真実-宮崎優香編・最終回
↑咲白さん
「もう、宮崎優香さん、亡くなってますよね?」
「……は?」
「何を言ってるんですか?」
咲白さんの言葉を疑った。
だが、彼女がふざけていないのは分かる。真っ直ぐに突きつける眼差し――睨みを効かせた視線は、俺の隣に座る古谷隆へと向けられていた。
「え? そうなのか?」
黙り込む隆。頬を伝う汗は、暑さのせいではない。
「なんで亡くなったと思うんですか?」
隆は平然とした声で返す。
やはり咲白さんのハッタリか――少なくとも、隆の横顔からは嘘をついているようには見えなかった。
それでも、咲白の強張った表情は変わらない。
そのとき、隣で静かに座っていた辻晴人が口を開く。
「聞いたんですよ。写真部の武田裕二さんに。古谷隆さんに口止めされていないかどうか。そしたら、この通り……写真部の武田さんは知ってるのに、友人の高梨さんには話していなかったわけです」
――あいつが!?
俺の中で描いていた冷静さは、一気に揺らぎ始める。
「どういうことです?」
「私、宮崎優香さんの母親に会って、初めて彼女が亡くなったと聞かされました。依頼を受けたとき、亡くなってるはずの宮崎優香さんを探すように言われていたので……古谷さんか高梨さん、どちらかが嘘をついてると思ったんです」
次の瞬間、隆は立ち上がった。
椅子が大きな音を立てて倒れる。
「江、こんな奴らの話を聞く必要はない。もう行くぞ」
隆は俺の二の腕をつかむが、咲白さんが声を張り上げて引き止める。
「まだ話は終わってません!!! 何があったのか、本当のことを高梨さんに伝えたらどうですか?」
その言葉を皮切りに、隆の本性が見え始める。
俺の目に映る彼の瞳には、生気がなかった。震える口元――
「隆……?」
俺がそう声をかけたとき、あの頃の隆はもういなかった。
鋭く筋を入れた剣幕には、憎しみが募っている。
「お前のせいだ……」
「え?」
「お前のせいだよ!!!」
* * *
あの日起きたことだ。
俺(古谷隆)を含む他の連中らは気づかなかった――江が、どれだけ抱えていたのかを。
ワイワイ盛り上がる打ち上げの大学生たち。
テーブルにはポテト、唐揚げ、野菜などの大皿が並び、みんなジョッキで酒を飲み干していた。
次第に声が大きくなる中、思い切り机を叩く江に、視線を向けた。
「お前らさ、何もわかってないよな。全部、全部俺にやらせて……“頑張ってる”“頑張れ”の繰り返し……もううんざりなんだよ……」
そう言って席を立ち、その場を後にする。
――あいつに、頼りすぎていたんだ。
居酒屋の扉が閉まる音と同時に、白杖を持って席から立ち上がる宮崎さん。
「江、待って――」
「お、おい! 宮崎さん!!」
「ごめんね、江!!」
彼女の横顔は儚げで、瞳には涙がにじんでいた。
「宮崎さん!! まだ彼はこの近くにいる。探しに行こう!!」
冷えた風が頬をかすめる夜。
俺たちは必死に江を探した。居酒屋からかなり離れても、それらしき姿は見つからない。
「すいません!!」
時々、彼女に呼ばれ振り返る。
白杖を握ったまま駆け足で走る彼女――だが、足元の段差に気づかず、大きく地面へ倒れ込んだ。
「宮崎さん!!!」
急いで駆け寄る。手の傷を見て、無理をさせすぎたと自責の念に駆られる。
「私のことはいいので、江を探してください!!」
「でも……」
「私は大丈夫ですから」
焦点は合わないはずなのに、優しい笑顔が目に映った。
その強い言葉を信じ、俺が立ち上がろうとしたとき――視界に、江の後ろ姿が飛び込んできた。
「江……」
「え?」
宮崎さんも白杖を握り直し、崩れた姿勢を起こす。
「江!!!」
その声に、信号を渡ろうとしていた江の足が止まる。だが、それはほんの数秒。
再び歩き出す背中を見て、宮崎さんは大きく一歩踏み出し、駆け出した。走り出していたんだ。
もちろん、それが危険だとは分かっていた。
だが全速力で追いかける彼女を見て、俺は動けなかった。
手を伸ばした瞬間――大きな衝突音が響いた。
「宮崎さん!!!!!!」
視線の先には、血だまりの中で横たわる彼女。
軽自動車の運転手はパニックになる。
江はその場に佇んだまま、命が消えていく光景を受け入れられずにいた。
「おい!! 江!!」
そのまま江は膝から崩れ、地面に頭を打ちつけて倒れた。
何度も名前を呼んだが、気絶していて、それ以上の反応はなかった。
――つまり江。お前は、宮崎の命を奪った罪悪感で、一部の記憶を強制的に失っていたんだ。
* * *
そのことを江の前で話した今――
あの時と同じように固まった表情が、俺の目に焼きつく。
「なんで本当のこと、話さなかった?」
「……彼女を止められなかったこと……責められるのが怖かったんだ。だけど、よく考えたらお前のせいだよ。お前が宮崎を見捨てなければ!!!」
俺は勢いよく、江の胸ぐらをつかんだ。
「古谷さん!! 古谷さん!! おい!!!」
もう止められない。何度も拳を振り上げ、顔面に全力で殴り入れる。
だがすぐにサークルの仲間に押さえつけられ、身動きが取れなくなる。
そのとき突然、江は高らかに発狂し始めた。
喫茶店中の視線が一斉に向けられ、現場は混乱状態となった。
* * *
どれくらいの時間が経ったのか覚えていない。
混乱の中、どこかで生きてると思っていた彼女はもういない。
携帯を開くと、優香と寄り添う写真が目に入る。
これは大学の文化祭のとき、俺(高梨江)が彼女への気持ちに気づき始めた頃の写真だ。
絶望を背負っているはずの彼女――それでも真っ直ぐに生き続ける彼女が、俺は好きだった。
思い出すたび、込み上げる涙は止まらない。
「体調の方はいかがですか?」
優しく声をかけてくる咲白さん。
彼女の手には紅茶のペットボトルがあったが、反応する気力もなかった。
彼女は静かに、隣のブランコに腰掛ける。
夕方まで聞こえていた子どもの声は午後5時を境に消え、今は静寂と遊具だけが残っている。
「あの……私の話を聞いてもらえますか? 聞き流すだけでも構いません」
了承も待たず、彼女は話し始めた。
「私、見た目の通り……元々バンドやってたんですよ。ある人とバンドを組むことになって……その人をタケルとしましょう。
音楽やってる人たちって、有名になりたい気持ちが強いじゃないですか。私はただ音楽を楽しみたいだけだったから、よく否定されました。でも、私の音を理解してくれたのは彼だけだったんです。だから、自分を殺さずに生きられた。
でも……タケルは音楽を反対される家庭で育っていて、父親にバレてしまった。その日以来、姿を見せなくなった。そして……」
彼女の声色は低く、変わり果てた。
「交通事故で亡くなりました……」
ふと、隣に座る彼女の横顔を見る。
俺と同じように、悲しみに暮れる涙が流れていた。
「タケルは父親から逃げることに精一杯だったんです……私はそれを知ってたのに、何もできなかった……」
鼻をすすり、顔を上げる咲白さん。
「だからこういった人を少しでも助けたい。だからこのサークルに入ったんです。Aid 、 Care、 Team。
手を差し伸べ、誰かの心を救うチーム。それがA.C.Tなんです。もう過去は変えられない。でも今を変えられる人はいる。私は、高梨さんのこれからを変えていきたいんです……」
だが俺は、自分のこととなると心にシャッターを閉ざしてしまう。
彼女から逃げるように、ブランコから立ち上がる。
「俺にとって……彼女が全てだったんです。もう、変えられませんよ……」と投げ捨てた言葉で、その場を後にした。
* * *
数日後、俺は宮崎優香の母親の自宅を訪れた。
何度か家の前まで送ったことはあったが、母親との面識はなく、彼女の遺骨を目にした時に初めてお会いした。
「……あなたが江さんなんですね……」
「顔を出すのが遅くなり、申し訳ありません」
「いいのよ。高梨さんも、心の整理が必要だったでしょう?」
「……なんか変な人、来ませんでした? 優香さんのことを聞きにくる……咲白って人が」
「ああ!! いたわね、そんな人……」
「あいつ、俺の知り合いで……なんか勝手なことをしてたみたいです。そのことも謝りたくて。迷惑かけませんでしたか?」
「迷惑? そんなこと、ひとつもなかったわ」
優香の母親はゆっくりと首を振った。
「むしろ……あの人に救われたの。咲白さんは励ますでも責めるでもなく、ただ隣に座って、私の話を最後まで聞いてくれた。何も飾らず、ありのままの私を見てくれて……それが、どれだけ心を軽くしてくれたか。
“あなたが大事に思う人を、私も大事に思いたい”――そう言われたときね、ずっと押し込めていた想いがあふれたの。あの瞬間、私は一人じゃないって、本気で思えたの」
彼女の目には温かい涙がにじんでいた。
「だから、もう逃げない。娘の分まで生きる。それが、あの人がくれた救いに応えることだから」
胸が熱くなるのを抑えられなかった。
「……あいつ、本当に人を救ったんですね」
「あなたも、彼女に助けられたんじゃないですか?」
優香の母親に聞かれた時
「え、いや特に何も……むしろ散らかしていっただけ」
と答えたが――いや、違う。
咲白さんは俺に真実を教えてくれた。あの後も、ずっと気にかけてくれていた。
あの日以来、死ぬことを考えていたはずなのに……その考えは消えていた。
死んでからじゃ遅い。何かが起きてからでは遅い。
悲劇を止められない存在なんて無意味だと思っていた。
でも違う。悲劇が起きたとしても、変えられるものはある。変えられる心はある。
それがA.C.Tなのだとしたら――もっと知りたい。
そう思えば思うほど、俺はA.C.Tの部室へ駆け込んでいた。
勢いよく扉を開けると、そこには辻晴人と咲白杏奈さんが、きょとんとした顔で俺を見ていた。
「咲白さん……
あなたが誰かを救いたいと思ったように、俺も誰かを救いたい。A.C.Tに、所属してもいいかな?」
いかがでしたでしょうか?
宮崎優香編・最終回。第三者で救いを与えられる人がいたとしたら?それはこれからを変えてくれるかもしれない。それを皆さんにお伝えしたくてこの作品づくりを始めました。
もし心に残るものがありましたら、引き続き読んでいただけると嬉しいです。
次回を更新するとしたら、A.C.Tが本当に人を救うのか? まだ謎に包まれたサークルの実態を高梨江が暴いていきます。
今後も乞うご期待!!一応、土日を目標に更新予定!!




