整備長が整備を辞めるとき
1
通信システムから聞こえてくる降伏を促す敵兵の声。ラーズ軍曹の所属する組織“ファルファリア軍”は既に瓦解した。それはおそらく事実なのだろう。友軍の混乱を見ても解る。
不運なラーズ。ああ不運なラーズ。何故今、コクピットに居るのだろう?
ラーズ・ベリリュート軍曹。ラーズ本来の役割は──メカニックだ。人型兵器ハウンドの修理や改造などを主に担ってきた。
だが現在ラーズは前線で、コクピットシートに腰掛けている。しかも部隊と離れ一人きり。まるで地獄のような苦境である。
何故ラーズはこのような状況に? 時間は数日前に遡る。
2
軍法会議。軍人は数多の機密に触れ、情報を持っている。そのため裁判にはかけられない。軍法会議にて裁かれるのだ。
もっとも、ここは大国が用いる装飾の美しい部屋ではない。金属の壁に金属の机。床は無く固い地面そのままだ。
資源惑星ベルタ。ラーズが住む惑星の一般的名称だ。人類はベルタをテラフォーミング。自然あふれる星となっている。
だが正式な権限を有する管理政府は在る日崩壊した。反政府組織の一斉蜂起。そして新しい秩序が生まれた。ただし複数。それからベルタでは、終わりなき戦争が続いている。
ラーズが所属するのはファルファリア。ファルファリア商業主義国である。当然正規の国ではないので軍隊も真っ当な物ではない。それでも他の勢力よりマシだ。先日まで、ラーズも思っていた。だからこそ素直に出頭もした。
「ではこれよりラーズ・ベリリュート軍曹に対する疑義を査問する。この結果であらゆる人物が、刑に処される可能性がある。だが偽りは決して許されない。偽り事態が罪であるからだ。結果にはこのバスタス・ボーンガル少将が全ての責任を持つ」
勲章を無数に着けた人物。バスタス少将が皆へと告げた。
彼は四二才とまだ若い。だが軍服が様になっている。その眼光は鋭く、睨まれた者を圧するエネルギーがある。
「ではラーズ・ベリリュート。前に出ろ」
ラーズはその言葉に従って、部屋の中央証言台に立つ。緊張はしているが見せぬよう、険しい表情を保ったままで。
「よし。ラーズ軍曹。宣誓せよ」
「は! 宣誓──」
そして、言われたとおり宣誓する。
「私ラーズ・ベリリュート軍曹は誠実である事を誓います。問われた事には真実で答え、一切の虚飾すら用いません」
「よろしい。その宣誓を忘れるな。貴様への問答を開始する」
すると遂に査問が始まった。
「まず事件について聞かせて貰う。トランペット大尉機故障事件。貴様が知るそのあらましを述べよ」
ラーズは聞かれそして思い出す。査問を受ける事になった訳を。
3
五日前。前線に近い基地、ヴェスタン地上基地にラーズは居た。
ラーズは二十歳。若い軍人だ。だが、技術者として一流である。そのため基地の整備長となり、部下達に指示する立場にあった。
そのラーズが整備を担当する機体の一つ。カスタムのハウンド。ジル・トランペット大尉の機体だ。彼は名前の知れたエースである。その戦果に及ぶ者などはない。
そんな彼の機体を整備する。ラーズは誇りにすら思っていた。
「どうだラーズ? ハニーの調子は?」
「は。整備は完了してあります」
ラーズはジルに聞かれそう答えた。
ジルは金の髪をオールバックにビシッと決めた青年の軍人。髭も剃り清潔感にあふれる。兵士としては珍しいと言える。
「人工筋肉に損耗が在り新しいパーツに置換しました。右脚部と右上腕部の物。負荷がかかった事によるものかと」
「俺のクセだな。無理をさせすぎたか?」
「これくらいは整備の範疇です」
そのジルにラーズは説明をする。
これもメカニックとしての責務だ。
するとジルは彼の使うハウンド──その足下に歩いて手を当てた。
「ラーズ軍曹。整備に感謝する。ハニーは武器以上の物だからな」
「は。理解しているつもりでいます。全霊を傾ける覚悟です」
「おう。じゃ、まあ、ちょっくら行ってくる」
そしてジルはワイヤーに足をかけ、ハウンドのコクピットに滑り込む。慣れた動きで。さすがエースである。
ラーズは走って離れ、振り返り、出撃するジル機を見送った。
開いた格納庫の扉から、吹き込んだ風に身をさらしながら。
4
ラーズは証言台で正直に行った整備について話した。
そこに一切恥じる点は無い。ジル大尉にも告げたとおりである。
だが今査問が行われている。つまり問題が発生したのだ。
「以上が実行した整備です。これ以上でも以下でもありません」
「機体チェックは?」
「マニュアルのとおりに。全項目ダブルチェックしました」
ラーズは毅然と回答していた。それが今必要な事だからだ。
問題があると判断されれば最悪銃殺すら免れない。
「良いだろう軍曹。いったん戻れ」
こうしてラーズは証言台から元いた右側へと帰還した。
しかし問題はここからだ。出撃の後に事件は起こった。
「では調査官。事件の内容と、そして彼に対する疑義を述べよ」
「は。カーク・ノート調査官。まずは事件の概要を話します」
調査官は敬礼をした後に、ジルに起きた悲劇を話しだした。
5
撤退時に最後尾を務めるしんがりには危険がつきまとう。
セシルと呼ばれるジルのハウンドは飛び跳ねながら銃を撃っていた。青と白に塗られた人型機。運動能力は非常に高い。側宙なども駆使して敵方の射撃を回避しつつ反撃する。
もっともセシルだけなら空を飛び帰還することなどは容易である。問題は彼の背後を走る、歩兵や物資輸送のジープ達。森林内の獣道を行く、彼等を防衛するのが仕事だ。
その仕事は今果たされつつある。ジルの奮戦で敵は及び腰。このまま逃げられると期待した。まさにその時に問題は起きた。
「なに!?」
セシルが着地した瞬間、右方向にバランスを崩した。
目撃したのはジープの乗員。その先は木々に隠れて見えない。
「ジル大尉! 応答してください!」
「振り返るな! 全力で……!」
ジルは振り返るなと返答した。それが彼の最後の通信だ。
ジープは無事基地へと帰還した。そのために証言が残っている。しかしジルはMIA──つまり、作戦中行方不明となった。
6
これがラーズの問われている罪だ。
つまりは整備不良。ジルの機体、セシルが破損した原因である。
「ジル大尉はMIA。後に、大破した乗機は見つかりました。我々はそれを回収調査。大破した原因は被弾です」
「問題はそれ以前。歩兵が見た転倒にあると報告を読んだ」
「は。その通りであります、少将。資料二五ページにあるように複数名の証言があります。それによれば被弾の遙か前、着地時に問題が起きています」
真面目そうな調査官が言った。
ラーズにはその真偽はわからない。しかし証言があるのは確かだ。
と、そこで、今まで見守っていた弁護役ゴメス中尉が動く。
「少将。発言を許可願います」
「許可する」
「ありがとうございます」
そして言い合いが始まった。
「故障の証拠は兵士の証言。確かにそれは間違いありません。しかし逆に言えばそれ以外無い。故障したのかすらも不明です」
「機体の脚部は損傷していた」
「敵機による破壊のためだろう」
「その判別は容易ならざるもの。現在も分析が進んでいる」
弁護役と調査官の駆け引き。
それは平行線を辿って行く。
「交換された人工筋肉の製造過程も全てチェックした。ラーズ軍曹のミスを除いては全可能性は排除されている」
「製造工程に完璧は無い。どんなパーツにもエラー品はある」
「それは軍に対する侮辱である!」
「いいや。単なる事実に過ぎない」
製造工程。そしてパイロット。
「そもそも、最も単純な理由。操縦ミスを除外する理由は?」
「ジル大尉はエースだ。庶民にすらその実力は認知されている」
「何事にもエラーはあると言った」
「だが事実彼はパーフェクトだった。過去の戦闘記録からもわかる……!」
二人の言い合いから分かる事は決定打の決定的不足だ。
軍曹のミスを否定は出来ない。しかし決定付ける根拠も無い。
「そこまでだ。二人共着席を」
だが少将は二人に言い放つ。静かに。それでいて、ハッキリと。
裁定は下さなければならない。それが彼の責務だ。例外なく。
「一度休廷して結論を出す。それまで暫しここで待つように」
ここは即席の軍。どう転ぶか、それは決める側にしか分からない。
ラーズに出来るのは待つことだけだ。どう藻掻いても結果は変わらない。
去る少将の姿を眺めつつラーズは昔のことを思い出す。
昔はしがらみなど無かったと。自由で、そして──貧しかったと。
7
ガラクタの山の中。汚れながら、利用できそうなパーツを探す。
幼少期のラーズは孤児であり、毎日こんなことをやっていた。ジャンクパーツを探し、組み立てて、使えそうな機械を作り出す。体に纏う油の匂いなど気にすることすらなく延々とだ。
いつからだろう? それも分からない。家族など一人も居たことはない。ただ機会を生み出し、利用して、或いは売って日銭を稼ぐ日々。
だが同じ境遇の者に比べ、ラーズはこの仕事に向いていた。
そんなラーズはやがて目にとまる。管理政府の役人のその目に。
資源惑星ベルタはこの当時、管理政府に支配されていた。その役人が在る日唐突に、ラーズの元に来て告げたのである。
「ここから抜け出すチャンスをやろう」──と。
その手を取ったラーズの人生は彼の言葉通りに転換した。
綺麗な服。満足のいく食事。そしてメカニックとしての教育。しがらみは増えたがその生活は、それまでより遥かに楽になった。
それに機械に触れることも出来る。より精密でハイテクな機械に。
だがその道の果てに今がある。最高の機械とは兵器である。
ラーズはクーデター後、ファルファリア軍のメカニックへと採用された。徴兵されたと言い替えても良い。拒否権など存在しなかった。
無論、それでも少年時代よりマシな環境なのは間違いない。ジャンク拾いは有毒物質に触れる機会が非常に多いのだ。寿命は縮む。最悪の場合は、既にこの世には居なかっただろう。
しかし結局は軍法会議だ。人生、ままならない物である。
8
少将が出て行った一時間後。彼は軍法会議へと戻った。
その表情は硬く、ラーズには──感情を読み取ることは出来ない。
しかし読み取る必要性も無い。直ぐに彼から聞かされるのだから。
「待たせて済まなかった。ではこれより、本法廷の判決を下す。被疑者ラーズ軍曹は前に出よ」
定位置、通常の裁判ならば判事の位置に少将は戻った。
そして命じる。判決が出るのだ。ラーズは静かにそれにしたがった。
「よろしい。静粛を保つように。判決。被疑者ラーズ・ベリリュート軍曹を……無罪とする」
バスタス少将は静かに告げた。
ラーズは聞いて胸をなで下ろす。その後に続く言葉も聞かずに。
「ただし被疑者への疑惑は残る。被疑者による整備を不安視する兵士達もそれなりに出るだろう。そこでラーズ・ベリリュート軍曹を配置転換しパイロットとする。彼にはパイロット適性もある。軍への変わらぬ貢献を望む」
無茶苦茶な話だ。しかし軍では上層部の決定こそ絶対。
しかもここは正規の軍ではない。ラーズに拒否など許されていない。
ファルファリア軍は兵士の不足に、慢性的に悩まされていた。その対処の意味もあったのだろう。上層部の考える事である。
ラーズは弁護役のゴメスへと、一瞬視線で感謝を伝えた。
「ラーズ軍曹。何か異議はあるか?」
「いいえ。軍の寛大なる処置に感謝し、そして力を尽くします」
そして心にも無い事を言った。
「素晴らしい。これにて本法廷は閉廷とする。全者退廷せよ」
斯くして、ラーズは整備長を辞め、ハウンドのパイロットとなった。
9
こうしてラーズは試作機に乗って出撃する事を強要された。
試作機と言えばサブカルによって強力なイメージがあるだろう。しかし事実はテスト不足であり、どんな不具合があるかも不明だ。スペックノートなど役に立たない。安定こそ兵器の肝なのにだ。
その上初出撃だというのにファルファリアは降伏したらしい。
試作ハウンド“ヴェイン”は活躍をする間もなく役目を終えていた。
装甲にはペイントすらも無い、金属そのままのカラーの機体。横長単眼のアイセンサーがハウンドの中では特徴的だ。ただし単眼に見える内部には複数のセンサーが並ぶのだが。
デザインは通常機よりも細く、武装はビームのライフルとソード。ソードは一般機の流用だが、ライフルも試作で不安が残る。
「とにかく、基地に帰還するしかない。欺瞞作戦の可能性も有る」
ラーズは言い訳するように言った。
幸い、まだ接敵はしていない。今なら帰還も可能と思えた。
もし敵前逃亡と見られれば銃殺刑になる恐れもあるが──オペレーターからの返答も無い。可能性に賭けるより他に無い。
と、ラーズは悠長に考えた。それはあまりにも悠長であった。
「ミサイル!?」
ヴェインに向けて飛んでくる小型ミサイル実に一六発。
ラーズはバルカンで叩き落とした。それはヴェインの頭部に着いている。
ハウンド頭部のバルカン砲の多くは迎撃用の兵器である。弾丸はスマート弾。羽根つきである程度対象に誘導する。そして炸裂。飛来するミサイル、ドローンを確実に破壊する。
事実ミサイルは全弾処理した。
すると、直後に声が響き渡る。
「ファルファリア軍は武装を解除し、我々ガビア軍に投降せよ」
「降伏を呼び掛けつつ攻撃か。一度脳味噌を医者に見て貰え!」
ラーズはそれを咄嗟に罵った。
だが相手に聞こえることは無い。相手とは三機のハウンドである。
ガビア軍量産機マクマドス。ツインアイの機体が計三機。ブロンズ色の機体色からして一般機であるのが救いである。
とは言え数は力だ。暴力だ。一対三は不利そのものである。
かつて第二次世界大戦時に活躍したドイツの重戦車。アメリカ軍はそれに対抗してシャーマン戦車を五両も用いた。いくら性能に違いがあっても数はそれを容易にカバーする。もしボクシングで三対一なら袋叩きになるのは明かだ。
その三機が木々をなぎ倒しつつ、ヴェインに向かいゆっくりと歩いた。
だがラーズに投降する気は無い。呼び掛け前に撃ってくる輩だ。武装解除した次の瞬間に蜂の巣にされる可能性も有る。
「悪いが犬死にするつもりはない!」
ラーズはヴェインを跳躍させつつライフルで敵の一機を墜とした。
油断があったか。単に実力か? 向かって左の機が爆発する。
ビームライフルは正常に作動。敵機ジェネレータを撃ち抜いたのだ。
だが残り二機は当然反応。ヴェインに向けライフルを撃ってくる。
「敗残兵が!」
ガビア軍兵士の怒りと共にビームが飛んでくる。
ラーズのヴェインはスラスタをふかし、空中で身を捻って回避する。
「試作機の割りに戦えるようだ!」
そしてさらに一機を撃墜する。再びビームライフルの射撃で。
敵機二機は接近を試みた。その動作の始めを捉えたのだ。
だが残った一機が接近する。
「ちっ。だったら、こいつをくれてやる!」
そこでヴェインはビーム剣を投げた。
小さな筒状の柄から、ビームの刀身が伸びる近接兵器だ。
エネルギーは手から供給される。だが離れても二秒は持つはずだ。
「くう!」
敵機は慌てていたらしい。
咄嗟にライフルでそれを払った。
しかしそれは愚かな行為である。ライフルはビームには耐えられない。
「武器で払いのける輩があるか!」
敵機のライフルはビームで溶けた。その瞬間、ヴェインは突撃する。
相手の頭上をすり抜けるように。そして直上からライフルを撃つ。
「しまっ……!」
敵機は頭から股までビームで貫かれて大破した。
一方ヴェインは着地する。空中で体勢を立て直して。
割と強引な着地であったが脚部に問題などは何も無い。
「元部下達に感謝しないとな」
この機体の最終的整備はラーズの元部下達が行った。
試作機であるヴェインが真っ当に動いているのは彼等のおかげだ。
その彼等の元へと辿り着く。例え困難なる帰路だとしても。
前線は既に崩壊している。敵は一気になだれ込むだろう。破竹の勢いと言われるものだ。その追跡を躱さねばならない。
唯一幸いだと言えるのは、敵機を三機墜としたことだろう。最低限、責務は果たしている。銃殺刑になる心配は無い。
「帰るぞ相棒。俺達の家に」
ラーズはジル大尉の真似をして、ハウンドのヴェインへと語りかけた。
そして基地に向かって飛び立たせる。カオスの空を裂いて戻る為に。
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