「さぁ、速読技術の勉強を始めましょう」
~~前回までのあらすじ
モーリタニアのタコ動画を見ていたら
プログラミングの難題が解決したお姉様。
一見天才のひらめきにしか見えないが、
曰く本当にそこにはソースコードがそのまま書いてあったらしい。
おたふくソースじゃなくて?
無関係の分野で突然別分野の難題の答えに出会える現象。
天才だけのひらめきに見えるそれは、
無節操にあらゆる知識を吸収していれば
発生する確率を高められる当たり前の話。
そしてお姉様は9歳の時に無節操な知識吸収を行うため
この人生というクソゲーの最初期で覚えるべき
Tier1スキルが速読とマルチタスクであると気付いたという。
26歳になった私ではもう遅いと言ったら、
17年の遅れは人生全体で見ればそれほど長くないと言われた。
こうして私はお姉様の獲得経験値バフの根幹スキル、
速読とマルチタスクを教わることになるのだった。
「さぁ、速読技術の勉強を始めましょう」
「よろしくお願いします!」
「最初に誤解を解いておくわ」
「あー、あるあるですね。
そうやって授業の最初に間違った認識を
ガツンと正してくれるのはいい教授の授業です。
それで? 速読の誤解とは?」
「速読技術は文章を速く読む技術じゃないわ。
これを覚えてもあなたが本を読む速度は上がらない」
「えーーーー!?
じゃぁ速読ってなんなんですか!?」
「本を無礼で適当に読む技術よ」
「無礼で適当に!?」
「例えばだけど、これを見て」
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此このシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「走れメロスの冒頭ですね。太宰治」
「そうね。名文だわ。声に出して読んでみると、
句読点の位置まで考えて書かれていることがわかる。
良い文章はそれ自体がひとつの詩であり歌のようなメロディラインがある」
「声に出して読みたい日本語ってやつですね」
「では私がこの文章を速読用に置き換えるわ」
「置き換えるとは……?」
「まぁ見てなさい」
メ激怒。暴王除と決意。メ政治わかぬ。メ村牧人。笛吹羊遊。けれど悪敏感。未明メ村発、野越、十里はなれシ市来た。メ父母無。女房無。十六、内気妹暮。妹、律気牧人、近々花婿と。結婚間近。メ花衣や祝馳買、市来。品々買集、都大路ぶらぶ。メ竹馬友セリ。今シ市で石工。友訪つもり。久し逢だから、訪行く楽み。歩メ、様子怪し思。ひそり。既日落ちまち暗い当りまえけど夜せい無く市全体寂し。のんきメ不安。路逢若衆つかま何かあたまえ市来は夜皆歌まち賑や筈質問。若首振答えな。しばら歩老爺逢、語勢強く質問。老爺答えな。メ両手老爺ゆすぶ質問。老爺低声わずか答え。
「なにこれ」
「速読用走れメロス」
「忙しい人のための走れメロスじゃないですか。
かろうじて内容はわかりますけど、
こんなの太宰治におしっこかけてますよ」
「太宰なら興奮しそう」
「言ってて私もそう思いました」
「でも走れメロスって3行にすると
メが親友セリ人質にして結婚式まで往復。
メを信じて待つセリに感服して王様改心。
太宰。
これで内容全部よね?」
「まぁ言ってしまうとそうです」
「今の3行多分3秒で読めたと思うから、
走れメロスを読むのに必要な本当の時間は3秒よ」
「速読ってそういうことなんですか!?」
「そういうことよ。
速読は文章を適当に読んで、
重要なファクターだけ理解する技能。
文章を速く読む技能ではないし、
細かい文章表現の美しさなどは拾わない。
ただ機械的に知識だけ入れる技。
どんな名文もただの情報に変える、
映画倍速再生以下の愚行。
これが速読の本質よ」
「確かに私、速読を勘違いしていました……!」
「時代はネット社会で、今じゃ太宰もテキスト化されてるから、
AIに読み上げてもらうことで作業中に開いてる耳から
情報を入れるって技が使えるようになったんだけどね。
それでも未だに人類知の多くは紙媒体に記録されてる。
日本の図書館は世界的に見ても高水準だしね。
私大学時代、図書館の隣のウィークリーマンションに住んで、
その図書館の蔵書全部読んだら別の図書館の隣の
ウィークリーマンションに引っ越すってのを6回繰り返した」
「凄いのか狂人なのかわからない。
でも知識だけ得るのが目的なんだから
それでいい……のかな?」
「もしもこれが風情がないと思うならそれは真実ね。
私が最悪の読み方をしていて、
小説家につばを吐いてると思うでも、真実。
でも私が読書をしていると思ったら間違いよ。
私は速読をしている。
それを分けて考えて頂戴」
「そうですね。そこを混ぜると問題が起きますね。
あくまで知識だけを高速で得るための手段なんですね」
「当然、私も太宰の文章の良さはわかるわ。
だって太宰の日本語表現や句読点の打ち方について
解説した本を速読したから」
「なにもわかってない!!」
「というのは半分冗談で、普通に文章を読むことも当然できるわ。
太宰とか富野読む時は普通に読むわよ。福井は速読するけど」
「この1st原理主義者が!」
「ちなみに私がそうやって本を読む速度、
あなたより遅いわ」
「フェラーリで下町の路地裏走ってるみてぇです」
「私は中川さんじゃないのよ」
「さて講義に戻るけど。
元の太宰の文章は692文字。
速読変換は266文字。
これって単純に言って、
38%の時間で読めるわよね」
「まぁそういう計算になりますね。
でもお姉様、最初の文章を変換するために
バックスペースキーを押すのに
5分くらいかかってましたよね?」
「そうね。だからこれは実際には行わない作業。
概念を説明するための変換で
実際には行ってないわ」
「ですよね。つまり、読んでるのは692文字ですけど、
お姉様はその中の266文字しか認識していない、と?」
「そういうこと」
「なるほど」
「ここで重要になるのが2つの視点誘導技術よ。
この画像を見て頂戴。
日本の小説らしく縦書きにしてみた
走れメロスの冒頭よ」
「これを読む時、普通なら目はこう動くはず。
赤い細い線が目の動きのイメージよ」
「そうですね。
上から下に追いかけて、
下まで言ったら上に戻る。
それを繰り返したらこうなります」
「一方で私の目はこう動く」
「は? ていうか線太っ!」
「いいところに気付いたわね。
この線の太さが速読のコツよ。
ようは文章の文字として『読む』のではなく、
文字の配置で『見る』の。
5行分くらい一気に見てくわ」
「これは……練習が必要そうですね」
「そうね」
「だって例えばですけど、私が
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
って読んでる時にお姉様は
激怒した必ずければならぬと決わからぬメロス吹き羊と遊んでに対しては人一未明メロスは村を十里はなれた此こたメロスには父十六の内気な村の或る律気なて迎える事になっのであるメロスやら祝宴の御馳走
と読んでるんですもんね」
「まぁそういうことになるわね」
「なるほどわかりました。
つまり速読技能は、視点を広げて文章を『見る』手法と、
こうして『見た』文章を脳内で『再構築』する手法から成り立つんですね」
「あなたのそういう賢いところ、ほんと好きよ。
キスしてあげましょうか?」
「それはとてもうれしいんですけど、
今ちょっと性的なあれよりも知識を覚える方の
エクスタシーでいっぱいなので大丈夫です」
「それは失礼をしたわね。
気持ちいい絶頂の邪魔をするのはよくないわ。
続けましょう」
「それで、もう1つの視点誘導技術というのは?」
「これは単純ね。文字の中で重要度の高い文字だけを抜き出すの。
改めてこれが走れメロスの冒頭」
「この文章から重要度の高い文字を赤で塗れと言われたら、
あなたはおそらくこう塗る」
「まぁそうですね。太宰の文字なんて全部重要に決まってます」
「しかし速読中の私はこう塗る」
「なるほど。漢字の方が1文字の情報量が多い。
そもそも漢文は全部漢字ですけど、
なんとなく意味はわかります。
漢字だけ注目してれば……あれ?
なんかたまにひらがなにも色がついてますね」
「いいとこに気付いたわね。
漢字のすぐ後に来るナ行ラ行カ行サ行のひらがなにだけ注目するの」
「何故50音の中でそこだけ……?」
「ナ行変格活用とか覚えてる?」
「久しぶりに聞きましたね!
『なる』と『ならない』と『なれ』とか!」
「それラ行変格活用だけどまぁいいわ。
ともあれこれで、それが否定的か肯定的か、
ある程度のニュアンスがつかめるのよ」
「ほえー、なるほどなー」
「ちなみに慣れてくると漢字にも重要度があることに気付いて
重要度の低い漢字を無視できるようになるわ」
「脳の効率化って面白いなぁ」
「でしょ? 外付けのおもしろデバイス買ったり、
専用のマクロ組んだりしなくてもこういうトレーニングで
作業効率って上げられるのよ」
「おもしろいなぁ」
「それじゃこの2つの読み方ならぬ『見方』の練習してみましょう」
「具体的にどうトレーニングするんですかね」
「手元の適当な活字本を手にとって」
「さりげなくおハゲ様の本を並べるのをやめてください」
「ちっ……じゃぁ羅生門でいいわ」
「芥川ですね」
「冒頭のページに指を挟んで。
私が開いてと言ったら3秒だけ見て閉じなさい。
そして、その3秒で見た文字を書き出しなさい」
「なるほど。合理的な練習法です。やってみましょう」
~~後輩ちゃんといっしょにトレーニング!
「どう?」
「今教わったのを意識してやってみたんですが
日 下人 羅生門 朱雀大路 男 柱 京都 地震
何故 仏像 盗人 気味悪 災い
って感じですね」
「はじめてなのに筋が良いわ。
まぁ羅生門は多分内容知ってるだろうから、
脳が重要度の高い情報を自動で選択してくれたんだろけど。
それでもこれで最初の3つの段落をなんとなく把握できるわね」
「ですね。すごい、私にも速読ができてます」
「この練習を続けると、
より多くの情報を認識できるようになり、
その後で情報の取捨選択ができるようになるわ」
「どれくらい練習すればいいですか?」
「集中力が維持できる時間だけやればいいわ。
1日10分くらいでいいと思う。
重要なのは続けることよ」
「それはビリー軍曹のキャンプ続けてる私はよくわかります。
じゃぁ、どれくらいで速読をマスターできますか?」
「当然だけど個人差はあるわ。
9歳当時の私は3ヶ月くらいだったかしら。
一方で半年や1年かけてもできない人はできない。
ただその場合、その人の能力がないんじゃなくて、
途中で練習方法を間違えて認識してたりのパターンが多いから
隣で私が見てるあなたなら大丈夫よ」
「ありがとうございます!」
「ただね、ここまで言っておいて残念なお知らせなんだけど」
「え? 真面目な話に落ちはいらないですよ?」
「速読技能、もうTier1スキルじゃないかも」
「えーーーー!?」
「それがやっぱりここ数十年で
加速度的に進んだ電子化と、
この数年のAI技術の進歩なのよね。
一昔前なら知識を得るには本しかなかったんだけど、
今はWikiやCiNiiにテキストがあって、
しかもそれをAIに読んでもらえるのよ。
だから私、今もう昔ほど本を見ないのよね。
本は見る時代から聞く時代になったの」
「あー……」
「まだ十分Tier1.5はあるけどね。
メタは進んだけど、過去の最強カードは今も最強級よ。
それでもこの先さらに技術が進んだら、
Tier3までは落ちると思う。
そしてその時には私のうなじにUSBポートがついてるかもしれない」
「攻殻ですねぇ」
「私はたった半年でAI使って今の絵が描けるようになった。
もしもAIがない時代なら、同じ絵を描けるようになるまでに
私は少なくとも10年はペンタブを握り続けたと思う。
だから私は10年間ペンタブを握った人から
恨みを買うような絵を書いてると思う。
でもこれって、ただ私の運がたまたま良かっただけなのよね。
たまたま時代と私が絵を描きたいと思ったタイミングが
噛み合っただけなのよ」
「そうなりますね」
「あなたが半年をかけて速読技能を覚えるのは無駄じゃない。
そこからあなたが10年をかけて膨大な書籍の情報を
頭に入れることも無駄じゃない。
でも10年後の誰かが、うなじのUSBポートにケーブル繋いで、
あなたの10年を5秒で終わらせてても何もおかしくない。
私達は今、そういう時代に生きている。
それを踏まえた上で、あなたは後悔しない生き方を
選ばないといけないのよ」
「なるほどなぁ……
みなさんは今日のお姉様のお話を聞いてどう思いましたか?
みなさんの感想を是非コメントに残していってくださいね!」
「突然第3の次元の方向見てYouTuberみたいなこと言うのやめなさい」
「ちなみに次回はマルチタスクを教えるけど」
「あ、それもちゃんと教えてくれるんですね」
「マルチタスクは作業効率が落ちるからやめた方がいいわ」
「それよく言われるやつぅ!」
「でもマルチタスクは覚えて実践すべきなの。
そしてこのマルチタスク論とあわせてはじめて、
今日話した速読論の本当の意味がわかる。
そのあたりから話していくわ」
「次回も面白そうですね!」




