12
◆◇◆◇◆
「随分と無茶を言ってくれるわね」
ティナは作戦立案中にそう呟いた。結局のところ囮作戦以外に妙案は思いつかず『現在』は誰が囮になるかで話が進んでいる
僕とティナが名乗りを上げたものの、作戦の会議の場でティナと僕を主力に据えるとあって後衛寄りに配置し、釣れた所を一気に叩く短期決戦の話になっているため却下された
「私が囮になります」
話が行き詰まる中、僕とティナを案内してくれた兵士が囮役を買って出た
◆◇◆◇◆
「では手筈通りにお願いします」
先発部隊が蜘蛛の巣に向かった後ろをついていく形の陣形を取り、化け物との決戦に挑むべく歩き続ける
先発部隊は剣を振り目視では確認できない糸を大雑把にでも切り払って進んでいく、切り払えているところを見るに糸の強度はそれほど高くないことが窺える
暗がりの内から垂れてくる赤い糸は何処か不気味な雰囲気を醸し出していた
◆◇◆◇◆
「後衛部隊構え」
ティナの号令と共に皆が詠唱や弓に矢をつがえ始め、ティナも魔力の集中に入った。陣形が整い前衛も盾や剣、斧等々を構え臨戦態勢に入る
「では」
囮役が糸に触れると同時に僕も続いて魔力の集中に入ろうとした。その時
「?」
違和感───ぞくりと背筋を撫でる寒気に襲われ、咄嗟に魔力ではなく剣の鍔を掴み抜剣、鞘をそのままに柄に持ち替える
「アノス?」
赤い糸───視界外から伸びてきたそれを振り返りしな踏み込み切り払った。と同時に受けていた違和感の整理がついた
『油断してた』
何故巣の糸が切られてもクラウンスパイダーは反応を示さなかったのか───化け物は元来、考えることはせず本能のままに貪り食うから化け物と呼ばれる。自分の巣を荒らすものがいればなりふり構わず飛んでくるだろう。しかしそうならなかった
ものを知らない化け物にそんなことが可能なのか?故にひとつの結論にたどり着いた
『この化け物には何かがある』と
◆◇◆◇◆
「え?」
僅か数センチ隣を通った剣の軌道の先、当たれば無事では済まない───そんな一撃があろうことか私に向けられていたことを瞬きの後に理解した。等分された矢が分たれ左右で突き刺さった
「ティナ!構えて」
驚く間もなくアノスの呼び掛けに氷の礫を周囲に纏い攻撃に備え、次に現状の確認を行った時信じ難いものを目の当たりにした
クラウンスパイダーに備えた攻撃の数々が私とアノスに向けられて放たれていたのだった
◆◇◆◇◆
「これどういうこと?」
「わからない」
四方八方───素早く飛んでくる矢の軌道を赤い糸で捉え打ち落とすか、剣の腹で軌道を逸らすかして猛攻を耐える
「『サンダーショット』」
「『氷縛』」
時折飛んでくる魔法をティナに相殺してもらいつつ戦況の後退を続ける
「どうする?」
「それを僕に聞く!?」
「私はこういうの向いてないのよ!」
僕の視界の端で武器を構えた兵士が尚近づいてきているのが見えた。このままではこちらの体力と魔力が先に尽きる
『それにしても何故クラウンスパイダーは出てこないんだ?』
絶好の奇襲機会なのにも関わらず襲ってこない化け物に対して僕は『黒い糸』の先にいるであろうそいつに警戒をつけていた
◆◇◆◇◆
クラウンスパイダーは木の上で戦況を俯瞰していた。それはこのクラウンスパイダーが【思考】をつけたその日から続けてきた習慣とも言える狩りの仕方だった
群れを用いて獲物を狩る───この特性上、戦場に降りることは殆どしない。戦況を俯瞰することこそ、この狩りにおける最適解とし、自らの牙はなりを潜めた
群れが全滅した時でも疲弊し切った餌───それは赤子の手を捻るが如き作業と化す。戦場とは◾️にとっての餌場と言える代物だった
◆◇◆◇◆
僕たちは木々がまばらになる場所まで後退した
「…」
『ここまで来れば』
「『氷牢』」
開けた場所に出たことで兵士の猛攻がより一層激しさを増した
「アノス、どうする?」
「氷牢は保ってどれくらい?」
「耐久は問題ない、ただ」
周囲を覆う冷気は僕の身体から徐々に熱を奪っていく、体温が下がる毎に感覚が曖昧になり、呼吸が苦しくなり始めた
「アノス、氷牢解く?」
「まだ」
『まだ早い』
「アノス!」
寒さへの抵抗が難しさを増し、意識が朦朧とし始め、歯がなり吐く息が白みを失い始めた。ティナが心配そうにし始めたその時
あの───耳につく低音の唸るかの様な羽音が聞こえ始めた
「この音」
◆◇◆◇◆
戦況は混沌に移行した
兵士は拳程の大きさの虫に対応せざるを得ない状況になっていた
それは木々の密集した街道から後退したアノス達は森とも呼べる場所から比較的開けたところに来たことで兵士に取り囲まれる悪手に思えた
しかし、そこは『ホーネット』の巣がひしめく場所だった。縄張り意識の高いホーネットは侵入した兵士達を敵とし、毒や牙での攻撃を始めた
手数を活かすために広がったことが仇となり統率を失った兵士達は忽ちホーネットへの対応に追われることになった
◆◇◆◇◆
周囲は原生生物と兵士とで混戦状態となっていた
「これなら」
私は留めていた氷を手元に戻し、魔力を集中させ始めた。時間はできた、ありったけの魔力を周辺に引き延ばすとホーネットを含む生物と兵士、木々諸共
「『氷華』」
氷塊立ち並ぶ世界のモニュメントへと変えた
『円熟等級』【氷華】───先ほどまで聞こえていた羽音も人々の叫びも皆等しく静寂をとった。周囲は時間が止まった様に動きはなく私とアノスだけが色を持っていた。一面氷に閉ざされた光景を私はあまり好ましくは思わなかった
「?」
氷華の影響で蜘蛛の糸が見える様になったおかげで兵士達の異常行動にひとつの納得ができた
「でもそんな話聞いたことない」
兵士達から天に目掛けて伸びる蜘蛛の糸、それは身体をやたらめったらに吊り上げている様に見えて不可思議な規則性を見せていた
「これは?」
身体の節々、関節を避けて腕や足、頭と糸は巻きつき、張りつきを見せていた。その様子はまるで人形劇の操り人形の様子を私に見せていた
◆◇◆◇◆
身体の一部がまたもや欠損した蜘蛛はティナを凝視していた、◾️の身は操っていた蜘蛛の糸から伝って身体の芯を凍らせんばかりか生命活動を危うくする程の損害を内臓に受けていた
蜘蛛は極寒の中、その場を後にした
今の今まで無双をしていた戦果に度重なる失敗を受け、クラウンスパイダーはその目にドス黒い何かを見出していた
化け物は最早『化け物』とは呼べない理性ある行動を取った───それは『戦略的撤退』状況が不利と見るや否や糸を自ら切断し逃走を始めた
しかし、蜘蛛は去り際にティナを恨めしそうに眺め、残る6本の足で空へと消えていった
◆◇◆◇◆
「なんだったの」
『氷華』はとてつもなく魔力を使うせいで身体が思った様に動かなくなり、私はその場に座り込んだ
「アノス」
腕の中で眠りについているアノスの名を呼ぶ、辺りに立ち込めていた重苦しい空気がなくなったことで今まで化け物の監視下にいたことを理解した
氷華により倒せた様で良かったと安心すると同時に特殊個体のクラウンスパイダー、人を操る個体は聞いたことがなく、回らない頭で必死に考える
しかし、戦いが終わると緊張の糸がほつれ始めたのを押し寄せる疲労感と睡魔により理解する
「コレはなんだ?」
「おい!こっちに人が居るぞ!」
聞こえてきた人の話し声に最後の最後まで残っていた一糸がプツンと千切れた
◆◇◆◇◆
「子供2人がクラウンスパイダーをねぇ…」
「嘘じゃねぇって」
兵士たちはそう言って大声で笑っている
「確かにC級だ、訳ねぇって」
「だがスカーもあったって話だぞ?」
「それは話を盛り過ぎだって」
「もし」
その兵士たちに話しかける女人リリアナ
それが彼女の名前だ
「そのお2方のお名前は分かりますか?」
「え、いや、なんだったかな?」
酒や食べ物が飛ぶ酒場の中で小綺麗なメイドは立ち上がりしな、そのどれにも当たることなく件の話し込んでいる兵士に声を掛けた
喧騒の中にいる凪の異質さ
酔っ払うよりも早く覚めが訪れることだろう
「確か六花の」
「あ〜アーバレスト家の」
「なるほど、もうお一方は?」
「すまない、そっちは無名で」
「今どちらにいるかご存知ですか?」
リリアナは話を聞き終えると一礼後
酒場を後にした




