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第12話 柴又

 創は、恐る恐る帝釈天の門をくぐる。

 帝釈天を構成する建物はひと際古く、故にひと際崩れやすそうにも見えた。

 一方で、古い建物は令和とは比べ物にならないほど贅沢に資材を使って建築されている。

 神聖な寺院ともなればなおさらだ。

 逆に安全な可能性もあるが、当の創にそれを判断する材料もない。

 

 創は賽銭箱の前に立つ。

 小銭を取り出そうとするも、財布も小銭も不要だろうと考えて自宅に置いてきたことを思い出す。

 代わりに、現在の命とも呼べる飲み物を取り出し、そっと賽銭箱の上に置いた。

 

 お金ではないが、創にとってはお金以上の価値があるものだ。

 

 創は二礼し、二拍し、そのまま手を合わせ続ける。

 

「どうか、旅が無事にいきますように」

 

 最後に一礼。

 縁起を担いで、創は賽銭箱の前を離れる。

 

 ところで、二礼二拍一礼は、神社における文化だ。

 寺院である帝釈天には本来似つかわしくはないが、指摘をする人もおらず。

 

 創は門をくぐり、帝釈天参道をまっすぐと歩く。

 帝釈天参道には、葛飾区の中で最も古いと言われる商店街がずらりと並び、かつての賑わいの大きさを物語っている。

 最も、ほとんどの店のシャッターが下ろされており、直前の静寂の大きさも感じられた。

 五店に一店程度はシャッターが挙げられており、ぎりぎりまで商売をしていた店があることもわかる。

 

 お食事処。

 お土産屋。

 民芸品販売。

 様々な店が、一人歩く創を寂しそうに見つめる。

 

「美味しそうだな」

 

 ウナギに、あんみつに、草団子。

 宣伝のために掲げた柴又名物の写真たちが、創の胃に食べてくれと訴えかける。

 だが、実物も作る人もいない。

 創が食べられることはない。

 

「……なるべく、見ない様にしよう」

 

 創は建物から極力目を背け、足早に商店街を駆け抜けていく。

 

 商店街を出れば、見えてくるのは柴又駅と駅前の小さな広場だ。

 とあるドラマの主人公の像が、振り向いた形で創を出迎える。

 何の奇跡か、像には穴が一つも空いておらず、未だ粒子化されていない。

 粒子の光の中に佇む姿は、変化を感じさせない強さを感じられた。

 

 創は線路と並列に走る道路で一瞬足を止め、すぐにまた歩き出す。

 創にとって、像のモチーフとなったドラマは世代ではない。

 故に、一目見れば十分満足。

 

 創は柴又駅には入らず、線路を追うように道路を歩き始めた。

 

 線路を歩くことで、地上から離れてしまうことを創は避けた。

 この先にそんな線路があるのか把握をしてはいないが、地図アプリで確認することもできない。

 危険性があるならば、可能性をゼロにする。

 

「あ、コンビニ」

 

 創は途中で見つけたコンビニから、周辺の観光情報が書かれた雑誌を一冊手に取り、地図代わりにして歩き始める。

 既にグルメ情報は役に立たず、史跡情報に創にとってさしたる興味はない代物だが、店の外観や史跡の形は、目印としては優秀だ。

 東西南北をうっすら把握しつつも、左右の概念を持つ創たち日本人にとっては、相対的な咆哮判断が何よりも性に合っている。

 

 創は、雑誌を広げたまま歩き始める。

 まるで二宮金次郎。

 人通りのない道を、ぶつかる心配無く進んでいく。

 

 同じくコンビニで撮って来た定規を地図に当てながら、おおよその距離を図る。

 

「ここから東京駅までは、ざっと三~四時間ってところかな」

 

 歩けない距離ではないが、柴又まで歩いたときの体力消耗を考えると、創は一日で行くのを諦めた。

 無理をして歩き、足を負傷すると、以降の旅に支障が出る。

 病院汚ない世界において、小さなけがは大きな障害に繋がる可能性もある。

 

「とりあえず、浅草まで行ってみよう。無理なら……まあ、どこかで」

 

 時間は、まだあるのだ。

 

 

 

 もくもくと、歩く。

 葛飾区を抜けて、墨田区へと。

 家と家とのの隙間から、東京スカイツリーが見えた。

 

「わあ」

 

 光の粒子の中に佇む青いツリーは、まるで秘密基地のように見えた。

 もしも世界を滅ぼした人間がいるとすれば、間違いなくツリーの頂点に座り、町を見下ろすことだろう。

 

「なんか、東京に来たって感じだ」

 

 人間はいない。

 動物もいない。

 騒音もない。

 それでも、人類が創り上げた結晶は、確かにその都市の名を冠していた。

 

「登れるのかな? いや、危ないか」

 

 一人でスカイツリーを独占する。

 そんな小さな夢を思わず口にしつつも、創は歩き続ける。

 

 ただ、歩くしかないからこそ気付く、世界の広さ。

 スマートフォンを見ていては、決して見えない現実の姿。

 街が。

 木が。

 空が。

 風が。

 一瞬たりとも違う瞬間などなくそこに在るのを、創は強く感じ取っていた。

 

「もっと、早く見ておけばよかったな」

 

 そして、こんな感情を友達と分かち合えたら幸せだろう。

 などと、叶わない夢を考えた。

 

 

 

「今日は、ここまでにしようか」

 

 太陽が落ちてくる夕方。

 

 浅草の町に立って、創は決めた。

 一応の目的地には辿り着いたから、及第点。

 創自身が寝泊まりする場所も探さなければならない。

 天気予報も見られないので、雨が降ってもいいように屋根のある場所を。

 できれば、温かい布団がある場所を。

 

 創は、誰かの家の一室を借り、眠りについた。

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