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A.C.T アクト:謎の大学サークルに依頼した件について  作者:
Case2 友人の秘密の件について
9/12

協力

「助けてくださいって言われても・・・」


喉の奥が詰まり、声がそれ以上先へ進まなかった。

安易に「やります」と答えるのは、ただ期待を背負わせるだけの無責任。

そもそも大学生の肩に背負えるような問題ではない。


「私のせいなの。ごめんなさい」


咲白さんは、咄嗟に正座の姿勢に入ると、深々と頭を下げた。


「いやいや、急にどうしたんです?」


「彼女、私と個人的な繋がりがあってさ、ああ……前話したよね? タケルくんのこと……」


「タケル?……」


――そうだ。思い出した。

咲白さんにとって唯一、音楽を理解してくれた人・タケル。

だが彼は父親から逃げ出し、交通事故で命を落としたのだ。


「はい、覚えてます」


「彼女……タケルくんの妹さんなの」


――は?

頭の奥で白い靄が立ち込め、一瞬で思考が止まった。

まさか咲白さんにとって、過去との因縁に決着をつける依頼だったなんて……。


*  *  *


私(咲白)は自分を責めるしかなかった。

辻くんも高梨くんも巻き込み、顧問の先生にまで迷惑をかける。

それでも黙っていれば、斎藤ルカさんは警察に捕まってしまう。

――それだけは違う。

だから私は、この道を選んだ。もう後戻りはできない。

せめて彼女の心に少しでも寄り添えるように。

私はあぐらをかいた彼女の隣に腰を下ろす。

部屋は静まり返り、空気は沈黙だけで満ちていた。


「……本当に、いいんですか? 私たちなら、お父様と話をすることだって」


「無理だよ。あいつは……兄が交通事故で亡くなっても、すぐ切り替えて、私に期待を背負わせてきた。お前なら医者になれる。大丈夫だって……」


その声には諦めすら越えた呆れが滲んでいた。


「誰が医者になりてえって言ったんだよ。どうせ後を継ぐ奴が欲しいだけだろ!!!」


ドンッ――。

机を蹴り飛ばす靴の音が部屋に鋭く響き、思わず体をすくめる。

この怒り、この苦しみ。きっと一生、理解できない。

だからこそ私は――望みを聞くべきなのか。救うべきなのか。

寄り添おうとする表情の裏で、答えを見失いかけていた。


*  *  *


アパート近くのコンビニを出た帰り道。

俺(高梨)は揺れるビニール袋を片手に、隣を歩く辻さんを盗み見る。

いつも通りの無表情――その静けさがかえって不気味だった。

彼は本当にサークルのために動いているのか? それとも、別の思惑が……。


「辻さん」


呼びかけると、月光を受けたその横顔が淡々と振り返る。


「何?」


「辻さん、はっきりさせてください。あの依頼料金何なんですか?」


「まだそんなこと言ってるの?」


「斎藤さんにも、報酬を要求するんですか?」


わずかに――眉が動いた。


「あとさっき、彼女を逃す時に聞こえたんです。A.C.Tは依頼を通して、個人情報を収集してるんじゃないかって」


「……それが何?」


「それがA.C.Tなら、俺はこのまま放っとくわけにはいきません。これに、咲白さんも関わってるんですか?」


夜気が一瞬にして張り詰め、辻さんが一歩、俺に迫る。


「本当に親切なボランティア組織なんているの?」


「……あのサークルは、みんなを救うんでしょ。俺たちはそのためにも、1つ1つの依頼に責任を持つべきだ。それは決して金では解決しない。心であるべきです……」


言い切ると、辻さんの険しさはふっと消え、ポーカーフェイスに戻った。

吐き出した息が白く夜に溶ける。


「……高梨江、合格だよ」


「は?」と突きつける反応に、柔らかい声色が返ってくる。

「お前を試したんだ」と。

「今日見せたあの金銭も無意味なものじゃない。依頼の中にはたまにふざけたものもある。そういった依頼を撲滅するためにも、金銭を要求することで、優先度高い依頼を丁寧に取り組むんだ」



「そのお金は、どうするんです?」


「ボランティア活動の資金だよ。一石二鳥だろ?」


霧のようだったサークルの輪郭が、少しずつ形を取り始める。

この時、俺は少し――A.C.Tを信じてもいいのかもしれないと思った。


だがその瞬間、辻さんのポケットからスマホの通知音が繰り返し鳴った。

画面に浮かぶ名前は「咲白」。A.C.Tを見る目が変わりつつある状況の中、準備が整ったようだ。


*  *  *


咲白さんのアパートに戻ると、脇の路地に黒い車が停まっていた。

低く唸るエンジン音。張りつめた気配。

玄関前で落ち着かぬ様子で行き来する咲白さん。

俺たちを見つけると、彼女は駆け寄ってきた。


「ありがとう!! あとは私に任せて」


勢いのままにビニール袋を預かろうとする。だが辻さんは放そうとしない。


「ちょっと!」


「ここまで付き合わせて、帰るのは、面白くない」


「もういいよ。そんなに人いても困るし」


「高梨は。どうする?」


「……俺も、ここまで来て帰る気はないです」


その返答に、咲白さんの表情がはっきりと困惑に揺れた。


「とにかく心配するな」


辻さんは短くそう告げ、車の方へ歩き出す。俺も後に続く。

やがて運転席から現れた影。

ツンツンに立てたツーブロックの髪。ニヤリと笑みを浮かべながらも、視線だけは妙に鋭い。


「お前が高梨か?」


軽薄な笑みの奥に潜む危険な気配に背筋が冷える。


「あなたは?」


「俺?」


「私の兄貴だよ」


咲白さんの声が空気を裂いた。

思わず視線を二人の間で往復させる。

清楚で中性的な咲白さんとは対照的に、兄の纏う空気は粗野で危うい。まるで――血の匂いを背負っているかのように。


「ほら!! ぼさっとしてないで!!」


軽い叱責で我に返ると、俺は慌てて車に乗り込んだ。


*  *  *


車は夜の街を静かに滑り出す。

ハンドルを握るのは咲白さんの兄。後部座席には俺以外に、そして咲白さんと斎藤さんが身を寄せていた。

住宅街を抜けると、窓の外にはぽつぽつと家々の灯りが流れていく。やがてビルの群れと街灯が視界を満たし、夜の都会が広がった。

斎藤さんは、そのきらめきを背にしながら、どこか寂しげに窓外を見つめ続けていた。


*  *  *


二十分後、暗がりに沈む大学キャンパスへ戻ってきた。


「もうしまってるんじゃないか?」


運転席から校舎を覗くと、照明は乏しく人影も見えない。だが咲白さんは首を振った。


「私が泊まり込みの申請を送ったから、大丈夫」


その言葉に安堵し、一同は車を降りる。

正門の向こうに小さな影が見え、こちらへ駆け寄ってきた。事前に連絡を取っていた相手だとすぐにわかる。

その影は斎藤さんを目にすると、叫ぶように名を呼んだ。


「ルカ!!」


次の瞬間、勢いのまま抱きしめる。


「舞!! ごめんね、迷惑かけて」


斎藤さんの声に震えが含まれる。

そんな彼女の気持ちに、星野さんは必死に応えた。


「いいよ!!私も絵を完成させたいと思ってたんだ」


ヘッドライトが二人を照らし、光の中で寄り添う姿を浮かび上がらせる。

その横顔――斎藤さんの瞳からは、確かに光るものがこぼれていた。


*  *  *


暗い美術室に足を踏み入れる。

スイッチを押すと、蛍光灯が一列ずつ走るように点灯し、夜の静けさを押しのけた。

石膏像の白い顔が浮かび上がり、絵具の残り香と濁った水瓶が、止まった時間をそのまま閉じ込めていた。


「じゃあ、完成させよう」


星野さんの声に、斎藤さんは小さく頷き、満面の笑みを見せる。

そして俺たちに向き直った。


「本当にありがとう、みんな。もうあとは大丈夫ですから」


「……」


咲白さんは言葉を飲み込み、わずかに迷いを見せた。


「その提案なんですけど、私たちも二人が一緒に描いた絵見てもいいですか? ほら、やっぱり絵を見てもらう人って欲しいでしょ?」


「え? いや、恥ずかしいし、いいよ」


気後れしたように斎藤さんが首を横に振る。


「二人はどうしたい?」


咲白さんは俺と辻さんに視線を投げた。

だが答えを言うまでもない。



*  *  *


絵が完成し終わるまで、俺たち男子勢は暗がりの食堂へと向かい、自販機の明かりの下でドリンクを買った。

その間に、咲白さんの兄は大学を後にして車を走らせていた。

静まり返った美術室に残るのは、ペットボトルのキャップを開ける音だけ。

その時、不意に辻さんが口を開いた。


「なあ、この事件知ってる?」


スマホを見ていた辻さんが、淡々と画面を差し出す。


「え? 折り鶴連続強盗殺人事件……」


「……これさ、どんな意味があると思う?」


「何がです?」


「だから見たでしょ? 現場に折り鶴が被害者の口から発見されるって書いてあるだろ」


「ああ、その意味ですか?」


突拍子もない問いに、思考が一瞬止まる。


「折り鶴ってイメージすると、平和の象徴ではありますよね。それを口に入れるってことは、こいつらを殺すことは、平和につながるとかですか? 被害者ってどんな方たちなんです?」


辻さんは記事をスクロールする。


「……一般の高齢者とか、たまに若い人も亡くなっているそうだ」


「そうですか……でも気になるのは、平和ってなんの平和を訴えたいんですかね?」


「うーん」


辻さんの横顔に、わずかな陰りが差す。


「この事件がどうしたんですか?」


何気なく放った問いに、辻さんはすぐ表情を消し、外を見やった。


「いや、何でもない」


窓の外には深夜の闇。木々もベンチも校舎も、すべて黒い影にしか見えない。

――その時。

人影が動いた。数人。こちらへと近づいてくる。

咄嗟に身を低くした俺に、辻さんも怪訝そうな顔を向けた。


「どうした?」


「辻さんも、姿勢低くして!!」


小声で必死に訴える。

間違いない。警察だ。俺たちは尾行されていたんだ。


「早く美術室に戻らないと!!」



次回!!Case2・最終回!!

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