈み込み様にその手に持っていた棍棒を振り抜きロンさんを壁に向けて弾き飛ばしたのだ
「ロン!」
「ラントさん!」
風圧が過ぎ去ると同時に巨体の第2波の準備が始まっていた。あの巨体に攻撃されればラントさんはひとたまりもない
「アノスさん、逃げますよ」
「シルビアさん?」
「ラントさんとの約束なんです」
走り出そうとした僕の服を掴んだシルビアさんは涙ぐみながら言った
「被害が出るなら応援を呼ぶように
非常時には置いて行けって」
確かに理に適った作戦だ『対処できない』脅威に対して玉砕覚悟で突っ込むのは得策じゃないし、自殺行為と言っていい、それなら被害を抑えた上で報告するのが一番だろう
「だから」
「…」
◆◇◆◇◆
アノスはシルビアの静止を振り切った。それは単なる玉砕覚悟の突撃。などではなく長くひとりで戦っていた彼の経験からくるものだった
その巨体───サイクロプスという化け物はロンとラントに対し、振り上げた武器を振り下ろさんとしていた
急な事態にラントは動けなかった。壁にめり込むロンを助けようとしているが事態が飲み込めず立ち尽くしていた
「『ファイアボール』」
繰り出された火球がサイクロプスの眼球近くと肩を捉え弾いた。振り上げていた武器に重心が持っていかれ、よろけるサイクロプスに目掛け腰に手を伸ばしたアノスだったが
◆◇◆◇◆
いつも腰に据えられていた武器はそこにはなく空振ること2回、僕はその武器が腰にではなく、鞄に入っていることを思い出した
「しまった」
僕はこちらを睨みつけるサイクロプスを前に無防備を晒し、振り上げられた棍棒はそのまま横薙ぎに動きを変えた瞬間、僕の全身を真っ赤な糸が通過した───直撃
「【プレゼンスメナス】」
かに思えた時、何処からともなく現れた火柱がサイクロプスを捉えた。赤い糸はほつれ消えるとサイクロプスは身体を必死に払って火を消そうと躍起になっていた
「アノスさんの馬鹿!」
「すみません」
僕は着地と同時にロンさんとラントさんに近づく
「ロンさん」
「アノスか
ラントとシルビア連れて逃げろ」
「ロン!そんなこと言わないで」
半狂乱のラントさんはテコでも動かないのは明白だった。ロンさんが生きている。それを助けなければと必死になって引っ張っている姿を見れば分かる
「シルビアさん、あの火柱を
もう一度出せますか?」
「火柱?いえあれは撹乱魔法です
威力は皆無です」
「なるほど、他には」
「えっと、能力向上と気配遮断で後は…」
「では…」
◆◇◆◇◆
サイクロプスは身体から火が消えると怒り任せに咆哮を上げた
片手に掴んでいる『守護者の亡骸』を今一度強く握り込み、今も生きているであろう4人を叩き潰さんと歩き出した
「『ストーン』」
目元に飛んでくる礫に顔を顰めるサイクロプスは先程同様に不快感を与えてくるひとりに警戒を示した
弱点である顔の中心にあるひとつ目に対して的確に攻撃をしてくるアノスに亡骸棍棒を振り下ろす
しかし、アノスには当たらず、風圧のみがアノスを捉えた。尚も近づいてくるアノスにサイクロプスは何度も叩きつけを浴びせるがそのどれもが空振りとなった
またも飛び上がったアノス、ギロリとサイクロプスが怒りに満ちた目で睨みつけると横薙ぎを構えた
「シルビアさん!」
「【スウィフトストライク】」
サイクロプスの一撃が空を薙ぎ払った。当のサイクロプスでさえ驚きを隠せない様子で身体を捩り、バランスの崩れた状態に対抗したが敢えなく背中から地面に叩きつけられた
土煙の上がる中、サイクロプスの側頭部から伸びる2つの影───投石器が収縮を始める
上がっていた土煙を突っ切り馬鹿みたいな速さでサイクロプス目掛けて飛翔するアノスが剣を抜き放つと『降剣』───両手で振りかぶっていた剣を衝撃の瞬間に巨大な眼球目掛けて振り下ろした
巨岩をも打ち崩す一撃に弾けた眼球、貫かれた脳漿、サイクロプスは短い痙攣を起こすと光の粒子になって消えた




