TEST
透達が入隊して半年がたっていた。
施設はほとんど学校、特に中学校のカリキュラムに似ていて、違うところは体躯の代わりに訓練と部隊に必要な知識を学ぶ授業、それに戦術の授業があるだけだった。
「ねぇ透。この方程式はどう解けばいいの?」
透達は翌日にある試験に向けて一人を除いて勉強に励んでいる。その一人とは今茉衣に解き方を聞かれた透だ。
「ここは、まず、これを代入して……そう、それで、そこを展開すると出てくるよ。わかった?」
透は茉衣の顔と問題を交互に見ながら問題の解き方を解説していると茉衣の頭の上に『?』が三つくらい浮かびそうなくらいの顔をして、その後三十分に及んでわかりやすく説明をして、ようやくわかったのか、彼女はニッコリとほほ笑み満足そうな顔をする。
「ありがとう、透。透の説明がわかりやすいからすんなりわかったよ」
という茉衣なのだが、透はもっと早く理解してほしいなと思った。だけど、言うとまた面倒なことになるので言わないことにする。
そして、三時間の勉強のうち、ほとんどが透に解き方や説明をしていて、二十分程度しかできなかった。
「私たちはもう寝るけど透はどうする?」
美香が寝る準備をしながら透に聞く。
「ん? 俺は、もう少し勉強してから寝ることにするよ」
透は一人机に向かい勉強する。その姿を見た後姿が一瞬あの少年を思い出す。心の奥底に仕舞ったはずのあの忌まわしき記憶にある少年の姿が。
――あの子は今何してるんだろう・・・って何考えてるんだろ私、ねよ。
美香はその記憶を振りほどこうと首を数度振りそそくさとベッドの中に潜り込み眠りに入った。
部屋はページをめくる音とノートに書き込む音しか聞こえず、透は勉強に集中していった。気付くと時計の針は二時半を少し回ったところを指していたので、勉強するのをやめて、透は眠りに入った。
翌日
無事にテストを終えて四人は敷地内に唯一ある小さな丘(寮の近くにあるのを圭介が見つけ、四人のお気入りの場となっている)に昼食をとっていた。
「テストの手ごたえはどうだった?」
食堂から持ってきたお昼ごはんを頬張りつつ茉衣が聞く。
「俺はまずまずだな」
「私は、手ごたえはほとんどないから自信がないな」
「俺も、あまり勉強してないから自信がないよ」
圭介、美香、透の順で手ごたえの感想を言うと、
「そういう茉衣は、どうなのさ?」
美香が言うと、ギクッと身体がはね、
「わ、私? 私は……うん、まずまずだと思うよ。……きっと」
目が泳ぎながら明らかな作り笑いに最後の『きっと』がほとんど聞こえないくらいすごく小さな声で言ったので、
「お前、試験全然できなかったろう」
透が確信をつくように言うと、さらに茉衣はギクッと身体がはね、
「そ、そそそそそそんなことないよ」
明らかな動揺に三人は笑いをこらえていると、茉衣は顔を真っ赤にして昼食の弁当を一気に口の中に放り込んでいると、
「もし、点数悪かったらみっちり教え込んでやるかな」
透の言った言葉に茉衣はせき込むと、こらえていた笑いが吹き出す美香と圭介であった。もちろん透も冗談で言ったつもりなのでにやにやと笑っていた。
「さ~て、飯も食ったことだし、そろそろ部屋に戻ろうか」
圭介は空になった弁当箱を片づけながら言うと、三人は頷き、寮へ向かう。
「ゴメーン! 退いて~~~~!!」
三人が寮の中に入ろうとすると、勢いよく走ってくる少女に、
「へ?」
と透はトンチンカンな声を上げると同時にゴンという鈍い音と一緒に勢いよくぶつかった。
「イツツツツ」
透は頭を押さえながら言う。
「ごめんなさい。ちょっと急いでいたもので」
少女をすまなそうな顔をして言う。何度もぺこぺこと謝る。
「それはいいんだけど、退いてくれないかな?」
透は今、少女の下敷きになり、まさに馬乗り状態になっていたのだ。
「あっ、ごめんなさい」
と少女は頭を下げる。少女が美香の手を借り、透はヨッという声と一緒にハンドスプリングで立ち上がる。
「謝らなくていいよ。すぐにどかなかった俺も悪いんだし」
と少女の肩にポンッと手を乗せる。その時、少女の顔が赤くなったが誰も気付いていなかった。
「ねぇ、急いでいるんじゃなかったの?」
茉衣が言うと、ボーッと透を見ていた少女はハッと思いだしたかのように、
「あっ、そうでした。失礼します」
と頭を下げ少女は走って行ってしまった。
「そそっかしい子だったね」
美香は少女の後姿を見つめながら言うと、透は頷いて見せた。
「さてと、行こうか」
透達は中に入って行くのだった。
午後は明日の準備のため休みになっていた。
透達は部屋の中に入ると明日の準備をしていた。
「明日の実技の試験って何やるんだっけ?」
圭介は実技用のユニフォームをチェックしながら透に聞く。
「明日は、えーと確か、射撃と200mトライアルだよ」
200mトライアルとはライフルを持った状態でホフク前進を50mと、丸太で組まれたハードルを飛び越えたり潜ったりを交互に繰り返すのを100m、残りの50mは重装備(銃やそのほかに必要な装備)を持った状態で走るという、正規軍訓練向けを簡略した競争である。採点方法は持ち点を100の減点方式である。
「トライアルか~。苦手なんだよな。特にハードルが」
圭介が肩を落としていると美香が圭介に隣にやってきて、
「そんなに肩落とすと、そのうち腕が落ちるよ」
圭介をからかいだし、ケラケラと笑いだした。
それを無言のまま圭介は聞いていて腹が立ってきたのかだんだんと彼の顔が変わり始め、
「アー、蹴飛ばすぞ、ゴルァ」
半分ふざけた状態で圭介は立ち上がる。
「そうそう、こういうのが圭介じゃないと」
いまだ、ケラケラと笑いながら言う。どうやら美香なりに励ましだったようで透も美香につられ笑い出すと、
「あっ、透まで笑い出すと!! ……よし、脳内裁判の結果が出た!!」
いきなりの脳内裁判に、
「いきなり!?」
と美香、
「早すぎ」
いつの間にか透の後ろで隠れるような格好で言う茉衣。
「久々に出たか脳内なんたら……で、判決は?」
孤児院のときはよく聞いたフレーズがまさかここにきて聞けるとは思わなかったので透は苦笑いを浮かべている。脳内裁判なのだが死刑いがいに聞いたことがない。
「茉衣ちゃん以外、速攻死刑」
そう言い終えるといきなり、圭介が透に襲いかかってきた。
透は右へ左へと避けながらドアの前に立ち、
「こんな程度か。落ちたものだな、圭介」
透は圭介に安い挑発をする。
「なにを~!!」
その挑発に簡単に乗ってしまう圭介は、透に掴みかかろうと襲いかかる。
それをひらりとかわすと同時にドアを開ける。
圭介は勢い余ってドアの向こう、つまり廊下に出て行ってしまった。それを見た透は二やりわらい、
「少し頭を冷やしてこいよ」
透は手を振りながらドアを閉め、鍵をかけた。
透達が圭介を放置してしばらくたったころ鍵を開けるとすぐに圭介が入ってきた。
「どう? 頭は冷えたか?」
圭介は頷いたのを見た透は、
「それは、よかった。それじゃ、夕飯でも食べに行きますか」
透はそう言うと、
「もうこんな時間なんだ」
美香は時を見ると、十八時を指していた。
そして、透達は食台に向かうのであった