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アーロン家を後にした僕は街を急いで離れる決心を持ってさっさと歩いた。道行く人々から向けられる不快な視線に耐えられなかった
家の名に泥を塗った者
そんな人間が領内に留まる何てことはあってはならない。いつぞや学んだ『家の名誉』を穢した者に僕がなるなんて思いもしなかった
親不孝者だ
◆◇◆◇◆
街の外に出た
文無しの僕は隣町まで歩くしかなかった。舗装された道を歩く、距離にして数日は掛かるだろうか
◆◇◆◇◆
舗装が石から押し固められた土に変わるとそこはもう『安全』ではない───化け物の領域だ
傷心の僕の目の前にぶよぶよのゼリー状の化け物が群れが現れた
「…」
化け物の名前はスライム───決まった形を持たず、水の滴の様なプルプルとしたゼリー状の見た目をしている化け物だ
A級───一般人が対処できる程度の化け物。群れをなしたところで寝こけてなければ問題はない
そんなスライムの一匹が僕に向かって飛び掛かってきた。正直今は放っておいて欲しいのに
僕は腰に据えていた剣を抜くことなく鞘でスライムの飛び掛かりを否し、スライムが着地したと同時に───スライムを上から叩き潰す
切断面がかなり不恰好にちぎれて行くと光の粒子となって消え去った
「放っておいてくれよ」
スライムはそんな僕の気持ちとは裏腹に一匹、また一匹とこちらに押し寄せてきているのが見えた
「はぁ」
僕は拳を握り込むと、拳の内に熱を思い浮かべた。それは紅く、明るく、煌々と輝き触れるものを無差別に傷つけることも優しく包むこともあるそんな姿を思い浮かべる
「『ファイアボール』」
その熱を解放すると同時にスライムへと投げつける。揺らめく火の球は僕の手のひらから外気に触れると轟々と鳴り辺り一面に薄く広く燃え広がり、触れるスライム、通過したスライムを蒸発させた
「スライムにも舐められるって…いや
あれらには知性はないんだった」
授かったのが外れスキルでも
これまでに教わった剣術や魔法がある
魔法…母上から教わった魔法
「隣町で志願しよう、せめて役に立たないと」
僕にはまだこれまで積み重ねた経験がある
「僕のスキルは外れでも、僕は外れじゃない」
◆◇◆◇◆
僕たちが暮らす人間の領域は化け物の領域にぐるりと囲まれるように存在している
「まずは冒険者になろう
それから実績を積んで軍に」
冒険者ギルドがある隣町に向かって、僕は歩き続ける。何日掛かるか考えたくもないが無限に続く訳じゃない地道に行こう
「…世界の果てを目指す訳じゃないしな」
僕は少し思い出し笑いをした。それは幼い頃に諦めて、今の今まで忘れて───思い出しもしなかった昔話の内容を思い出して
◆◇◆◇◆
隣町に向かう道中
「きゃああああああ!」
女の子の悲鳴が響き渡った
「!?」
僕は悲鳴の方向に駆けだした、木々の隙間を走り抜ける。生い茂る葉っぱや枝を無視して突き進むと少し開けた場所に出たと同時に人を2人と面倒なものが目に止まった
「ブラッド・ウルフ!」
ブラッド・ウルフ───固まった血の色、真紅の毛皮に低い唸り声、夜に遠吠えをする狼型の凶悪な化け物。単独でB級
しかし群れをなすことでC級相当の化け物となる。群れ同士での連携をこなし、知能は赤ん坊程度に備えており、田畑の作物を荒らす非常に厄介な化け物だ
一般人が相手にできる化け物じゃない。ってか
「なんで人が居るんだ?」
疑問が残る中、腰に据えた剣を鞘ごと抜き、ブラッド・ウルフの群れの中心に向かって飛び上がり様に拳を構える
拳の内に流れを思い浮かべる。木の葉を揺らし、木をしならせる無彩の奔流。いや、足りない───鋭く、より鋭く
「『エアロスラスト』!」
着地と同時に後ろにいる2人を庇う様に立ち、前方に向けて不可視の斬撃を無数に弾き飛ばす。しかし肉の壁に阻まれ群れの壊滅とはいかなかった
母上ならもっと上手くやっただろうか?
「いや」
今はそんなことを考えてる余裕はない。化け物の領域に接した場所とはいえ、人間の領域に10数匹の群れはただ事じゃない
斬るにしては数が多過ぎると判断し、鞘をそのままに腰から引き抜いた
「加勢します」
「え?その声」
何か聞こえたが今はどうでもいい、唸り声からして今にも襲い掛かろうとしてるのが何ともなしに分かる───話せる余裕はない!
「『ファイアボール』」
『簡易詠唱』───反復練習により瞬時にイメージを構築した形を魔力にとらせる。松明の灯り程度の火の大きさを手のひらから螺旋をとって飛翔させる
狙いは群れの長と意識の分散だ。毛皮に伝播した火炎に一部の統率が乱れたのを感じる
「ッ!!」
警戒しながらも襲い掛かってくるブラッド・ウルフを鞘付きの剣で横凪に殴り飛ばし、近くに転がった個体を火だるまにする
「面倒だな」
魔力量も心許ない───度重なるプレッシャーで心休まる間がなかったのがここに来て響きを見せていた。魔力を練ろうにも集中できる気がしない
そんな雑念の隙を突かれた
「しまっ」
「『一絶閃』!」
見失う程の速さで抜き放たれたであろう剣の腹、その刀身が僕の背後から伸びたかと思えば僕に飛び掛かってきていたブラッド・ウルフの首が宙を舞い光の粒子になって消えた
「何惚けてるの!」
「助かりました…ってティナ!?」
「前を見なさいって!」
驚きのあまり振り返ると一般人を背中に庇うように立っている彼女は顔見知りだった
「どうしてここにアノスがいるの」
「え、あっと〜説明は後でするよ」
「策はあるの?」
さらに続く化け物の群れに2人で向き合った
「長を倒せれば統率が乱れる」
「そりゃいいね、んでそれはどいつなの?」
「分かったら苦労しな…い」
その時、戦況を俯瞰する様な感覚に陥るとブラッド・ウルフの群れに僅かな滞りを感じた
「それじゃあ、ジリ貧…」
「居た」
「え?ってアノス!?」
戦闘中にも関わらず構えを解いた
『この距離を剣で突っ込むのは得策じゃない
一帯を燃え上がらせるのが最善』
両拳を構える
「ティナ、露払い任せる」
「…分かった」
何だろうか、脳を他の誰かに貸してる感覚だ。僕を別の誰かが操ってるみたいだ。でも分かる、これが1番だってことが
片方に熱を、もう片方には流れを思い浮かべるも頭の中が掻き回される───異なる2つのイメージを無理矢理同時に処理をしようとして上手くまとまらない
『別々に考えるのではなく
完成系を思い浮かべるのが最善なんだ』
「うん…いや、無理!」
最善と分かりつつも身体が追いつかない、無防備な僕に次から次へとブラッド・ウルフが飛び掛かかってくる
その度にティナが防いでくれている。彼女が最善を尽くしてくれているんだ
僕だって!
「『レイズストーム』」
両手に分散させていた魔力を片手に流し込みながら巻き上げる風を一帯に向けて放つ、周囲を巻き込み天高く巻き上げる風の螺旋に向かって僕は
「『ファイアボール』」
ファイアボールを打ち出した
◆◇◆◇◆
不可視の螺旋は空に向かって木の葉を巻き上げ、ブラッド・ウルフは巻き込まれんと吹き荒ぶ風に抵抗する。しかし、そこに投じられた火の玉が螺旋に巻き込まれると細く引き伸ばされ、一瞬ばかり三日月を形作り不可視の螺旋を真っ赤に染め上げた
◆◇◆◇◆
「え?ブレイズストーム」
「上手くいって良かった」
「まぁうん…それはそれとして」
ひと段落した戦況を背にティナは僕に向き直った
「どうしてここにいるの?」
氷の様に冷たい視線が僕を貫いた