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◇◆◇◆◇


「アノス?」


 起きたらアノスが居なくなっていた。夢だったのだろうか?鞄も温もりも何もかもがそこにはなく、剣を抱いて焚き火の前で目を覚ました


「嘘」


 今までのが夢だったのだろうか?嫌だ、そんな悲しいことはやめて欲しい。恥を忍んで添い寝に誘ってアノスが受けてくれた出来事が私の泡沫だったなんて受け入れられない


「アノス!アノス!!」


 立ち上がり、どこまでも続く暗闇に向けて彼の名前を何度も叫ぶ!何度も何度も、喉が潰れるまで叫び、揺れる焚き火だけで温まっていた体温が下がったのか力なく膝から倒れる


「嫌だ!嫌だ!」


 身体から体温が失われていく、幼い頃に受けたあの恐怖が再び私を飲み込もうとしてくる


「寂しい」


 小さくなっていく焚き火を前に自分を抱き寄せ体温を守ろうと必死に抵抗する。しかし、続く吹雪に私の肢体は徐々に氷へと変わっていく


「誰か」


 消えた焚き火に最後の力を振り絞り手を伸ばす。霧散した意識の中でどこを見ているのか定かではない景色の奥からこちらを見つめる獣がゆっくりと近づいてくる


 獣が大きく口を開け私を飲み込もうとし、抵抗する気力は残っていない、このまま身を任せて


「『氷相』?」


 その時、間に割って入る『誰か』


「大きくなったな」


『誰か』は獣を撫でていた。私は『誰か』を知っている筈なのだが思い出せず落ち込む、私は『知られていない』


 弱い私はいらない子なんだ


「◾️◾️?」


「え?」


 不意に呼ばれた私の名前に顔をあげる


『誰か』は私に手を差し出してくれていた。しかし差し出される手のひらに手を伸ばしたが私の身体はその手に触れることができず空を切った


「ごめんなさい」


『知られていない』私は触れられないし、触れることができない。『誰か』は難しい顔をすると


「ふむ」


 どこかへ行ってしまった。とても悲しい


「こっち、こっち」


「え?」


 私の元に戻って来た『誰か』は『獣』を連れて来ていた。大きく口を開けたそれは再び私を飲み込もうとした


「ひっ!」


「落ち着いて◾️◾️」


「え?」


 獣は身を縮こめ眠りについていた


「一緒に寝よ」


『誰か』に促されるままに私は床に耳を当て、彼が見守る中眠りについた


「おやすみ」


「あなたは?」


「僕はアノス」


「アノス?」


『誰か』───『アノス』


 私、知ってる。彼に触れたことがある


◆◇◆◇◆


「アノス」


 夢から覚めた私は腕の中で寝息を立てる彼を触って確かめる。朧げな記憶に残るアノスに撫でられた私と寄り添われた私、何だあの夢


「ん〜」


「…もう少し堪能するか」


 変な夢で起こされたのは癪だがそのお陰でアノスの寝息と寝顔が堪能できているのには感謝しないこともない


 子供の体温は高くて、私の体質からすれば湯たんぽと同じで心地よいだ。軍での日々は地獄だったし、久しぶりの安眠は何ものにも変え難い至福だ


 それも子供との添い寝なんてね


「幸せ」


◆◇◆◇◆


「変な夢見た」


「そ」


 内容は忘れたが何処か懐かしさを受けていたのは覚えている。しかし、どれだけ思い出そうとしても思い出せないため、非常にもどかしい気分になる


「ほら、身支度をする」


「うん」


 僕は慣れないスッキリとした感覚と『夢』というものに少しばかり体調を崩した


◆◇◆◇◆


「おはようございます」


 欠伸をしながらギルドに向かうと受付嬢さんが出迎えてくれた


「おはようございます」


「御二方、少し宜しいですか?」


「はい?」


「構わないわ」


◆◇◆◇◆


「昇級試験?」


「はい、先日解決して下さった

 緊急依頼の実力確認も兼ねて

 実施したいと思っております」


「ま、当然ね」


 受付嬢さんがティナと僕を呼び出して話したのは『昇級試験』についての説明だった。昇級試験と言っても僕だけが受ける内容だった


「現在転職しておりますティナさんはスキル登録

 ですので試験は免除となっております」


「アノス頑張って」


「うん」


「今回の試験内容は斥候ということで

 迷宮の踏破を課題としますので日程が決まり次第

 お伝えします」


「よろしくお願いします」


◆◇◆◇◆


「こんなに早く昇級するものなの?」


「そんなわけないでしょ」


 受付嬢さんとその後二言三言話した後、僕とティナは依頼掲示板の前でそんな話を続けていた


「クラウンスパイダーの討伐や

 化け物被害の早期解決はそれだけの

 貢献なの、それに」


 いくつかの依頼を取りカウンターへと持って行く


「今回は緊急依頼に発展する程だからよっぽどよ」


「でも倒したのはティナだよ?」


「そうだけどそれだけじゃないわ」


◆◇◆◇◆


 街の清掃をしながら話は続いた


「あの状況で私の魔力は微妙な量だったの

 もし近接が合流して囲まれていたら

 私はやられていた可能性が高い」


「なるほど」


 思い出すのは、クラウンスパイダーに操られていたとされる兵士の一団、林を抜けた後に遠近での猛攻が始まり、思い出せば確かに一人での対処は難易度が高い状況だったと思う


「アノスがある程度の攻撃を弾いて

 戦況を整えてくれていたから

 私も魔法に専念できたんだよ」


 そうやって笑うティナに僕は頷いて返事をした


◆◇◆◇◆


 街の清掃がひと段落した帰りに買い出しの依頼をこなしつつ、ふとティナが訪ねて来た


「そう言えばあの時言おうとしていた

 話って何だったの?」


「あれは林の中に変な気配があるって

 言おうとしたんだけど」


 空中で漂う黒と赤の糸について話した。それがある程度の攻撃や敵意を可視化できること、僕にだけ適応されていることを話した


「って感じ」


「武道家の【習熟】の時みたいなものね」


「武道家?」


「あるのよ【スキル】の中に、相手の行動を

 一時的に先読みできる力が」


『習熟等級』【闘気】───武芸者特有の戦闘技術に闘気がある。体に纏い身体能力向上や威力の底上げ、致命傷の回避など


 攻防に優れた闘気は相互で観測することができ、その揺れにより相手の行動を一時的に予測することができ、高まった身体能力であればそれの感知も余裕であり、前衛にとっては重要な【スキル】である


「へぇ」


「ってアノスは使ってないの?」


「そんなのがあるなんて知らなかった」


 魔法などにも『魔力切れ』があるように闘気も例外なく『闘気切れ』が発生する───『攻撃を防ぎ続ける』『集中』が途切れるなどの要因で効果を失うことになる


 一時的に場を制したとしても最終的な戦況には何ら影響がないとなれば、継続的に慣れた力で場を制する方が良いのだが


 ティナの表情を見る限りそうでもないのだろう


「まぁ、いいわ」


「時間がある時にでも覚えてみるよ」


「あのね、一朝一夕でどうにかなる

 ようなものじゃないの」


「そうなの?」


「あんたね」


◆◇◆◇◆


 買い出したものを依頼先に届け判を受ける。依頼書の大半が終わった頃にはお昼を迎えており、お腹の音がそれを伝えて来た


「ん〜働いた働いた」


「お疲れ様ティナ」


「アノスもね」


 2人で並んで歩く何気ない日常がただ嬉しい。それでも脳裏をよぎる戦地の記憶に僅かながら気分が害される


「大丈夫ティナ?」


「え?」


 私の顔を覗き込むアノス


「大丈夫って何が?」


「顔に書いてあるよ、嫌なこと思い出したって」


「!?」


 ほんと、見ない間に聡い子になっちゃって、お姉さん少し寂しく思っちゃうな


「戦地でのこと思い出しちゃってね」


「魔界の化け物のこと?」


「うん」


『魔界』───戦争の元凶とも言える国のこと。化け物の中でも知恵や経験を蓄えた個体が一国を滅ぼしたのち居座った国、その国との国境が『戦地』と呼ばれている


 そこでふと夢の内容が頭をよぎった。アノスが居なくなる夢、そんな事態が起こり得たならと考えると身震いが止まらない


「アノス」


「何?ティナ」


「…ううん、何でもない」


『世界の果てが見たい』───覚えているか、ふと気になった夢の話


 口にするのは簡単だが、魔界が世界を囲む今では叶えるのは途方もなく難しい夢。そんないつか見た夢を彼は覚えているのだろうか?

 

 もしかしたら彼の軍に入るという目標の代わりになるかもしれないという淡い期待、化け物を倒すことを目標とするより!化け物を倒した後のことを目標にしてもらう方が幾ばくか気が楽というもの


 それを聞こうとしてやめた。ひび割れたガラスに触れることに躊躇はない、しかしガラスの中にあるものを傷つけてしまうかも知れないのなら躊躇してしまう


◆◇◆◇◆


『軍に入らないといけない』


 理由はわからない。それでも感じる不快感に対して、確実な解決方法がそれだった。元々そのつもりだったが改めて決意を固めることになった

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