第3話 通学路
創は、穴だらけのアスファルト道路を進んでいく。
自動車一台分しか幅のない道路の周りには、木々の生えた庭を持つ一軒家と駐車スペースしかない一軒家が、ずらりと並んでいる。
創にとっては、見慣れた光景だ。
歩道がないため、幼い頃の創は自動車が通るのを怯えていたものだ。
英の前の道を少し歩けば、Tの字の交差点と直前に立つ止まれの看板に辿り着く。
左右に横切る道路は片側一車線の道路であり、歩道も完備。
創の家の前よりは、はるかに歩行者と自動車にとって安全だ。
創は、止まれの看板を少し過ぎたところで、いつもの癖で立ち止まる。
この交差点は見晴らしが悪く、自転車も多く走っているため、曲がる前には一度立ち止まるのが近所では常識だ。
交差点を右折すれば、最寄りの駅に辿り着く。
市の外から通学する生徒たちは、最寄駅で電車から降りて歩くため、ちょうどこの交差点で創と合流する。
最寄り駅周辺には、公園も複合商業施設もゲームセンターもあるため、創が好んだのは右折の道だ。
逆に交差点を左折すれば、学校に辿り着く。
学校までの道には、住居と昔ながらの個人店しかない。
それも個人店は、買い物客よりも店主と雑談している客の方が多いほど、閑古鳥が鳴いている。
チェーン店やお洒落な飲食店は、すべて駅前に吸い取られた。
創は習慣に従って左右を確認し、左折して歩き始めた。
学校へと行くためだけの、いつも機械的に進んでいた道。
今の創には、いつも以上にクリアに見えた。
「こんなところに、アパート建ってたんだ」
創が久しぶりに見た通学路は、最後に記憶した景色から僅かに変わっていて、創の心に一抹の寂しさを覚えさせた。
いかに自分は、周囲を見ていなかったのだろう。
改めて気づかされたことで、創の歩く速度が必然的に落ちていく。
「ここ、昔は犬がいたんだっけ」
「この家の庭で、子供たちが走り回ってたなあ」
「ここ、よく車が止まってたんだよな。一車線だから、渋滞になってたりしてね」
創は、一軒一軒を見ながら、思い出に浸っていく。
今まで脳内で補完して見ていた景色の記憶を、現実の景色にアップデートしていく。
「ここは……なんだっけ」
記憶を整理しながら、一歩一歩歩いていく。
幸い、創を邪魔する者はいなかった。
車道を走る自動車はなく、騒音がない。
歩道を歩く人間はおらず、雑音もない。
「そういえば、虫もいないな」
民家の庭に咲く花の周りを飛ぶ、蝶も蜂もいない。
自分以外の人間の気配が感じられない、巨大な美術館と化した町。
サンサンと輝く太陽の下、いつもならニ十分かかる通学路を、創はたっぷり四十分かけて歩き切った。
時刻は、午前九時。
到着した学校は、創の記憶の通りに待っていた。
敷地内を囲む塀は部外者の侵入を拒むように立ち、唯一の出入り口である校門は、檻の様な門扉が閉まっていた。
いつもと違うのは、施錠がされていないことだ。
施錠に使われていた南京錠は、U字のシャックルが切れており門扉前の地面に落ちていた。
切れた面からは光の粒子がポコポコと浮かび出ており、創は粒子化によって南京錠が壊れたのだとすぐに理解した。
創は、地面にナップサックを置いて、施錠されていない門扉を掴んで動かしていく。
最初はびくともしなかったが、力を込め続けていると、ギギギと重い音を立て門扉が動いた。
創は腕に力を込めながら、脚を動かす。
体育の教師がやすやすと開閉をしていた光景を思い出せば、体育の教師への評価が今更改まった。
「ふう、もうこれでいいか」
門扉が動いた結果、校門には人間二人が並んで入れる程度のスペースが作られた。
生徒たちが普段通りの登校をするならばよほど狭いが、現時点で校門をくぐる予定があるのは創唯一人。
十分すぎる広さだ。
創は門扉を押すのをやめ、額に滲んだ汗を腕で拭う。
そして、地面に置いていたナップサックを再び背負い、校門をくぐって中へ入った。
創の通う高校は、校門から下駄箱まで石畳の通路が続き、通路の左右には木々を植えた空間が散見される。
春になれば桜の花が咲き、新入生の新たな一歩を迎え入れるのだ。
自転車置き場は校門のすぐ近くに置かれているため、石畳の上を自転車が通ることはまずない。
歩く生徒と教師だけの独擅場だ。
創は、石畳の通路を歩いていく。
足に感じるゴツゴツとした感触は、通学していた頃と同じ。
通路の左右の桜は満開でこそなかったが、開花した状態で創を迎え入れた。
「わあ」
桜の周りにも当然光の粒子は待っており、ピンクの花びらを黄色い光が幻想的に包んでいた。
まるで桜と雪が一緒にあるような、神秘的な光景を演出していた。
創は思わず立ち止まり、じっと桜を見つめた。
「綺麗だな」
そう一言だけ呟いて、数秒後には下駄箱に向かって歩き始めた。




