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A.C.T アクト:謎の大学サークルに依頼した件について  作者:
Case4 A.C.Tの罪について

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19/21

罪と罰 前編


【SNS投稿】

投稿者:匿名アカウント(ID非公開)

「A.C.Tの罪を自白させろ」

これは“事故”でも“個人の問題”でもない。

2年前、茜森大学に在籍していた元学生が自ら命を絶った。

その背景に何があったのか、なぜ誰も責任を取らなかったのか。

サークルの圧力、隠蔽、見て見ぬふり。

もう忘れた顔して前に進んでる人たちへ。

あなたたちは本当に無関係ですか?

↓関連記事

【〇〇大学 元学生自殺―学内トラブルの可能性】

(※ニュースサイトへのリンク)



*  *  *


ピンポーン。

乾いた電子音が、夜更けのアパートの廊下にやけに大きく響いた。


年季の入った蛍光灯が、一定のリズムで微かに唸りながら、薄暗い通路を照らしている。壁にはところどころ黒ずんだ染みが残り、生活の気配だけが重く沈殿していた。


やがて、音の余韻が消え、廊下は再び不自然な静けさに包まれる。


「出ない・・・ですね」


隣に立つ星野さんの声は、感情を削ぎ落としたように平坦だった。

汗の滲むシャツを軽く握りしめ、彼女は視線だけをドアに向けている。


でも、あいつのことだ。

この沈黙の向こうに“いる”のは、わかっている。


私はもう一度、インターホンを押した。


「あの!!咲白です!!」


一瞬。

ドアの向こうから、足音の鳴る、かすかな物音がした。

だが、それ以上の反応はない。


……なら、あの方法を試すまで。


「よし、出ないみたいだし・・・帰ろうか!!」


わざとらしくドアに向けて、声を張り上げた

星野さんが「え!!」と目を見開くのが、視界の端に映った。


私はそのまま彼女の背中に手を添え、エレベーターの前まで歩を進める。

足音も、会話も、すべて“見せつける”ための演技だ。


そして、ふっと踵を返す。


今度は、重心を落とし、男性の靴を思わせるような、鈍い足音で廊下を踏み鳴らす。

声色を低く作りながら、再びインターホンに手を伸ばした。


「〇〇郵便で〜す!!」


自分でも笑いそうになるほどの迫真の演技――

すると、今度ははっきりと、ドアの向こうから玄関へ近づく足音が聞こえた。


そうだ。

このアパートには、モニター付きのインターホンがない。

ドアスコープがあっても特に使わない性格。


その読み通り、勢いよくドアが開く。

現れたのは辻晴人だった。


大学生のくせして、無精ひげがやけに伸び、くたびれたスウェットに薄手のジャケットを羽織った姿。

私は反射的に、彼の腕を掴んだ。


「ようやく出てきたわね!!辻!!」


「な!?お前!!」


「話を聞かせな」


思いきり力を込めた指が、彼の腕に食い込む。

だが、辻は舌打ち混じりに振り払った。


「今あのサークルがどうなってるか知ってるだろ?対応は杉田教授がしてくれる。お前らは家で大人しくしていればいい」


言葉遣いが荒い。

平坦な声色を演じているようだが、いつもの余裕が、そこにはなかった。


「あんたこそ、隠し通せると思ってんの!!見たよね?」


私はスマホを取り出し、画面を突きつける。

そこには、「A.C.Tの罪を自白させろ」というSNSの投稿。

かつて同じ大学に在籍していた学生の自殺を報じる記事が添付されていた。


辻の表情が、一瞬だけ崩れる。

ポーカーフェイスの隙間から、微かに見開かれた目。


だが、すぐに取り繕うように視線を逸らし、


「これが何?」

と、短く吐き捨てる。


こんな交渉を続けている時間すら、惜しかった。

その苛立ちを込めて、「あんたわさ、悔しくないわけ?見てよ、コメント欄!!」とぶつける。


画面には、サークルへの非難、侮辱、読むだけで胸を抉る言葉が延々と並んでいる。

それを見せつけながら、私は続けた。


「本当にやってないならさ、話してよ!!」


「・・・」


「この松本楓まつもとかえでさんって方・・・何かサークルと関係があるの?・・・」


「・・・」


「・・・前ね、見たことがある・・・A.C.T 第1期活動記録。それ毎日つけてる日記みたいなんだけど・・・ある日付のところだけ記載がなかったんだよね・・・なんでかと思えば、この学生が亡くなった日と同日だってことがわかった」


言葉を重ねるたび、辻の顔から血の気が引いていく。

眉が歪み、唇が震え、瞼が小刻みに揺れ出す。


まるで、胸の奥を直接抉られているかのように。


「話す・・・」


掠れた、小さな声だった。


*  *  *


自殺した女子大学生・松本楓。

俺たちと同じ茜森大学に通っていた。彼女の学年は、俺・辻晴人と同じ。


そこまでは、あいつらも知っている。

それより深い事情は、ちょうど二年前に遡る。

*  *  *


夏の熱気がこもる部室。

古いエアコンはついているものの、風は弱く、汗ばむ空気だけが循環していた。

パイプ椅子に腰かけた三人の大学生が、長机を挟んで並んでいる。


俺――。

鷹野翡翠。

そして、松本楓。


松本は白い半袖シャツに、薄いブルーのスカート。

ラフだが清潔感のある服装で、背筋を伸ばして座っていた。


正面には、顧問の杉田教授。

その隣に、教授の妹であり大学の学生課スタッフでもある杉田真央が立っている。

真央はベージュのブラウスに細身のパンツ、仕事用の鞄を足元に置き、淡々と説明を始めた。


「今回は、初めて大学外から依頼が来た。正直・・・断ろうと思ったんだが、地域の人と寄り添う場としても必要だと考えた」


その一言で、依頼は始まっていた。


*  *  *


彼女が、依頼の責任者になった。

相手は高校生・宮崎優香。

夏服のセーラー服姿で部室に現れた彼女は、扉を入った瞬間から落ち着きがなかった。


俺は松本の隣に座り、ノートPCを開く。

記録係が、俺の役割。


「私は松本楓と言います。こちらは辻晴人です」


俺の自己紹介もしてくれた後、質問が始まった。


「いじめということですが具体的にどのような・・・・答えられる範囲で全然!!」


「……」


宮崎優香は、俯いたまま動かない。

白い襟元に汗が滲み、指先が膝の上で小刻みに震えている。


しばらくして、彼女は小さく前置きし、また口を閉ざした。

唇を強く噛みしめ、色が抜けるほど。


「無理に話さなくていいよ」


松本が、柔らかく言った。

すると宮崎は、首を小さく横に振る。


「……話します」


その声は、ほとんど聞き取れないほど小さい。


「最初は……悪口、でした。

私が通ると、急に静かになったり……笑われたり」


言葉が、そこで途切れる。

指先が机の縁を掴み、白くなる。


「それが、だんだん……」


松本は、何も言わない。

ただ、遮らず、逃がさず、そこにいる。


「……私のもの、勝手に触られて。

なくなっても、“知らない”って言われて……」


俺は、淡々とキーボードを打つ。

“物品の隠匿・破損の可能性”。

それ以上の言葉は、まだ使えなかった。


「写真……撮られたことも、あります」


「どんな?」


俺の問いに、宮崎は一瞬だけ顔を上げた。

すぐに視線を逸らす。


「……見せられないやつ、です」


それ以上は、何も言わなかった。


「それは、誰かに送られた?」


少し間を置いてからの質問。


「……多分」


「“多分”?」


「……私の知らない人が、

私のこと、知ってる感じがして……」


説明としては、足りない。

だが、嘘ではないことだけは、全員が理解していた。

部室に、重い沈黙が落ちる。


「学校の先生はなんて?」


松本の問いに、宮崎は頷く。


「知り合いが、もしかしたら助けてくれるかもしれないって・・・ここを紹介してくれました・・・」


「え?それだけですか?」


思わず、声が漏れた。

空気が一気に張り詰める。


「……終わらせて、ほしいです」


松本は、ゆっくりと息を吸った。


「分かった・・・私たちでできること、全部やりましょう」


*  *  *


宮崎が帰った後、部室は蒸し暑さだけが残った。

ペットボトルの水を一口飲み、俺たちは作戦会議に入る。


「それにしても、どうしようっていうんだ?」


「まあ、高校の教員が、杉田顧問と繋がりあるみたいだし・・・さすがに高校に入りやすいんじゃない?それに加えて、宮崎さんの通う高校ってさ、大学と一緒になってる附属高校らしいよ」


「いや待て待て!!」


俺は思わず身を乗り出した。

松本が目を丸くする。


「いじめ関連がどれだけ解決するのが大変かわかってる?教師にとって、ただのからかいにしか見えない。俺たちで助けても、加害者はまた別の方法で・・・」


言いかけたところで、松本が鋭く言い切った。


「なら、最後の最後まで付き合ってあげる・・・それが私と大人たちの違い・・・まあ、もう私も18歳以上だし、大人か?はははははは!!!」


その笑顔は、夏の日差しみたいに眩しかった。

――だからこそ、忘れられない。


彼女の清々しさは忘れられない。

その後、試行錯誤しながらも、調査が進んで行った。


*  *  *


真夏の午後。

附属高校の校舎は、大学よりもさらに熱を溜め込んでいた。

廊下の窓は開け放たれているが、風はほとんど通らない。

蝉の鳴き声だけが、やけに大きく響いていた。


教授は「地域連携」「相談支援」「付き添い」という言葉を慎重に選び、

大学として正式に高校側へ連絡を入れた。

角を立てず、責任を曖昧にしないための、無難な言葉の列。


俺たちは、その結果としてここにいる。


*  *  *


加害者側への聞き取りは、

あくまで「参考意見」という名目だった。


高校側が選んだ数名の生徒と、短時間ずつ、個別に。

場所は、人気のない空き教室。

机の表面は古く、消えかけた落書きの跡が残っている。


話すのは、松本と付き添いの俺だけ。


最初に入ってきた女子生徒は、驚くほど落ち着いていた。

制服の襟を整え、椅子に腰掛ける動作にも迷いがない。


「宮崎さんとの関係について、何か知っていることはありますか?」


「え……普通、だと思いますけど」


「普通?」


「はい。クラスメイトですし。

特別仲がいいわけじゃないですけど……」


困惑というより、本当に問題だと思っていない顔だった。


「悪口を言ったり、物を隠したりしたことは?」


「ないです」


即答。


「写真を撮ったことは?」


一瞬だけ、間が空いた。


「……みんな、撮りますよね?」


悪びれる様子もない。


*  *  *


「からかい、みたいなもんです」


その軽さが、妙に耳に残る。


「宮崎が気にしすぎなんですよ。ああいう子、クラスに一人はいるじゃないですか」


――“ああいう子”。


その言葉に、松本がほんのわずかに身じろぎした。


「具体的には、どういう意味で?」


「ノリが悪いっていうか……空気、読まないっていうか」


空気が悪くなる。

だから、排除される。


彼らの理屈は、驚くほど単純だった。


「嫌がっている様子は?」と質問すると、


「……正直、分かんなかったです。いじめって言われると困ります。俺たち、何もしてないんで」


「宮崎さんが学校に来づらくなっていることは?」


「それは……本人の問題じゃないですか」


その瞬間、松本の視線が鋭くなった。だが、彼女は何も言わなかった。


*  *  *


担任の教師は、大きくため息をついた。


「これでわかったでしょ?何も起きていない」


「いえ、相手がそう言ってるだけで・・・」


「なんであなたたちに、頼んだと思います?」


「え・・・」


「そんなに相手にする必要ないから。ただこういう形だけでも取れば、宮崎さんも気が晴れるでしょ?」


その言葉は、

“君たち程度が扱うには、ちょうどいい案件だ”

そう言っているように聞こえた。


「それでも教師ですか?」


松本の声は、低く、はっきりしていた。


教師は眉間に皺を寄せる。


「失礼、私も忙しいので」


わざとらしくため息を吐き、背を向ける。

小さくなっていく背中を見ながら、俺は、どうしようもない絶望を感じていた。


*  *  *


A.C.Tの部室は、妙に落ち着かなかった。


夏休みが近づき、

附属高校の話題は、自然と減っていく。


数日後、杉田教授が部室を訪れた。

書類の束を抱え、いつもより足取りが軽い。


「みんな、少し話がある」


俺と鷹野は顔を見合わせ、松本を見る。

彼女は、机の上のノートから目を離さなかった。


「例の件だが……高校側としては、これ以上の対応は難しいという結論になった」


松本のペンが、止まる。


「……“例の件”って、どれのことですか?」


教授は、一瞬だけ言葉に詰まった。


「宮崎優香の相談だ。一応、聞き取りもしたし、形式上の対応は終わっている」


「形式上?」


松本が顔を上げる。


「終わってないですよ。本人は、何も解決してない」


「気持ちは分かる。だが、これ以上踏み込むと、こちらが越権になる」


その言葉に、鷹野の肩がわずかに揺れた。

それに続き、松本の声は震え始めた。


「……じゃあ、宮崎さんは?」


「学校側で経過観察、という形になるだろう」


やけに重く、言葉発することさえ許されない空間に変貌していく沈黙。

そんな沈黙を破る杉田真央。学生課の書類を手に、少し言いにくそうに切り出す。


「それで……次の依頼なんだけど、最近、学内で噂になってるの、知ってる?」


「噂?」


「闇バイトよ。学生が関わってるんじゃないかって」


空気が、変わる。

明確な“事件の匂い”。


「大学としても、表沙汰にしたくない。だから、まずA.C.Tに話を回したいの」


「……それって、今の案件と同時進行ですか?」


特に返答がない杉田一家の言葉。

松本が、ゆっくりと立ち上がる。


「待ってください。宮崎さんの件、まだ途中です」


松本の意志さえ捻じ曲げようとする低い声が杉田教授から放たれる。


「世の中には、優先順位というものがある」


「じゃあ、あの子は?」


「……君たちは、全部を救おうとしすぎる」


松本は教授の言葉に笑った。

だがそれは、清々しい笑いではなかった。


「じゃあ、私は・・・闇バイトの件もやります。ただし!宮崎さんの件、終わったとは思わないでください」


教授は、何も言わなかった。

それが、答えだった。


俺は、その瞬間、はっきり理解してしまった。

依頼には、重さがあること、守られるべき声が置いていかれてしまう現実。


そして松本楓は、

置いていかれる側の声に、最後まで付き合おうとしていた。


それが、彼女をどこまで追い詰めていくのかも知らずに。

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