最後の願い
星野さんと斎藤さんは、お互いの自画像を描いている。それも芸術的に。
二人はもう、私(咲白)がいることなんて気にしていない。
お互いの自画像を描いていく過程で、言葉を残していく。
人を芸術で生み出すこと。それは人の本心を見ることになる。唯一、星野さんは、斎藤さんと本気で向き合ってくれた存在。大事にしたいと思った存在。だからこそ、ここまでしてそばにいる。そんなことを話していた。
これが、タケルくんにもできていたらと思う後悔を思い出させる。同時に彼の妹さんには、後悔のない選択をさせるため、手伝いができたと思えた。ただの自己満だ。でもこれでいい。これで、彼女の心も救われるものがある。
そう思えた時、駆け走る勢いで、美術室に入ってくる高梨くんと辻くんの姿。
「やばい、警察がきた!!」
「え?」
こちらが、対応する暇もない。
二人に続き、部屋に押しかけてくる刑事たち。
振り返る一同。
スーツ姿の中年男性が鋭い眼差しで、獲物を捉える勢いだ。
「斎藤ルカだな? 闇バイトに関与した容疑で逮捕する。署まで同行してもらうぞ」
斎藤ルカに手に握られていたキャンパスは、血飛沫のように落ちてしまう。
だが、彼女も狼狽えない。
どこかにしまっていたナイフを腰からあらわにする。
気づけば、星野の首に目掛けて、鋭利な先端を突きつけていた。
「近づくな!!! それ以上一歩でも歩いたら、こいつの首を切り裂く」
刑事だけじゃない。私も思わず構えてしまう。
「斎藤さん、そんなことしなくても……」
「お前らも殺されたいか?」
「……斎藤さん」
星野さんの表情も一気に焦りへ。額からこぼれ落ちる汗、泳ぐ視線、荒れる呼吸が緊迫感を引き起こす。
本当に彼女を殺すつもり!? 大きく揺れる心のせいで、冷静な判断が狂いそうだ。
「ルカ、こんなことしなくても……」
「黙れ!!!」
声色には、怒りが滲み出ている。だが、握る手には、震えの上下幅が、大きく比例していく。
「斎藤、それ以上のことはするな」
「てめえら指図しやがって。お前らに何がわかる? 結局、私のこと知った風に言うて、何も知らんだろ!!!」
刑事の落ち着いた姿勢。だが何人かの手には、腰に身につけていた拳銃に手が回ろうとしている。
これ以上暴走させてしまえば、命を奪う可能性もない。
ふと蘇るトラウマ。目の前に亡くなったタケルくんの死に顔。目に輝きを失ったあの顔が忘れられない。
でも違う!!!あの時とは違う!!!
私は、あの時の自分に負けないと、勇気を振り絞る。
「斎藤さん、本当はこんなことする必要ないでしょ。見てください」
私の手先を追うように、動いていく斎藤ルカの視線。その先には、星野さんの笑顔が綺麗に、純粋に、表現された絵画が描かれていた。
「こんな綺麗な絵を描く人が、人を殺すなんて、私は!!想像できない」
次第に涙目をうるわせる斎藤さんの瞳。
「だからこんなことしないで」
震える手がゆっくり降りていく彼女の手。
「ルカ、もうお願い。これ以上やめて……」
星野さんの声も斎藤さんの声と同様、震えていく。
彼女だってわかってる。
その時、静寂の中に、響かせる金属音。
斎藤さんは、ナイフを手放した。
「そうです、私は斎藤ルカ・・・闇バイトに関わりました」
彼女は静かに、星野から後退りしていく。ゆっくり手を上げて。
「この人たちは、私が脅した。決して共犯ではない」
「それは違うでしょ!!! 斎藤さん!!!』
「黙れ!!!」
大声で私の一声をかき消した。でも黙ってられない。
私たちも……その時、サークルメンバーの顔が脳内に浮かぶ。
そうだ。私がみんなを巻き込んだ。このまま、正直に言って、みんなにまで罪を被せる必要はない。私だけでも。
だけど、刑事は斎藤さんを手錠に嵌めた。こちらの話を聞く気なんてない。
「待ってください!!! 私も共犯!!」
「そんなに私の仲間になりたいのか? そうやって味方してくれる相手にもっと早く……会いたかった』
斎藤さんは私にその言葉を残し、後を去っていた。
星野さんが、斎藤さんにつかみかかり、後を追いかけて行ったのは言うまでもない。
彼女の泣く姿。それが、とても私の心の中に残響していった。
* * *
後日、私は、あの病院へと向かっていた。
看護師さんは私を必死に止めるが、振り払う勢いで、相手を跳ね返す。
白く誇張された長い廊下。すぐにでも目的地に築こうと加速していく歩み。
「ちょっと困ります!!」
だがもう私は止まらない。意志は変わらない。
目の前には、斎藤タケル、斎藤ルカ。大事な家族をあんな風にさせた父親がここにいる。
私は殴りを入れる。
「なんだ!!いきなり殴って!!!」
何度も、何度も殴る。
「本当にやめて!!」
私の脚にへばりつく看護師。
だけど、許せなかった。
「二人の子供たちの未来を奪ってでも、何も変わらないんですか!!」
「何言ってるか、わからない!!」
「斎藤タケルさん、交通事故で亡くなった。斎藤ルカさん、闇バイトに手を染め、逮捕された。あなたが!!! 親が!!!招いた結果でしょ!!!」
自分の頬を押さえつけるので精一杯な父親の姿。
「何とか言えよ!!!!」
私の中のブレーキが壊れた。張り上げる声だけじゃ、物足りない。その手を振り上げた時だった。何かが私の腕を拘束する。こいつの顔を殴りたくても、殴れない。
「離せよ!!!」
そう声を上げた時、聞き覚えのある声が、私の名前を呼んだ。
ここにいるはずない。ゆっくり振り返ると、そこには、高梨くんが険しい表情で、差し留めていた。
だけど怯まない。
「離して」
「無理です」
「離してよ!!」
「A.C.Tは暴力推奨のサークルじゃないでしょ!!」
その時、一瞬、我に返った。
「あのサークルは、人の心を変える、人の心を救うサークルじゃないんですか!!!」
「こんなクズ、息子を失っても何も変わらなかった。娘をあんな目にあわせたとしても、こうやって淡々と仕事をこなしている。まるで自分が潔白でもあるかのように・・・矛盾にも程があるでしょ・・・」
「違う・・・」と震えた声で何かが呟いた。
クズ親の野郎だ。
「俺は・・・間違って・・・間違ってるって、分かってた。」
その言葉を聞くだけで、もう一発殴りたくなる。だけど・・・
引き止める高梨の手がそれを許さない。必死に怒りを押し殺した。
それに引き換えに、次の言葉を吐くクズ野郎。
「でも、こんな時代に!!! 安定した暮らしなんてできない。どうやったら生き残れる? 必死に考えた。賢くなって、優秀な人に育て上げること。それが、できることだったんだ!!!私が父に教えてくれたように。ただその正しい方法をやろうと思っただけだ。でもいつも何か失敗する。いつも道を間違える・・・それが私だったんだ」
「あなたも被害者ってわけですか?」と冷静な声色で質問をする高梨。
静かに頷く父親。
「俺は大学生なんで、人生の先輩に偉そうなことは言えません。でもね、これはわかります。本当に家族愛ってやつを持ってるなら、どんなに辛い人生でも、子どもたちの将来の夢を応援できたんじゃないですか?」
震える手が、高梨の言葉を聞くたびに収まっていく。
「何か困っているのであれば、相談してください。俺たちでもよければ、話を聞きますよ」
高梨は静かな笑顔で、机の上に置かれたメモに何かを書き出す。
「ここにきて、予約をしてください。俺たちはA.C.T。 Aid 、Care、 Team。手を差し伸べ、誰かの心を救うチーム。それがA.C.Tなんです。もう過去は変えられない。でも今を変えられる人はいる。私は、あなたの、娘さんのこれからを変えていきたいんです……」
この言葉、私があの時に与えた言葉。覚えてくれてたんだ。そして、私、・・・
なぜかわからない涙。込み上げてくる涙。嗚咽に追い込むほどの涙。
今までの苦しみから解放されるように多くの感情が流されていった。
高梨くん・・・ありがとう。
* * *
とは言え、サークルの顧問・杉田圭太さん、学生課スタッフ・杉田真央さんが今回の一件ついて話があると部室に呼び出された。
五十代前半、背は高めで痩せ型。細い銀縁の眼鏡をかけ、髪は七三分けだが白髪が目立ち始めている。常に真面目そうな表情を崩さず、学生からは「融通が利かない」とも「誠実だ」とも言われる方が圭太さん。
四十代半ば、落ち着いた雰囲気を漂わせる女性。肩につく黒髪をシンプルにまとめ、派手さはないが整った身なり。仕事柄いつも資料を抱えているのが、真央さん。
何を言われるかはもう分かってる。
「お前らがどんな気持ちで、このサークルを始めたか分かってる。でも今回の一件で、問題行動が多く見られた。それも刑事事件に関わってた。と言うことで、このサークル・A.C.Tの活動はしばらくの間、活動を制限することになった。よって今日から依頼の受付を全て停止する」
辻さんと私は開いた口が塞がらない。でもそれだけのことはやってしまった。甘んじて、その罪を認めることになってしまった。
「わかりました。でも最後のお願いがあります」
「ん?」
「今回の斎藤ルカさんをあんな風に変えてしまった父親も悩みを持っているように見えました。私たちで彼の心を変えていきたい。どうか最後の依頼として、引き受けてもいいでしょか?」
少し考え込む圭太。険しい表情に刻まれている。頭を抱え込む様子を見る限り、苦渋の決断を強いられているように見える。1分後、返答が返ってきた。
「分かった。それでひとまず、最後の依頼にしてくれ」
「ありがとうございます!!」
私は深く頭を下げた。
* * *
今日は、サークル休むことにした。
せっかくの夏休み初日は楽しみたい。それに、今回の依頼解決に貢献した一人と、自画自賛することで正当化した。
目の前には、俺の好物・白ごはんの上にポテトチップを乗せた朝飯。最高だああああああああ!!!!
とは言え、家の中のトイレットペーパーが切れた。
朝食を終えた俺は、買い物に出かけることになった。
蝉の声が鳴り響く木々が佇む通りを歩いている時、低い声で呼び止められる。
「すいません」
振り返ると、30代半ばの男性。髭の剃り残しを抱える口元。色合いは比較的綺麗な服だが、ヨレヨレとしている。そんな男が目の前に。
「何ですか?」
「私、赤崎マガジンの十川大輝と言います。この1ヶ月で起きている折り鶴連続強盗殺人事件について、お伺いしたいんです」
名刺を受ける時に合う視線は、どこか真剣な眼差し。だが口角はニヤニヤが止まらない様子。
「実はね、今若い子に聞き回ってるんですよ〜。どうやらこの連続殺人事件の黒幕、大学生の可能性が出てきたんですよ!!」
「は?」
事態は少しずつ変化を加え始めている。
そして、これがA.C.Tの運命を変え始めているのだ。
いかがでしたでしょうか?
大変心苦しいのですが、この作品はしばらくの間お休みさせていただきます。ひとまず一区切りの意味を込めて、完結の設定にさせていただきました。
思い入れのある作品として、頭の中ではいろんな構想が生まれていて、必ずいつか本当の形で結末まで描ききりたいと思っています。その時を迎えるまで、どうか温かく見守っていただけたら嬉しいです。
また皆さんに続きをお届けできる日を、私自身も心から楽しみにしています。
よろしくお願いします。