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A.C.T アクト:謎の大学サークルに依頼した件について  作者:
Case3 痣をもつ中学生の件について

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14/17

痛み

夏は嫌いだ。

蒸し暑さがまとわりつくようで、まるで地獄をそのまま歩かされている気分になる。


俺はいつも通り、住宅街の外れで聞き込みをしていた。

トントン、と古い戸を軽く叩く。


「すいません〜、小西様いらっしゃいます?〜また訪ねにきた十川です〜」


呼びかけた瞬間、家の中で何かがはじけたように音が跳ねた。

複数の足音。軽い靴。荒く、焦った動き。

——まさか。

反射でドアを蹴り上げた。

古い蝶番が悲鳴をあげ、玄関の内部が開いた先には、乱雑に荒らされた形跡が玄関から漂っている。


「強盗だあああああああ!!!!」


怒鳴った途端、家の奥で足音がさらに激しさを増した。

裏口のほうへ、逃げる気配。

俺は恐怖を蹴り捨て、一気にリビングへ駆け込む。

傾くテーブル、散らばる書類、こじ開けられた棚。その時に視界で微かに捉えた小西。部屋の隅っこにうずくまっている。青ざめた顔色で、見上げる。


「怪我は?ないですか?」


小さく震える頭の動きが、それを否定した。


「悪いけど、警察を呼んでください!!!」


大きな一歩を起点に、裏扉を突き破った。振り返った先に捉えた男の背中。

細い裏通りの出口、そこを抜けた瞬間——

急発進していく黒い車。

せめてナンバーだけでもと、携帯を構えたその時。

視界の端で、人影が倒れていた。


「大丈夫か!?」


うつ伏せに崩れた若い男。

その頬から滴り落ちる赤を見た瞬間、胸がざわついた。


「お前・・・この前の・・・」


*  *  *


病院に電話し、搬送に同乗した。

今は手術室の前で結果を待つしかない。

そこへ、息を切らしながら一人の女子大学生が駆け込んできた。


「高梨くんは!!! どうなったんですか!?」


看護師へすがりつくように問いかける。


「あの様子だったら、死にはしませんよ〜」


思わず口を挟んだ俺の声に、女子大学生がこちらを振り向く。


「あなたは?」


「通りすがりのジャーナリストです~」


*  *  *


警察の事情聴取のため、ジャーナリスト——十川大輝そがわたいきという人はその場を去っていた。

けれど彼のおかげで、なんとか高梨くんは助かった。……いや、そうじゃない。私(咲白杏奈)のせいだ。

高梨くんの言う通り、正規のルートで調査すべきだった。

ああ……まただ。サークルに入ってから、私はずっと空回りばかりしている。

だから今こうして、眠り続ける彼のそばにいることしかできない。

包帯で頭を巻かれた高梨くんの横顔に触れるように、私はそっとその手を握りしめた。


「ごめん、ごめんなさい……」


その時——。

静かに、病室のドアが開く音がした。私は顔を上げる。

そこに立っていたのは、顧問の杉田圭太教授。

彼は一歩足を踏み入れた。状況をすべて悟ったかのように深刻な表情を引き締めていく。


「教授……」


「俺のせいだ。もう、手を引くべきだった」


「違います!!私がちゃんとした方法で……」


「もうやめよう。依頼人には……俺の方から伝えとく」


「ちょっと待ってください!!!」


勢いよく立ち上がった瞬間だった。

病室の出入り口に、教授とは異なる人影が見えた。

外はすでに暗がりの夜。オレンジの廊下灯がその人物の顔をぼんやり照らし出す。

目を凝らして、私は息を呑む。

星野舞(ほしのまいさん——!? かつて依頼人としてサークルを訪れた女子大学生だ。


「星野さん? どうしてここに?」


「サークルの人から聞いて」

そう言いながら、彼女は音もなく引き戸を閉めた。


「怪我の方は?」

淡々とした口調で話を進める星野さん。


私は、「しばらくは入院したほうがいいと」と答えた。


「そうですか……」


彼女は、持参した紙袋を棚にそっと置いた。お見舞いの品だろう。


「ねえ、星野さん。何しに来たんです?」


「……私も覚悟を持って、入部したいんです。この人助けサークルってやつに」


場の空気が一気に緊張する。もちろん教授は承諾する気にはなれない。


「君!!今どういう状況かわかってんだろ? 悪いが今は入部を受け付けてないし、これっきりにするつもりだ」と言葉を吐き出す教授に鋭い返しをつき返す。


「誰かの依頼に応えるんだから、請負人が多くの傷を抱えるのはある意味当然の結果ですよ。それでも彼は・・・彼なりにこの道を選んだんじゃないですか」


私は鋭く突きつけられた言葉を1つ1つ噛み締めるたびに、涙腺が緩くなってしまう。

教授もそれ以上かける言葉がないように、押し黙った。


「私も誰かを救うことで、少しでも誰かの未来が明るくなるなら……人を助けることは意味あるものだと思います。それに、今、青谷中学校に私の親戚がいます」


「え……?」


急に襲いかかる情報量に、頭が追いつかない中、話を淡々と進める。


「おそらく、佐伯さえきくんが時島ときしまくんに暴行しているのは間違いないかと」


星野さんは淡々と続ける。だが私は混乱し、つい声を張り上げた。


「ねえ、整理したい!!」


その瞬間、まるでスイッチを切られたロボットのように、星野さんの口が止まった。


「えっと、今回の件は、把握済みってことかな?」


「はい、それで私の親戚にお願いしてみたんです。学校のこといろいろ聞きたいんで」


「あなたの親戚って?」


松崎美奈まつざきみなです」


その名前に、すぐ顔が浮かんだ。

大人びた表情の女子中学生——廊下で私達の会話に割って入ってきた、あの子だ。


「あ〜、あの子?」


「それで、彼女に身近に起きてること、聞き回ってみたんです」


「待って待って!!」


また話が一気に進んでいく。慌てて両手を上げ、制止する。


「星野さんは、いつからこのサークルを入部して?」


「サークルの活動停止になる1日前です」


「え、それ私、聞いてないんだけど?」


「このタイミングで、咲白さんに言うと面倒だからって」

またしても淡々と話が進みかける。


「いや、だから待ってって!!」


……何度繰り返しただろう。

ただ、止めないと彼女の情報量に押し流されてしまいそうだった。


*  *  *


どうやら星野さんは、新たな人助けサークルの一員として、すでに独自に動いてくれていたらしい。

その裏で情報を集めてくれていたのは、彼女の親戚である松崎美菜さん——例の中学生だ。


松崎さんによると、時島が佐伯から暴行を受けるようになった理由は、どうやら“家柄”に関係しているという。


高梨くんが被害を受けていた同タイミングで、私は時島くんの跡をつけていた。

正直、ただのいじめられっ子だと思っていた。だが、彼が向かった先を見て、思わず息を呑む。

高層マンション。重厚なエントランス。まるで別世界の暮らしだ。

そういえば英語講習のとき、彼の持ち物はどれも他の子よりずっと綺麗で、鉛筆さえ1000円以上しそうなものだった。

——ってことは、佐伯くんの家庭と何かあった?

“身分差”ってこと……?

私は散乱したメモ書きを前に、必死に思考をまとめていた。


気づけば、星野さんと教授が去ってから5時間。

病院は夜の深い静けさに包まれていて、看護師の声すら遠くに消えていた。

煮詰まった頭を冷やすように、私はそっとメモ帳を閉じる。

そして眠る彼の手に、もう一度触れた。


「ごめんなさい。私が責任を持って、この依頼を解決するから」


返事はない。

けれど、静かな寝息の奥に、少しだけ安堵の色が見えた気がした。


*  *  *


翌日。英語講習会の2日目。

急遽参加できなくなった高梨くんの代わりに、星野さんが講師役を務めてくれることになった。


なんと英語のリスニング・リーディング・『トピック』のスコア900点。

中学生には到底処理しきれない単語とスピードでしゃべり続けた結果、担任の間宮先生からわざわざ注意されるほどだった。


機会を狙っていた休憩時間。

私は少しでも手掛かりを探るため、そっと時島くんの隣に腰を下ろす。


「何読んでるの?」


距離をつめた瞬間、彼は丸い目をさらにまん丸に膨らませた。


「あ、ごめんね。いや気になっちゃってさ」


「あ、ああ・・・」


覗き込むと、そこに文字は一つもない。……譜面だ。


「譜面? 何、ピアノ弾くの?」


「まあ、そうです」

と控えめに笑うその顔が、柔らかくて、どこか影もある。


「へえ〜例えばどんなの弾くの?」


「今度は『明日を超えて』っていう曲です、合唱曲で弾くことになったんです」


「え、聴きたい。その合唱曲コンクールとかあるでしょ?一般の人でも観に行ける?」


「はい」


「へえ〜、いつあるの?」


「夏休みが終わってからだから、9月中旬ぐらいかな」


そんな穏やかな会話を交わしつつも、私はずっと視線の端で佐伯の動向を追っていた。

あの子の鋭すぎる視線が、どうにも気になる。


*  *  *


次の尾行作戦に備えようとした矢先——

佐伯は正門前に立つ一人の大人に向かって駆けていった。

工事現場の作業着。

軽トラック。

頭にタオルを巻いた、疲れた目をした男性。

——父親だ。


そう直感した瞬間、佐伯はなぜか父親から距離を取るように背を向けた。

私は迷わず彼のもとへ駆け寄る。


「佐伯くん、忘れ物してない?」


「は?」


振り返った顔には、刺すような不機嫌さ。

もちろん、私が見せたスマホは私のものだ。ただの接触の口実。

ポケットを念の為探る佐伯——当然、自分のスマホは持っている。


「俺のじゃない」


父親は無言のまま、痛ましいほどの眼差しで佐伯を見つめている。

二人の間に流れる緊張に、私はそっと言葉を差し込んだ。


「一緒に帰らないの?」


「は?」


「お父さんでしょ?」


その瞬間、佐伯の視線が泳ぐ。


「うっせえーよ、ブス!!!」

と怒鳴り返し、逃げるように正門を離れようとすると、

「おい!!」

と父親が叱責の声を上げる。


立ち止まる佐伯。


「そっちの通りで、この前事件があったんだろ? 俺が家まで送ってく。いいな?」


「そっちは通らないよ」

とそっけない様子で、その場から離れていった。


「すいません、あんな口の悪い息子で・・・前はもっと優しい子だったんですけどね」


悲しいほどに弱った目。

“前は”——その言葉が妙にひっかかった。


「前はって・・・いつのことですか?」


途端に父親は我に返ったように頭を掻く。


「いや〜ね〜、大学生の子に話してもしょーがないよねー」


「いえいえ、そんなことないですよ!!」


一歩踏み込む。だが、父親は苦笑いで逃げるように車へ戻り、そのまま去ってしまった。

いきなり事情を聞き出すのは無理か……。


だが一つ、確かなことを掴んだ。

作業着に刻まれた会社名——『竹宮』。

私はすぐにスマホを取り出し、ニュース記事を検索する。


竹宮建設で労働環境の悪化が浮上**

首都圏を中心に中規模案件を請け負う竹宮建設で、現場作業員の長時間労働や安全手順の省略が常態化しているとの内部証言が寄せられた。

関係者によると、要因の一つに「主要取引先からの過度な工期短縮要求」があるとされ、現場監督らは「安全より納期が優先されている」と訴える。

竹宮建設は、数年来取引のある大手開発会社から複数工事の工期短縮を指示され、結果として現場の負担が増大。

専門家は「元請け企業の要求が下請けの労働環境に影響する典型例」と指摘している。


——佐伯は父親の代わりに復讐している?

——でも、なんで時島くんは何も言わない?

——そして、あの痣を時島くんの親が気づかないはずがない。

……あれ?


ふと顔を上げると、あたりは静まり返っていた。

下校する中学生はほとんどいない。

そして——

さっきまで後ろにいたはずの星野さんの姿が、どこにもない。


*  *  *


私(星野舞)は、咲白先輩の代わりに、その背中を追った。


曲がり角へと消えていく佐伯の影は、ひとつ先の街路灯に揺れて見える。

私も同じ細長い道を、息を潜めるように歩く。

車の走行音は遠ざかり、住宅街の空気は急に薄く静かになった。

ベランダから垂れ下がる洗濯物が、誰もいない風の中でゆっくり揺れている。


やがて、家並みがふっと途切れた。

街灯が一本だけ、取り残されたように突っ立っている。


その先にはフェンスが破れ、無造作に広がる空き地。

足元の砂利を踏むたび、乾いた音がひとつひとつ闇へ吸い込まれた。

取り壊し途中の建物が、骨のように残されている。

壁には“立入禁止”の紙が何枚もはためき、どこかで猫が短く泣いた。

風が吹き抜け、錆びた金属板をコツンと鳴らす。


その瞬間、誰かの手が私の腕を掴んだ。

驚きで息が跳ね、振り返ると──咲白先輩が立っていた。

影をまとった表情は、見たことがないほど険しい。


「一人で行動するなって言ったよね?」


「…いうこと聞いてたら、手掛かり見失っちゃいますよ!!」


「チームで動いてるの。一人でただ単に動けばいいわけじゃない!!」


「…」


怒鳴り合うような静けさが落ちた、その背中に声が落ちてきた。


「やっぱり、ずっと調べてたんだね?」


振り返ると、時島が立っていた。

その横に──佐伯。


「ハ、何で?」


喉の奥で言葉がもつれ、息と一緒にこぼれ落ちる。


私たちの間を細い風が通り過ぎる。



勢いよく起き上がる。

肺が押し潰されるように苦しく、喉はひどく乾いていた。

蒸し暑い汗が背中と胸にべったりと貼りつき、寝巻きは肌に張り付いている。


暗い自室。

時計は 午前3時04分。

まただ。この時刻も、この息苦しさも。

机の上には、数年前の資料が無造作に積まれている。

学生相談、地域からの依頼書、そして——

活動報告書の束。

その一番下。

薄汚れたファイルの端が、彼の胸にざわりと刺さる。

表紙には、雑な字で書かれていた。


《A.C.T 第1期活動記録》


杉田は静かに息を呑む。

理想だけで突っ走り、まだ“痛みの意味”を知らなかった頃。

報告書からは黒塗りにされたゼロ番目”のケース。

夢の中の、顔のない女子学生。


「アンタを絶対許さない」


背後から聞こえた声にふと振り返る。

憎しみの声。だがそこには、誰もいなかった。

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