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第13話 人生

「痛っ」

 

 小さな痛みで、創は目を覚ました。

 時間を確認するより先に痛みの原因に目を向けると、手の甲に小さな穴が開いていた。

 穴からは光が一粒飛び出して、空へ空へと上っていく。

 

「まあ、そんな上手い話はないか」

 

 旅を初めて二日目。

 粒子化は訪れた。

 

 注射を打たれたちくりとした感触が、肌を刺す。

 残されるのは、皮膚に開いた小さな穴だ。

 

 大人が消えた。

 建物が消えた。

 そんな事実を見つめながら、何故自分がいつまでも消えないと思ったのか。

 人間は無意識に、自分の死を考えない。

 

「……急ごう。まだ、何もわかってない」

 

 創は、頭の中に作っていた予定表を急いで書き直す。

 

 知りたいことはいくつもあった。

 粒子化とは、一体何なのか。

 自分は、何故粒子化が始まっていないのか。

 

 見たいことはいくつもあった。

 まだ見ていない観光地。

 粒子化の果てに作り出される世界。

 

 いつか死んだとき、もしもあの世があるならば、先に逝った者たちと語り合うための土産物。

 ゆっくり集めるつもりだったが、現実はいつだって都合よく進んではくれない。

 

 寝汗を洗い流す時間も惜しみ、リュックを背負って創は外へ出る。

 天気は快晴。

 体力を失うことを考えれば曇天が望ましいが、雨でないだけましだ。

 創は、浅草の町を発つ。

 

 長く続いた線路を目印に東京駅を目指す予定だったが、浅草を走るのは地下鉄の線路。

 地上からでは視認できない。

 地上を走る環状線を目指し、いったん西へ、上野へと向かう。

 大都市の主要駅は、車道の看板に方角と距離が示されている。

 迷うことはない。

 

 穴ぼこだらけの階段を見ながら、車の走らない道路の真ん中を歩く。

 事実上の歩行者天国。

 

 上野駅に着いてからは、地上の線路に沿って南下する。

 秋葉原の電気街を通り、神田の歴史ある建物の間を通過し、南へ南へ。

 

「着いた」

 

 東京都の心臓部。

 千代田区丸の内一丁目に立ち、巨大な建物。

 東京駅の丸の内駅舎。

 辰野式ルネッサンスと呼ばれる純西洋的なデザインの駅舎である。

 赤いレンガと白い大理石によって彩られたストライプ模様は、古さと新しさを創に感じさせた。

 

「初めて見たの、いつだっけ」

 

 遠足の時だったか修学旅行の時だったか、などと考えながら、創は東京駅を見納める。

 

 

 

 創が最後に目指す場所は決まっていた。

 東京駅よりさらに西。

 日本の交通網の中心が東京駅であるならば、向かうは日本の頭脳の中心。

 

 国会議事堂。

 そして、周囲に立ち並ぶ議員会館。

 日本の決定事項の最先端が集まる場所である。

 

 創は、最後に政府の知った世界の今を調べることにした。

 政策の決定がここでなされているならば、その根拠もあるはずだと踏んで。

 

 普段は入ることのできない場所も、粒子化によって扉が壊れている今ならば調べ放題。

 しいて不安要素があるとすれば、根拠を示した紙が粒子化を終えて消滅している可能性だろうか。

 

「ま、探してみようか」

 

 時間は、味方であり、敵だ。

 

 

 

 

 

 

『粒子化』

 

『人体および人工物を構成する原子を、無理やり分解する。その際、僅かな痛みが発生する』

 

『睡眠中は、粒子化の速度が加速する。何日で消滅するかは倫理的観点から実験をしていないが、粒子化開始時点で全人類が睡眠状態にあるため、検討は実施しないこととする』

 

『粒子化は、宇宙から飛来するウイルスに対しても効果を発揮する可能性がある。ただし、粒子化の範囲は宇宙空間に及ばず、地球に入ってからの粒子化となるため、人体への影響は避けられない』

 

 

 

『ウイルス』

 

『詳細不明』

 

 

 

『未来の地球』

 

『粒子化により人工物が一掃されるため、再び植物が繁殖する可能性が高い。生物については、粒子化により絶滅するため、しばらくは存在しないことが予想される。ただし今回のウイルスのように、宇宙からプランクトンに類する生物が飛来し、地球上で進化をすることで、数億年後に新たな知的生命体が活動を開始している可能性は十分にある』 

 

 

 

 

 

 

 創が国会議事堂に着いて、何度目の夜を迎えただろうか。

 どれだけの知識を詰め込んだだろうか。

 

「今日は、これくらいにしとこうかな」

 

 適当な部屋のソファの上に転がって、目を閉じる。

 

「おやすみなさい」

 

 最近の創の悩みは、寝るときの光だろうか。

 創の全身から浮き上がる光の粒子が、常夜灯のように創を照らす。

 

 とはいえ、一日中建物を走り回り、書類を片っ端から読んでいく疲労の前では、そんな光も多少の妨げにしかならない。

 ゆっくりと、瞼が落ちる。

 

 創の視界が、黒く染まる。

 

 

 

 黒く、黒く。

 

 

 

 

 

 

 そのまま、先だった者たちと合流した。

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