第2話 家の外
「両親のスマホも駄目か」
自身のスマートフォンとモバイルバッテリーが使い物にならないと判断した創は、諦めて両親のスマートフォンを手に取る。
が、創の両親は「ガラケーで十分だった」と言い張る人間だ。
両親のスマートフォンの電源は当たり前に落ちており、モバイルバッテリーに至っては持ってすらいなかった。
テレビはつかない。
パソコンもつかない。
学校から配られたタブレットもつかない。
今まで当たり前にアクセスできていたデジタルという世界に触れられない事実に直面し、創は電源の落ちた自身のスマホを凝視する。
「どうしようかな」
今までの創であれば、手持無沙汰になった空っぽの思考を埋めるため、SNSかソーシャルゲームを開き、ごちゃごちゃとした情報を詰め込んで気を紛らわせていたことだろう。
が、完全に自分以外の情報と隔離された今、創の思考回路は自分の内面に向いた。
内面を覗けば、疑問のひとつも浮かんでくるものだ。
「なんで、ぼくは目を覚ましてしまったんだろう」
浮かんできたのは、安眠薬を飲んだのに創が目を覚ましたことへの疑問だ。
創が単純に思いついた理由は、二つだった。
一つ目は、安眠薬自体に永眠の効果がない可能性。
安眠薬には人間を数日間眠らせる効果しかなく、政府の想定としては数日間の間に人類を全員粒子化させる想定だった。
しかし、スマートフォンのアラームが鳴るというトラブルで、粒子化するより早く創が目を覚ましてしまった。
二つ目は、一定数安眠薬の効果が薄い人間がいる可能性。
薬の効果は、人によって様々だ。
痛み止めを飲んで、すぐに痛みが治まる人もいれば、ずきずきと鈍い痛みが続く人もいる。
体質、生活習慣、そして薬の飲み合わせ。
何らかの理由で、創に安眠薬の効果が想定通り発揮されず、起きてしまった。
「そういえば。ぼく、麻酔が効きにくい体質だっけ」
創は、過去に手術を受けたときのことを思い出した。
小学生の頃、校庭の遊具を使って遊んでいた時の、うっかり足を踏み外して遊具から落下した。
腕が変な方向に曲がり、すぐさま先生と両親が駆けつけて、創は生まれて初めて救急車に乗った。
そのまま手術室に送り込まれ、医者に麻酔をしますと言われた後、創は意識を落とした。
しばらくして目を覚ました創は、慌てふためく医者たちを見ていた。
後から聞けば、手術が終わっていない段階での、早すぎる目覚めとのことだった。
両親が粒子となって消え、自身だけが目覚めた理由に一応の納得をした創は、ラックに放置していた腕時計を腕に付けた。
時間がわかるだけでも、創の安心感は少し増した。
試験会場に時計が置かれず、スマートフォンを見ることも許されない資格試験のためだけに買った腕時計だったが、スマートフォンが使えない現状では心強い味方だ。
家の外でも時間が分かり、ソーラー充電システムを採用しているため充電も不要。
しいて言えば、電波によって時刻を自動修正する基地局が機能していない場合、腕時計の時刻がずれていく可能性はある。
「学校、行ってみようかな」
時間を手にしてひと段落。
なんてことは当然なく、創の思考は未だ完全にまとまってはいなかった。
何をすべきか、何をしたいかが曖昧で、明確な目的も存在しなかった。
そんな朧げな感情は、創を日常へと突き動かした。
非日常からの逃避。
そして、もしかしたら自分と同じく目を覚ました人間がいるのではないかという期待。
人類滅亡が発表されてからも、学校という施設は健在だった。
発表後、生徒も教師も、通学する人間はめっきり減りはした。
通学を続けたのは、ざっと三割といったところだ。
しかし、日常を継続して過ごすことを決めた三割の生徒たちは、授業、宿題、テストと、未来がないまま未来に向けた勉強を続けた。
むしろ、人類滅亡前だからこそ、滅亡と無関係な勉強をしていたかった側面がある。
また、勉強を続ける生徒同士の仲間意識で、通学していた生徒たちの仲はより深まったのは小さな救いだ。
学校には、創の青春も残っている。
創はスクールバッグを手に取るが、粒子化が発生しているスクールバッグに荷物を預けることに心もとなさを感じ、床へと置いた。
代わりに、腕時計と同様、ラックに放置していたナップサックを手に取った。
小学校の家庭科の時間で自作したもので、デザインが子供っぽいため今では使っていないが、実用戦という点で不足はない。
メインポケットしかなくとも、荷物が少ないので問題はない。
なにより、粒子化が始まっていないのは大きかった。
創は部屋中を漁ってまわり、必要なものをナップサックに詰め込んでいく。
財布。
筆箱。
新品のノート。
スマートフォンの充電ケーブル。
両親のモバイルバッテリー。
どれもこれも必要ない可能性は高いが、万が一の時に備えた物だ。
「よし」
創は、ナップサックを背負って立つ。
窓の鍵を確認し、カーテンを閉める。
人類滅亡後の世界においては戸締りなど不要ではあるが、体に染みついた習慣は止まらない。
家中を歩き回って窓の鍵を確認し、玄関へと向かう。
「行ってきます」
誰もいない家の中へ一声発し、創は玄関の扉を開けた。
「わあ」
家の外もまた、光の粒子に満ちていた。
道路から、家の壁から、電柱から。
光の粒子が剥がれ落ちては、空へと上っていく様子が見られた。
空には、青空の上に光の粒子が乗っかって、まるで朝の空に星空が遊びに来たように幻想的だ。
三百六十度見渡して見える建物は、現代社会のそればかり。
しかし、光の粒子が異世界にも見える非日常を演出していた。
人気のない町。
いつもは聞こえてくる自動車の音も、今日は聞こえない。
いつもは聞こえてくる猫や雀の鳴き声も、今日は聞こえない。
風が揺らす木々の音と、カランカランと転がる空き缶の音だけが、世界に取り残されていた。
「よい。行こう」
玄関の扉を閉めて、鍵を閉める。
ナップサックを背負い直して、創は学校へ向かって歩き始めた。
世界に、足音という新しい音が響いた。




