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第8話 準備

 創は、防災セットを引っ張り出した。

 

 旅に出るにあたり、必要なのは装備だ。

 普段であれば、必要となる装備をスマートフォンで検索して終わりだが、検索ができない現状であれば参考になるのは現物だ。

 防災セットは、食料が満足にない場所で生き延びるための必要最低限が入っており、今の創には大いに準備の参考になった。

 

 創の家には、防災セットが家族分。

 創は、そのうち一つをひっくり返し、中を確認した。

 水の入った二リットルのペットボトルが一本、乾パン一缶、魚の缶詰が二缶、防寒用ブランケットが一枚、懐中電灯が一本、軍手が一セット、簡易トイレとトイレットペーパーが一セット、救急セットが一つ。

 

「水と食料は必要そうだな。でも、持ち運ぶ必要はあるかな。コンビニにないかな?」

 

 通常の旅と違うのは、コンビニに自由に入れること。

 

 創が食料を手に取り、賞味期限を確認する。

 ミネラルウォーターは四年後。

 乾パンは四年後。

 缶詰は二年後。

 それぞれ、製造日から約一年が経っていた。

 

 コンビニにある水や缶詰も同様の賞味期限と考えれば、五年は食料に困らない計算だ。

 とはいえ、乾パンでは炭水化物しか取れないため、たんぱく質を取れる缶詰を必須とすると、三年が限度だろう。

 

「いや、コンビニにあっても、粒子化してたらもう食べられないかも。なら、粒子化してない水と缶詰は持ち歩いていた方がいいだろうな」

 

 人間は、食事をしなければ二週間から三週間で死んでしまう。

 水を飲まなければ、四日から五日で死んでしまう。

 飲食物の確保は、創にとって死活問題であり、慎重にもなる。

 

 創は、死を恐れてはいない。

 餓死して死ぬことさえ、歩いていたら躓いて転ぶ程度の感情で受け止められる。

 ただし、餓死をするまでの空腹感を受け入れられるかは別だ。

 目覚めた直後の飢餓感は、恐怖を通り越して本能を揺さぶる苦しみ以外の何物でもなく、創は二度と経験したくないと強く願っている。

 

 故に、創は考える。

 

「水は、最悪雨水を飲むか。川の水でも、大丈夫なはず。なら、コップもいくつかあった方がいいかな。食料は……草かキノコ? 本屋に行って、食べられる野草の図鑑もあれば持って行こうか」

 

 持っている知識を総動員して、必要な知識を掻き集めていく。

 無人島とは、また違うサバイバル。

 

 創は、人生で一番必死に勉強している自覚があった。

 勉強が嫌いで宿題を楽して終わらせることばかり考えていた人間と同一人物だとは、誰も思わないだろう。

 もちろん、創自身も。

 

 未来が無くなる前にやっておけばという後悔が創を襲うが、一瞬で切り替えた。

 今は変わらない。

 過去には戻らない。

 

 創は必要なものを紙に書いて、書店街を走り回る。

 コンビニ、スーパー、本屋。

 必要な物を手に入れては、商店街で見つけた一番大きなリュックの中に詰め込んでいく。

 大人の出張用であるらしく、デザインは無難な黒。

 決して創の好みのデザインではなかった。

 だが、誰にも見られない世界においては、デザインよりも実用性重視だ。

 

「よし、これでいいかな」

 

 着替えも含め、四泊五日用のリュックはパンパンに膨らんだ。

 とはいえ、大半が衣類やタオル。

 重量は、見た目ほどはなかった。

 

 着々と準備が整うに連れ、そうに旅が始まる自覚が芽生えてくる。

 前向きに旅を楽しむつもりではいたが、着々と創の寂しさは膨らんでいった。

 誰もいないとはいえ、ここは実家。

 実家を去るのは、いつだって悲しい物だ。

 

 天井を見上げて、創はしば感傷に浸る。

 

「あ、忘れてた」

 

 数分だけ感傷に浸ったところで、創は重要なことを思い出す。

 旅を始めるにあたり、最も重要なことだ。

 

 創は、コンビニから持ってきたパンを目の前に準備する。

 パンは既に粒子化を始めており、光の粒子がちらほらと飛んでいる。

 

 創は、パンの粒子化している部分をちぎり、一口で飲み込んだ。

 

 最も重要なこととは、粒子化中の物を食べたらどうなるか、だ。

 

 日本には、コンビニが溢れている。

 日本には、食料が溢れている。

 いうなれば、旅の途中にあるオアシスだらけの国だ。

 

 だが、このまま粒子化が進んでいけば、粒子化している食べ物しかない場所にも出くわすことだろう。

 その時、粒子化する食べ物を食べていいのか悪いのか、わからない。

 食べたら、自身も粒子化が始まり消滅するのではないか、わからない。

 

 このわからないは、創の行動を決めるための大きな問題だ。

 

 そのため創は、旅の前に答えを出すことにした。

 旅に出れば、やむを得ず食べる時が来るだろうという前提で、旅先で食べて死ぬくらいなら慣れ親しんだ自宅で死んでおこうと考えた。

 

 飲み込んでからずっと、創は時計を見つめる。

 秒針がせわしなく動き、長針が時々動く。

 コチリコチリと時が刻まれるなか、創は鏡で全身を確認する。

 

 光の粒子は出ていない。

 穴は開いていない。

 

「大丈夫、ってことかな」

 

 五分。

 

 幸か不幸か、創は粒子化をしなかった。

 粒子化している食べ物を食べても、粒子化しないことはある。

 そんな結論が導き出されたことで、粒子化する食料も食料と数えられることが一応の判明をした。

 創が旅で手に入る食糧が、拡大したことを意味していた。

 

「これで、よし」

 

 創は予備の食料を詰め込む用の袋を床に放り投げて、リュックサックに蓋する。

 粒子化を気にしなくていいならばと、創は食料を現地調達という方針に切り替え、荷物の重量を減らして体力を温存することを重視した。

 

 気づけば夕方を迎え、空の色が赤く染まっていく。

 

「……出発は、明日するか」

 

 実家で過ごす最後の夜。

 創はリュックサックをポンと叩き、残りの時間は実家を目に焼き付けることに終始した。

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