表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

第11話 北柴又駅

 ガンゴン。

 ガンゴン。

 駅のホームに破壊音が響く。

 石でも看板でも、近くにある物をなんでも使って、創は自動販売機を破壊にかかる。

 人類滅亡前ならニュース沙汰だが、ニュースにする人間がいない世界では関係ない。

 

「自動販売機の中って、こんな風になってるんだ」

 

 駅のホームに設置された自動販売機を見た創は、飲み物を手に入れる方法がコンビニやスーパーだけではないと気づき、さっそく入手を試みた。

 喉はスポーツドリンクで潤っているが、次に襲ってきたのは飽き。

 同じ味を食べ続けられるほど、人間の脳は鈍感ではない。

 

 創は破壊した自動販売機に手を突っ込んで、缶とペットボトルを取り出した。

 そして、『要冷蔵』と書かれた缶やペットボトルを手際よく横にどける。

 電気がない以上、自動販売機の温度調整も機能していない。

 『冷たい』は冷たくないし、『温かい』は温かくない。

 全てが常温である。

 

 創の前にずらっと並んだのは、多様な缶とペットボトル。

 ミネラルウォーター。

 麦茶。

 コーラ。

 炭酸飲料。

 コーヒー(ブラック)。

 コーヒー(微糖)。

 コーヒー(カフェオレ)。

 

 創は無言でコーヒーを端によけ、コーラを手に取る。

 

 蓋を開けると、プシュッと威勢のいい音が響き、炭酸の泡がぶくぶくと膨らみ出てくる。

 創はペットボトルの開け口に口を近づけ、泡が落ちないように舌でからめとる。

 僅かなコーラの味を残した泡が、創の舌の上でパチンと弾ける。

 

「うまっ」

 

 創は思わずつぶやいて、改めて水とスポーツドリンクだけをリュックに入れた過去の自分に後悔する。

 

 リュックに荷物を詰めるとき、創の感情は合理的に動いていた。

 即ち、生きるための必要最低限である。

 が、コーラの味を思い出したことで、美味しい物とは、体力の回復以上に精神を回復させると気づいた。

 合理的な選択の中に美味しさを入れなかったのは、創の失敗だ。

 

 創はゴクリと唾を飲み、飲み口に口をつけ、ペットボトルを上下逆にした。

 重力に従って、コーラたちは一気に飲み口へと向かう。

 連結された創の口にコーラが飲み込まれていき、次々創の舌の上ではじけ飛んだ。

 

 甘味。

 そして炭酸の刺激。

 創の脳は、一気に弾け、目覚めた。

 

 創が飲み口から口を離したとき、ペットボトルの中のコーラは半分減っていた。

 

「……少し、甘いな」

 

 贅沢にも愚痴を零しながら。

 冷たさは、味覚を麻痺させる。

 冷たい時に飲むことを想定した飲料は、常温では甘すぎるものだ。

 

 創は残りのコーラも飲みほした。

 

 創は空っぽになったペットボトルの飲み口を掴み、円を描くようにくるくると回しながら、ふと思う。

 

「これ、虫歯になったりしないかな」

 

 糖分は、虫歯を引き起こす。

 歯医者がいれば治療も可能だが、当然いない。

 虫歯は、適切に治療さえすれば体への影響を最小限に抑えられるが、治療をしなければ神経にまで浸食する大きな病気だ。

 虫歯の穴から菌が骨に入り込み、心筋梗塞や脳梗塞などを引き起こした例もある。

 そうなれば、医者でもない創にどうする術はない。

 

「痛いのは、嫌だしな」

 

 創は水の入ったペットボトルも開封し、口に含む。

 ぶくぶくぶくと、口を閉じたままうがいをし、水だけで歯を洗浄する。

 洗浄を終えた後は、吐き出すのももったいなかったので、そのまま飲み込んだ。

 

「多少はとれてるといいけど。歯ブラシも、コンビニで調達しようかな」

 

 虫歯を引き起こす菌が粒子化をしているのならば、創の心配は杞憂ではある。

 虫歯菌のいない口内で、虫歯は発生しない。

 が、虫歯菌は目に見えないほど小さく、いくら鏡を覗き込もうと目視でいないことを確認できない。

 虫歯菌が消滅したのか否か、その回答は創が虫歯になることでしか証明できない。

 つまり、手遅れになって初めて気づくということだ。

 創にできることは、虫歯にならないように気をつけるということだけだ。

 

 創は気に入った飲み物を数本リュックの中に詰め込んで、ホームを出る。

 階段を下りて、沈黙する改札を通過する。

 

 駅から出れば、漂ってくるのは水の香りだ。

 近くを流れる江戸川が、綺麗な流水音を奏ででいる。

 創はふわっとした空気を前に軽く目を閉じ、ゆっくりと東京を見る。

 

 否、昭和の景色を色濃く残していただろう東京を。

 

「もしかしたら、寿命が短い物から粒子化していくのかもしれない」

 

 柴又に広がるのは、二階建ての一軒家と五階建てのアパート。

 マンションと呼べるような高層ビルはなく、どれも時代を感じる造りである。

 令和の世に作れと言われても、決して実現されないレトロ。

 

 そんなレトロな家々は、既に軒並み半壊していた。

 

 家を囲う塀は、怪物にでもかぶりつかれた様に凸凹で、家の中を隠すという役割を果たしていない。

 庭に生える木々がぎりぎりブラインドの役割を果たしているが、肝心の隠すべき家の壁も穴だらけだ。

 小さな丸い穴。

 大きな丸い穴。

 場所によっては、穴だらけの倒れた柱と共に、瓦礫が山積みになっている。

 

 いつ倒壊してもおかしくはない。

 

「近寄らないようにしとこう」

 

 創は、安全そうな道路を歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ