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A.C.T アクト:謎の大学サークルに依頼した件について  作者:
Case1-失踪した女子大学生の件について
2/12

A.C.T

『おい!! 優香!! 優香!!!』

何度も何度も名前を叫んだ。

だが、声は激しく打ちつける雨音にかき消される。まるで、俺の叫びにノイズを重ねてくるようだ。

それでも、声を荒げ、血眼になって周囲を見回す。


空は真っ黒に染まり、歩行者の姿はない。

時折、ヘッドライトが闇を裂くように道路を照らし、濡れた路面に白い筋が流れる。

増水した川が、ゴウゴウと重たい音を立て、俺の声すら飲み込んでいく。


まさか……川に……?


胸にこみ上げる焦りが、喉を突き上げ、声はますます大きくなっていった。

その時、不意に腕をつかむ力強い感触。

『江!! 江!!!!!』


隆の声だった。

『離せ!!』

『江!! 頼む、聞いてくれ!!』

『彼女を見つけないと……!!』


俺の叫びを遮るように、隆が必死に口を開く。

『あいつから連絡が来た!』


その一言で、頭の中の喧騒が、スッと静まった。


『だから、帰ろう……』


隆の目が俺を見つめる。

切なさと安堵、そして言葉にできない濁った感情が、静かに渦を巻いていた。


*  *  *


数日後――

俺は、自分でもよくわからなくなっていた。

何かがおかしい。こんなにも自分を制御できないなんて、今までなかった。


正直、怖い。


誰かが話しかけてきても、耳に届かない。

教室の笑い声が遠くに聞こえて、ひどく苛立った。

何を笑ってる。何も知らないくせに。


優香のことを考えれば考えるほど、心臓が焦げ付くように痛くなる。

頭の中で何かがひっかいてくる。言葉にならない音。

それが蓄積して、蓄積して……

次の瞬間、俺は拳を振り抜いていた。


「……あ?」


目の前にいたのは、ただ話しかけてきただけの同級生だった。

俺は、そいつの胸ぐらを掴んでいた。

周りには、騒ぎに気づいた連中が押し寄せ、俺の両腕を抑え込んだ。


暴れてる? 俺が?

なんで?


床に散らばった白ごはんが、やけに眩しく見えた。

ひっくり返った弁当箱、食器の転がる音。

あたりにはざわめきと、遠巻きに俺を見る冷たい目。

その視線が、全身に針を刺す。


「江!!おい、落ち着けって!!」


声が聞こえた。

――古谷隆。増水した川が流れたあの日、橋の上で俺の腕に掴みかかったあいつだ。


「……なあ、こないだ言ったよな?あいつは、今ひとりで考える時間が必要なんだって」

「な、なんで……!? 俺に相談してくれればいいじゃないか……!」


喉の奥から、抑えきれない叫びが漏れる。


「お前、まさか……俺を押さえ込むために、あんなこと言ったんじゃ……」


「違う。信じてくれ。……なあ、わかったよ。だったら――あいつを、探しに行こう」


「……本当に、行くんだな?」


「もちろん。約束する。だけど、俺たちだけじゃダメかもしれない。助っ人を呼ぶ」


「助っ人……?」


その言葉がどう言うことを意味しているのか、実感が湧かなかった。


*  *  *


その日の夕方。いわゆる放課後の時間だ。

俺は普段通らない別館へと案内された。


廊下の窓から見える景色には、大きいキャンパスだと思わせる幾つかの建物、楽しそうに会話する学生の溜まり場と化した中庭、正門とキャンパスを繋ぐメイン通りが目に映る。

靴底の音が鳴り響き、横を通る学生の声が少し聞こえてくる。同時に、鼓膜を突き破る勢いの蝉の鳴き声。

そんな音たちが入り混じる先には、『A.C.T』と書かれた札がドアの前に差し込まれている。


『なんだよ、ここ?』

隆は、何事もないようにドアをノックする。

数秒後、ドアの奥から静かに現れる1つの影。その影はボブスタイルの黒髪と共に現れた。

『お、来た?』

『ああ・・・彼は、高梨江。僕の友人だよ』

『そう』

くるっとした瞳が隆から俺に。よく見ると、彼女の髪の毛先は黄色で染められている。

『よろしくお願いします、高梨さん』

軽く反射的にお辞儀するも、何をするかは全く聞かされていない。さっき助っ人を呼ぶとかなんとか。


*  *  *


中に足を踏み入れると、そこは静かなオフィスのような空間だった。

中央には木目の長机と数脚の椅子。奥には、ガラス張りの個室が二つ。どこかスタディルームを思わせる。


「今日は私たち以外、誰もいないから、真ん中の机使おう!」

明るく言い、俺は彼女に促されるまま、少し戸惑いつつ椅子へと向かった。


そのとき。

誰もいないはずの奥の個室から、ふいにもう一つの影が現れた。


ビクッと肩が跳ねたが、すぐにそれが人だと分かる。

長身で茶髪のセンター分け、眠たげな目にくたびれた服の男子学生だった。


「――あ、辻晴人つじ はると。同じサークルメンバーだよ」

「サークル……?」


思わず反応してしまった俺の言葉に、場の空気がピリッと張り詰める。

その場にいた全員の視線が、同時に俺へと向いた。


「江……このサークルのこと、知らないの?」


俺の問いに唖然としたように、近くの彼女が頭を抱える。ややオーバーに見える仕草だったが、苦々しさの滲んだ視線がすぐに俺へと向いた。


「じゃあ、教えてあげる。このサークルはね、表向きはボランティア活動に従事したサークル。だけど本当は、学生の悩みや依頼――なんでも引き受ける“人助けサークル”なの」


「人助けサークル……?」


「私はこのサークルの部長、咲白杏奈さきしろ あんな


彼女が微笑みながら名乗ると、隣の隆が補足するように口を開いた。


「意外と評判よくてさ。他大学でも噂になってるくらいだぞ」


「そんなに……? じゃあ依頼って、本当に何でも?」


俺が尋ねると、咲白さんは小さく笑って答えた。


「許される範囲ならね。もちろん、刑事事件は無理だけど」


そのとき、隆が少し真剣な顔で言葉を継いだ。


「ここなら、宮崎のことも何か手がかりが見つかるかもしれないって、思って」


サークルの概要を少しずつ理解していく中で、俺たちは正式に“依頼”をすることになった。

簡単な自己紹介のあと、隆と俺で状況を説明する。内容を聞き終えると、咲白さんが情報を整理しながら確認を入れた。

「つまり……いつも高梨江さんと一緒にいるはずの宮崎優香さんが、最近大学で姿を見せなくなった。

一応連絡は取れたけど、家にも帰っていない……そういうことですね?」


俺は小さく頷いた後、補足するように言った。


「……優香は視覚障がいがあって、普段は俺が手伝ってるんです。だから一人で出歩いていると思うと……心配で、夜も眠れないくらいで」


咲白さんは優しく頷きながら、視線を俺の方に向ける。


「分かりました。私たちで一緒に探しましょう。まずは、優香さんの知り合いや友人の名前を、思いつく限りで構わないのでリストにしてもらえますか? 私たちの方で連絡を取って話を聞いてみます」


すると辻さんがノートPCをスッと俺の前に置く。


「ここに、名前と関係性を書き込んで」


画面にはシンプルな表形式が表示されていた。

続き咲白さんは、隣に座る隆に視線を移す。


「古谷隆さん。優香さんの顔写真、私たちに送ってもらえますか?」


「はい、分かりました」


意外とすんなりと進むやり取り。でもどこがでこのサークルのことで不信感を持っているのも事実だ。


人気?とはいえ、聞いたことないサークル。無償で人助けをする? ボランティア? 無料ほど怖いものはない。絶対何か裏がある。でも優香を探すことが最優先だったし、人捜しをするのに、協力者が多ければ多いほどいい。そう自分に言い聞かせることで、彼女たちを信じることにした。


*  *  *


挿絵(By みてみん)



炎天下。

真夏の陽光が容赦なく照りつけ、アスファルトの照り返しで視界が揺らいでいた。

スーツの背中は汗でじっとりと湿り、シャツの襟元はすでに重たく肌に張り付いている。

男であろうと日傘が欲しくなるような、そんな刺すような暑さの中でも――事件は、いつもと変わらず、唐突に起こる。


「お疲れ様です」


現場を警戒する制服警察官が軽く頭を下げる。

挨拶に軽く頷き返しながら、黄色い規制テープをくぐって敷地内へと足を踏み入れる。


目の前に現れたのは、木造の一軒家。

黒ずんだ瓦、引き戸、縁側の格子――どこか懐かしさを感じさせる和風の佇まいだ。

住宅街の中にひっそりと建っているが、外観に特段の異常はない。


だが、玄関をくぐり、一歩足を踏み入れた瞬間――空気が変わった。


室内はひどく荒れていた。

畳の上には割れた食器の破片が飛び散り、押し入れから引きずり出された衣類が床を覆っている。

居間の中央では、木製のテーブルが斜めに傾き、椅子の一つは背もたれが折れていた。

家具の位置も不自然にずれており、激しいもみ合いがあったことは一目でわかる。


その先――畳の上、涼しげなブルーシートの下に、膝を曲げるように横たえられた人のかたち。


被害者は若い女性。

シートがめくられると、やや痩せ型の身体に、乾きかけた血の滲みが目に入る。

衣服は乱れ、首元にうっすらと絞め跡のような痣が残っていた。


「……かなり荒れてますね。金目の物、持ってかれたんでしょうか」


鑑識の一人が、呟くように言う。

室内の状況を見る限り、物取りの線が濃い。だが――


「また、闇バイトの手口か」


「確かに……財布や金品類、全部見当たりませんでした。現金も、口座情報の控えもなしです」


報告に、誰かが深くため息をつく。


だが、全員の視線が吸い寄せられたのは、次の瞬間だった。


遺体の顔の近く――

唇の間に、小さく、色鮮やかな“折り鶴”が差し込まれていた。


濃い紫の折り紙。

小さく丁寧に折られているが、濡れて少しだけ端が解けていた。


「……これで、五件目だぞ」


低い声が、室内に響いた。


折り鶴。

この奇妙な“サイン”は、過去にも見覚えがあった。

同じような手口、同じような犯行現場。すべての遺体のそばに、決まってこの折り鶴があった。


誰が、なぜ、これを遺すのか。

何かのメッセージなのか、挑発なのか――あるいは儀式か。


外では蝉が鳴いていた。

その声が、どこまでも不気味に、暑さとともに響き渡っていた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

おそらく1年ぶりの完全新作・第1話ということで、拙い部分もあったかと思いますが、読んでいただけたことが何よりの励みです。

これから物語は少しずつ動き出し、主人公が巻き込まれる出来事や出会いが増えていきます。

次回は、“宮崎優香の失踪”について衝撃的な真実へと近づいていきます。よければ引き続きお付き合いください!


ブックマーク・感想などいただけると、とても励みになります。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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