第4話 学校
下駄箱に辿り着いた創は、自分の場所の前に立つ。
創が上履きを置いていた場所は空っぽで、創は最終通学日に上履きを自宅へ持って帰ったことを思い出した。
最後くらい、自分の物は自分の家で過ごさせようという、創なりの想い。
他の生徒に割り当てられた下駄箱には、放置されている上履きもあった。
足のサイズさえ合えば履いても差し支えないだろうが、創は他人の上履きを履くことに多少の抵抗感を感じていた。
土足で入っても怒る教師はいないだろうが、創に土足で学校にあがる常識はなかった。
ならば靴を脱いで靴下のままあがろうかとも考えたが、それにも抵抗があった。
人類滅亡から三日。
学校が使われなくなってから一週間も経っていないため、学校の床は埃もほとんどなく、綺麗なままだ。
抵抗を感じるのは、創の長年の習慣故だろう。
創が辺りを見渡してみれば、来客用のスリッパが目に入る。
暗い青色には、白文字で創の通っていた高校の名前が印字されていた。
創は履いてきた靴を自身の下駄箱へ入れ、とってきたスリッパに履き替えた。
ペタンペタン。
ツルツルの床を歩けば、スリッパが床を叩く音が校内に響く。
上履きで歩く音とは違うため、授業中であっても生徒たちは外来の訪問に気がついたものだ。
創は廊下を歩いて、三年生の教室が並ぶ一階を素通りし、二階へと向かう。
ペタンペタン。
スリッパの音が階段の角に当たって、乱反射する。
踊り場を通ってさらに上。
創の学年である二年生の教室が並ぶ二階へと到着した。
ペタンペタン。
二年五組、二年四組の教室の前を通過する。
創が窓から教室内を覗けば、どちらの教室も、椅子と机が並んだままだ。
やんちゃな生徒が多かった二年五組には、机と机を積み上げた謎のタワーまでできていた。
黒板には別れの言葉とイラストが敷き詰められており、やんちゃな生徒なりのお別れの挨拶だと創はすぐに分かった。
対照的に、大人しい生徒が多かった二年四組は、椅子も机も所定の位置に寸分の狂いもなく置かれていた。
高校のパンフレットに乗っても恥ずかしくない教室の姿もまた、大人しい生徒なりのお別れの挨拶だ。
創は、自身の教室である二年三組の扉を開ける。
開いた扉からはむわっとした熱気が漂い、創は顔をしかめた。
三日とは言え、扉も窓も締め切られた教室だ。
春の陽気が教室を温めて、熱気が充満するのもうなづける。
創は廊下側の窓と扉を全開にし、教室に入って外側の窓も全開にした。
三日ぶりの風が教室内を掃除し、籠った空気を一掃する。
ふわりと舞った埃は、日光に当たってキラキラと輝き、光の粒子と並んで教室を飾り付けた。
「やれやれ」
二年三組の教室は、今にも授業ができそうな状態で残っていた。
まるでゴールデンウィークに入る前日。
しばらく学校に来ないから必要な荷物は持ち帰り、しかしゴールデンウィークが終わればすぐに授業が開始できる程度にしか片付けられていない。
二度と登校することはないと知りつつも、いつでも登校できる場所を残したのが、二年三組流のお別れの挨拶だ。
内心では無意味だと皆が知っていたが、懐かしい教室の雰囲気は、結果的に今の創の心を救っていた。
創は二年三組の自分の席まで歩き、着席した。
丁度、教室のど真ん中。
教師が立つ教壇と黒板が程よく見えて、隠れて他の科目の宿題をすることができる位置。
創は、ナップサックを机の横へかけ、机の中に手を入れた。
いつもならば教科書やノートが入っている場所だが、現在は当然なく、冷たい金属の感触が掌に伝わった。
机の中から手を抜き、机の上に寝そべった。
木の冷たさが、創の顔を冷やす。
木の温もりが、創の上半身を温める。
仄かな木の香りが、創に学校の光景を思い出させる。
――おはよう。
挨拶をしながら入って来る同級生の記憶が呼び起こされる。
創は頭を上げて教室を見渡したが、誰も入ってくる気配はない。
校内に、足音も声も聞こえない。
「誰も、いないか」
創は、ほんの少しだけ期待していた。
自分以外の誰かも安眠薬から目を覚まして、他に目覚めた人間を求めて登校する未来を。
しかし、学校の静寂が、誰もいないことを逆に教えてくれた。
創は席から立ち上がり、教室の外に出る。
廊下を歩き、階段を上る。
二階から三階へ。
三階から屋上へ。
屋上への扉は通常施錠されてはいるが、校門と同様に屋上へ続く鍵も、粒子化して壊れていた。
創が鍵のない扉を開くと、外の空気が後者に流れ込んで来た。
簡易な柵で囲まれた、光の粒子に包まれた開放的な空間。
創が屋上に立ったのは、入学以降初めてだ。
創は開放感にしばし浸り、柵へと近づいた。
屋上からは、町全体が見渡せる。
自宅よりも、二年三組の教室よりも、遠くまで見渡せる。
「綺麗だなあ」
町は、光に包まれていた。
降ってくる雪が逆再生されるように、町のいたるところから光の粒子が現れて、天へと上っている。
CGでも使わなければ実現できないだろう光景が、創の目の前で起きていた。
創は、思わず感動で息を漏らした。
同時に、一つの絶望も生まれた。
動いている自動車はない。
歩いている人間はいない。
飛んでいる鳥はいない。
屋上から町全体を見渡して分かったのは、本当に創以外の人間がいないという現実だ。
「本当に、目覚めたのはぼくだけなんだな」
創は、屋上の柵をギュッと握りしめた。




