「私、マンスプレイニングって嫌いなのよ」
「私、マンスプレイニングって嫌いなのよ」
「え? 嘘でしょ?
だって私と鹿の国見に行った時、
おもいっきりマンスプレイニングしたじゃないですか」
「R-18版の方では鹿の世界って名前にしといたけどね。
なんか向こうは評価や視聴回数の伸びがいいから
ちょっとだけ版権とか意識して名前変えてるのよ。
ちなみに、バーバレロの元ネタばバーバレラよ。
ほんと凄いからアマプラでレンタルしてみてね」
「まぁそれはいいんですけど」
「マンスプレイニングの話ね」
「お姉様、もしかしてマンスプレイニングの意味を
勘違いされてませんか?
もしくは私の知らないSMプレイの用語でしたか?」
「マンスプレイニングとは、
美術館などの文化的施設において
主に男性から女性に対して
頼まれてもいないのに蘊蓄をひけらかし
俺は賢いぜアピールをする行為のことよ。
無意識についついやってしまう人が多いけど、
美術館鑑賞のマナーとしては最悪であるとされ、
カップルとして見た時もまず男性が嫌われる理由になるわね」
「よかった。
私の知ってるマンスプレイニングです。
でもお姉様はいつも私にそれやってますよ?」
「うん。私が嫌いなのはね、
マンスプレイニングをマンスプレイニングと呼んで
悪いことだとレッテルを踏む一般人。
マンスプレイニングを嫌う人が嫌いなの」
「うわぁ、いつに増して共感を得にくい話題ですよ。
一応話には付き合いますけど、どうしてそう思われるんです?」
「だって私、マンスプレイニングされたことない」
「まぁ、そうでしょうね。
お姉様にマンスプレイニングできる方ってもう
専門の研究家くらいなもんですよ」
「そもそもね、美術鑑賞の理想的なやり方って、何?」
「なんにも調べずふらっと美術館に行って、
一通りさらっと見た後で特に気になった絵の前に戻って、
なんとなくこれが好きだなぁって1時間くらいぼけーっと
眺めることだと思うんですけど」
「そうね。多くの知識人がそれを推奨してるわね。
でもね、実は絵画には3パターンあるのよ」
「ほほう」
「1つは誰が見ても凄いとわかる絵。
ゴッホやダヴィンチ、ピカソなど、世界的な巨匠の絵がそれね」
「ピカソはよくわかんないですね」
「ピカソもピカソでムラがあってね。
多くの人がイメージするピカソはここに該当しないわ。
でも箱根の彫刻の森美術館に複製が展示されてる
ゲルニカの圧はやばいわよ。あれはわからせられる。
ちなみにゴッホは損保美術館のひまわり。
ダヴィンチはルーヴル美術館で気軽に見れるわ」
「ルーヴルは気軽には行けねぇんですよ」
「2つ目は、何も知らなくても凄いんだけど
背景を理解すると凄いとわかる絵。
この筆頭は何と言ってもドガよね。
ピカソだと泣く女かしら」
「ドガってあのバレリーナの絵ですよね」
「そうそう。あれね、売春とNTRの絵だから」
「あぁ、後ろで見てるパトロンですよね。
あれはすっごいえっちです。興奮します」
「そうなのよ。何も知らないと『うまいなぁ』で終わるのに
当時のバレリーナの懐事情や
ドガの性癖を知ってると『うわぁ』ってなるのよ。
ピカソの泣く女も、あの女性がなんで泣いてるか知るとね。
他にも西洋画の題材のお約束になってる宗教系の絵は
日本人には縁遠い向こうの宗教の暗黙の了解が絡んでるから
そういうの知らないと超能力とか都市伝説とかに見えちゃうのよ」
「確かに、西洋美術を理解するのに宗教を学ぶのは
わりと必須だと聞いたことがありますね」
「で、3つ目は何も知らないと駄作なのに、
背景を理解すると震える絵ね。
たとえば……」
「ストップ! ストップ!」
「なによ」
「駄作って言っておいてあげちゃうのは
流石にその画家のファンに喧嘩売るのでやめましょう!」
「いいえ、やめないわ。
この筆頭が世界一有名な美大落ちこと
アドルフ・ヒトラーよ」
「うわー、この人別の方向からタブーを語り始めましたよ」
「ヒトラーの絵って凄いのよ。
当時のヒトラーの鬱屈した精神状態や
腹の奥底で醸造されてたどす黒い憎しみが見えるのよ。
正直あの絵を見ると、ヒトラーに共感しちゃう因子を持ってる人は
一瞬でナチズムに流れちゃうんだろうなぁってのがわかるのよ。
逆の意味ですごいのは明治天皇の絵」
「それは本気でまずいんじゃないですか!?」
「いやね、芸術の範囲だとほんと美大落ちレベルなんだけど、
あぁこの方は日本をこう見ていたんだなぁ、ってわかって
より陛下の素晴らしさに憧れちゃうのよ」
「あー、そういうのはありそうです」
「他にも有名な画家のスランプ期の駄作なんかもここね。
これはあなたに止められたから言わないわ」
「もう手遅れなんですよ」
「で、こう区分すると、
さっきの鑑賞方法で楽しめるのって
1番目だけなのよ。
あとは本当にその絵師と共感しちゃったパターン。
で、その共感が時として危険になるってのは
アドルフ・ヒトラーの例でわかるでしょ?」
「確かに」
「だからね、美術館の鑑賞は事前に数日単位で
その画家のことを勉強してから行くべきなの。
実際みんなその方が楽しいことはわかってるのよ。
だから山田五郎のYouTubeチャンネルが
登録者数72万もいるんでしょ」
「あのチャンネルは本当に面白いです」
「じゃぁどうしてあなたが最初に言ったような鑑賞方法が
理想とされるかわかる?」
「もう言いたいことがわかった気がします。
妥協を許してくれてるんですよね」
「そうよ。そんな頑張らないで気軽に見てもいいよなのよ。
そんなわけないのに」
「うわー……」
「結局それで美術館に行っても何も面白くないし、
これって結局LOSE-LOSEなのよ。
そんな欺瞞を言うくらいなら
バカは美術館に来るなくらい言いなさい」
「うわー……」
「となるとね、マンスプレイニングを嫌う人ってね、
本質的にただの怠け者で、
賢く生きることを拒否してるバカなのよ。
死んだ方がいいわ」
「で、でも、ほら、
流石に誰もがみんなお姉様みたいに
暇なわけじゃないんですから……」
「ならそもそも美術館になんか来なければいいのよ。
そこで美術館に行っちゃうのは、付き合いってやつでしょ?
それこそ無駄の極みよ。
仲良くなろうと興味のない美術館に行って
そこでマンスプレイニングされて、
その人も美術も嫌いになる。
もうね、ただのバカでしょ」
「まぁ……はい……」
「だから本来は、マンスプレイニングされたら
マンスプレイニングを返すのよ。
そこで流石わかってるじゃーんってなると
お互いが仲良しになれるし、
知らないことを言われたら
その場でより美術鑑賞が楽しくなる」
「でも中にはただ単に知識をひけらかしたいだけの人も
いるみたいなんですよ。
そんな人にマンスプレイニングにマンスプレイニングを返したら
向こうをイラッとさせちゃいますよ」
「そういうクズは普通に死ねばいいわ」
「それは心底同意しますね」
「ただね、マンスプレイニングに面白い付き合い方をしてる人もいるのよ。
それが浜崎あゆみのSexy little thingsね。
これね、歌詞読んでもらえるとわかるんだけど、SMの歌よ」
「椎名林檎と勘違いしてませんか?
って言おうとしたんですが、なるほど。確かに」
「ね? SがMを支配しているかに見えて
実はMがSを支配してる歌でしょ?」
「もうそうとしか思えないですね」
「ちなみにこの歌詞は最後のフレーズがやばいわね」
「オンナ心とナントカの空」
「ナントカって何よ、秋でしょ、って考えたら終わりなのよ」
「えぐいですよねぇこれ」
「で、これがマンスプレイニングへの最高のカウンターでもあるのよ」
「これはすごいですね。
この方法だと死ねって言っちゃった
マンスプレイニングで優越感に浸りたいだけの人ともWIN-WINになれる」
「そうなのよ。しかもさっきの、
美術に興味のない人が人付き合いで美術館に行った時に
相手を楽しませつつ自分も別ベクトルで楽しめる。
しかももしかしたら美術館の中で
魂がポジティブに共鳴する絵と出会えるかもしれない。
これこそ弱者の処世術、と言いかけたけど、
これが出来るならもう弱者じゃないわ。
究極のジョーカーなのよ」
「そうなりたいものですねぇ」
「私には絶対できないし、そもそも思いつかない発想だわ。
こういう人が本当の意味で『賢い』人で、
私はこういう生き方ができないからバカで子供で社会不適合者なのよ」
「まぁ、はい。そうなんでしょうね」
「ちなみにあなたもあなたで理想形なのよ。
あなたは私のマンスプレイニングを流さずに、
普通に自分の知識にして楽しんでくれるでしょ?」
「鹿の国見に行った時がそうでしたね」
「あなたは自分が私よりバカだと思ってるはずだけど」
「せめてもう少し言い方考えてくれませんか?」
「でもバカであることを受け入れた上で
そこに卑屈な劣等感や私への苛立ちを覚えず、
己の糧にする力がある。
これができる弱者もある意味ジョーカーなのよ。
だから私はあなたに支配されてるの」
「うーん、そうなっちゃうんですねぇ」
「そう考えると、マンスプレイニングを嫌って
弱者同士で共感してるバカがいかにバカかという話よ。
知識を得てマンスプレイニングを返そうともせず、
マンスプレイニングを受け入れるふりをして相手を支配もできず、
受け入れて己の糧にすることもできない。
でも、実際問題そういうバカが多数派で、
マンスプレイニングは悪みたいな風潮ができてるから、
そういう悪のマンスプレイニングが嫌いなの」
「うーん……
最初は強者の哲学に聞こえたんですけど、
浜崎あゆみと私の話も織り交ぜられると
同意せざるをえなくなっちゃうんですよねぇ。
理論に隙がない。退路が全部潰されてるんです」
「で、そうなると私は100%勝てるんだけど、
実際これをバカにやるとどうなると思う?」
「うっせーバーカ! って言われて終わりです」
「そうなのよね。
ほんと、バカって言う方がバカって真実だわ」