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◆◇◆◇◆
微睡の中で自分を見ていた
時折、はっきりとした『思考』が僕の内側から現れて、最も重要な選択肢を決定する
『こうすることが最善なんだ』
自分にとってもそれを否定する材料がないため従う。そうすれば事態は悪い方向には進まないから、これまでの経験からそう思った
「役に立たないと」
◆◇◆◇◆
「役に…」
「お目覚めですか?アノス殿」
知らない天井を前に少し動揺する僕の視界外からひょっこり顔を出したのは霜焼けだらけの兵士だった
「ここは?」
「駐屯地の衛生テントの中です」
◆◇◆◇◆
僕は衛生兵の肩を借りてテントの外に出た
そこでは氷の掘削、解凍の作業が行われていた
「流石六花の魔法使い様ですね」
「ですね」
一面を覆う白い世界は『氷華』の魔術だ。ティナが使う中でも範囲制圧に特化した魔術なのだが美しさの中に寂しさを持つ魔術だ
「…」
ティナはこの魔術が嫌いな筈なのに使わせてしまったことに罪悪感を受ける
◆◇◆◇◆
テントに戻り横になる。診断は凍傷とあり安静をとる様に言われた。全身が痺れ続けている感覚にため息を漏らしつつ目を瞑る
回り続ける思考の中でどうすれば良かったのかを反芻する
「強くならないと」
一つの目標を定めるとそれに向けて全力の休息を取る為に深く呼吸を鎮めた
◆◇◆◇◆
「アノス?」
アノスが目覚めたと聞いてテントに入る。しかし、アノスはぐっすり眠っていた
「…」
アノスの寝ている布団を少しまくり、手を握る。氷華の影響で指先の色が紫色になっていた
「アノス…」
ひとりで覚えた魔術の中でも欠陥魔術『氷華』、最初に使った時は私も傷つける魔術だった。今は私以外を傷つける欠陥魔術になった
今までに覚えた魔術はアノス含む一般の、既存の魔術式とは違う。私の魔力では既存の魔術を発動させられなかった
その際でどこをどう改善すればいいのかすらわからない手探り状態、その末路がこれか。そう思いながらアノスの手に縋る
「どうか嫌いにならないで」
幼い頃に私が魔力を制御できずに半泣きになりながら蹲る中、君は迷うことなく走り出して私の手を握ってくれた
「政略結婚なんてどうでもいい」
大人ですら見放す事態に誰よりも幼く小さな手が私の氷に触れ、向き合ってくれた。私の涙が氷の結晶になって地面に落ちる
「アーロンの兵士になって欲しくない」
コレは私のエゴだ
未だ小さな寝息を立てるアノスの額を撫でる。幼い頃の面影を残しながらも凛々しく男になった表情に優しく微笑みかける
徐々に蝕む戦禍の呪い、未だ幼い君をこんな自己犠牲を厭わない兵士にするのなら私は女神も化け物もこの『世の中』すら見放し、氷に閉ざしてしまおう。そんなドス黒いものが湧き出る度に思い出す幼さの持つ純粋さを
◆◇◆◇◆
『アノス』
「母上?」
思い出したのは母上との修練の日々
魔術を扱う上で理解しなければいけないこと───『想像力』と『魔力』だ
『魔力とは何ですか』
「それは心身から発せられる力です」
『魔力』───万物が有する不可視の力、意思に呼応してその形を自在に変える
『では思い浮かべなさい、指先に滞りなく
流れる血液を』
「え?」
何?母上はなんて言った?
『指先に宿る熱を』
「母上、何を」
これは記憶?それとも想像
【アノス、集中なさい】
「は、はい」
言われた通りに始める。頭に浮かぶ疑問符は後回しに今やるべきことをやれるだけする
『回復魔法』───準禁忌魔法、魔術、人体の構造を模倣することは可能ながらその副作用は計り知れないため基本的には使ってはいけない
例として『代替』───自己再生の範囲を超えた損傷により機能を停止した臓器等を魔力で代替した場合最初こそ上手くいくが後々、臓器の機能は不完全もしくは消失してしまう結果を招く。子孫にもそれは反映される可能性があり『臓器欠損』により生まれ落ちることが叶わないことがある
僕は指先に集中を込める
きっと何か考えがあってのことだろう。魔力で僕は指先の血の滞りを徐々に解消させていく指先の感覚が戻っていっているのが分かる
【魔力循環をしつつ
徐々に回復を解いていきなさい】
「はい」
僕は手のひらから指先にかけて回復魔法を解いていった。不思議なことに指の痺れこそ最初はあったものの時間と共にそれも消えていった
「凄いですね。母上」
そう言って面を上げた時
母上はそこには居なかった
忽然と消えた人影に僕は辺りを見回した。しかし誰もいなかった。突然の出来事にも関わらず動揺は僅か数秒の内に飲み込め『夢』であることを理解した
「起きなきゃ」
回復したのなら寝ている暇はない
◆◇◆◇◆
虫の音が聞こえる夜の景色、薄暗いテントの天井を前に僕は起きた
「何だろうね」
誰にいうでもなくそう呟き、自分の手を眺める。凍傷により指の色が変色していた指先は夢の中同様、色味を取り戻し万全の状態になっていた
「【デバッグ】」
僕は何ともなしにそう呟いた。妙な確信と共に呟いた直後、頭の中に流れ込んでくる知識と技術に目を閉じて身を任せる
◇◆◇◆◇
【修練】【デバッグ】───基礎を学び反復的な使用により練度が高まった状態
発生中の効果
【情報精査】【弱点克服】【意識可視化】
【修練】から【練磨】まで
成長曲線からの逆算により【3日】を要する
『報告』
【回復魔法】の『回復時における代替』による
『機能不全』等の【脆弱性】を
【デバッグ】により『解決』しました
◇◆◇◆◇
「これが【デバッグ】?」
頭に浮かんだ情報の数々に少し驚く、俄には信じられないものの度重なる僕の実力を超えた『僕の行動』に納得せざるを得なかった
「不思議だ」
『外れスキル』と言われたこの【スキル】が本当に使い物になっていることに驚きが隠せない。今すぐにでも父上に報告して
「?」
僕の視界に黒い線がふわりと伸びてきた
「…」
僕は傍にあった荷物から剣を取り出すとテントの外に向かった
◆◇◆◇◆
夜空の広がる林の夜空、星が点々と並び、僅かな月明かりは林の木々に阻まれ視界の確保は厳しかった。襲撃にはもってこいだろう
不意に聞こえた風切り音も本来なら不可視の一撃だ。しかし、赤い糸が僕の首筋に伸びた瞬間に僕は鞘付きの剣でそれを受け止める
「?」
「なっ!?」
僅かに聞こえた動揺の声を頼りに喉の位置を捉え突きを放つ、柄に受ける僅かな抵抗が性格に喉を捉えたことを知らせてくる
「誰だ?」
化け物かと思いきや、聞こえてきたのは人の声とあり僕は野盗の類であることを疑った
「…」
返ってきたのは沈黙だった。撤退したかに思える現状に剣を逆手に持ち直す。しかし、視界に入る黒い糸の数が増えたことで潜伏していることを確認する
足音を上手く隠しているが布擦れを頼りに気配を探ると周囲を囲まれていることが分かった
「リバレー領管轄の地での狼藉とは
どういった了見だ」
再びの沈黙に緊張が走る。領地での人同士の抗争は重罪だ。それを知ってての行動となると『懸賞金』の掛かった手だれの可能性もある
万全の状態ではない僕にどれだけの抵抗ができるか考える
◆◇◆◇◆
無防備に剣を下げたアノスに向け、短剣が投げ放たれた。身体を中心に捉える2本の短剣、それを3方向から同時の投擲、視界不良の中でのこの攻撃は如何に手練れとて無傷とはいかない───そんな攻撃をアノスは流れるような所作で一方の短剣を打ち払うとそのまま走り様にひとりを剣で斬り払った
辺りに響く呻き声に残る2人が動揺する中
「『スパーク』」
アノスは火球にも劣る一撃を暗闇の中で放った。敵に位置を知らせるだけに思えるその一撃は夜目に慣れていた2人の目には明る過ぎた
位置を知ったにしても大雑把な把握にひとりが同様のあまり短剣を無闇矢鱈に投げるが当たるはずもなく、逆に地面に刺さった一本を牽制に利用され、首筋に剣の一撃諸に受けた
アノスの容赦のなさに最後のひとりは逃走を図るが
「確保!!」
騒ぎを聞きつけた兵士の一団が取り押さえた事で襲撃は失敗に終わった
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「アノス殿、助かりました」
「いえ、当然のことをしたまでです」
野盗が兵士に連れて行かれるのを横目に体の調子を確認するが『凍傷』の後遺症もなさそうで安心を覚える
「野盗はこちらで処理をしておきます」
「よろしくお願いします」
夜襲のせいもあって覚めた眠気を思いつつ剣を構えて素振りをする、鞘付きの剣での戦闘…違和感なくやっていたが何故こんな闘い方をしていたのか
今にして思えば【デバッグ】の効果は元々出ていたのかも知れないとひとりで納得をしつつ夜の林に風切り音を響かせた




