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第9話 旅立ち

 目覚めたのは、午前六時。

 太陽が青空に、光を満たす頃。

 スマートフォンがない以上、創を起こしてくれるアラームは存在しない。

 命綱の腕時計にも、アラーム機能が備わっていない。

 

 ならばと創が利用したのは、自然の目覚まし時計である。

 カーテンを全開にし、丁度朝日が差し込んでくる東側の窓の近くに顔を置いて眠った。

 狙いは大成功。

 日の出の時刻からしばらくたった太陽は、東の窓から眠る創の顔に日光を当てた。

 

 日光は創を極めて健康的に起こし、創の目がゆっくり開く。

 

「うーん、おはよう……眩しっ!?」

 

 が、すぐに創は目を閉じて、上体を起こす。

 両手で目を押さえて日光から目を隠し、眩しがる目を回復させる。

 

 何とも言えぬ目の不快感が収まってきたところで目を開放し、創は周囲を見渡した。

 荷物を詰め終えたリュック。

 そして、旅のために用意した服。

 商店街を駆けまわって、速乾制に優れたTシャツとストレッチ性の高いジーンズを選択した。

 季節柄、肌寒さを感じるかもしれないが、太陽の下を歩き続けるだろうことを考えれば、無難な装備と言える。

 

 創はパジャマを脱ぎ捨てて、用意していた服に袖を通す。

 脱ぎ捨てたパジャマはベッドの上にしわしわのまま横たわり、創はしわを伸ばすこともしない。

 どうせ、もう着ないだろうパジャマだ。

 創の中に、畳む・洗濯するという発想はなかった。

 何故か枕と布団だけはきっちり整えられているのは、昨日の創の気まぐれだ。

 

 着替え終えた創はリュックを背負い、玄関へと向かう。

 膨らんだリュックは、創が階段を下りる間に何度も壁へとぶつかる。

 創自身、ここまで大きなリュックを持つのは中学生の頃の修学旅行以来だ。

 

 誰もいないリビングを横目で見て、玄関に立つ。

 

「……行ってきます」

 

 家の中に向かって頭を下げ、玄関の外へと出た。

 

 創の背後に立つ自宅は、光の粒子を吐き出しながらも、いつも通り大きく構えていた。

 まるで、このまま何百年もあり続けるかのように。

 しかし、粒子化は始まっている。

 粒子化の開始からどれほどの時間で平屋が消滅するのか、創にはわからない。

 

 ただ一つ確信めいた予想としては、旅が終わって戻って来たときに、形をほとんど残していないだろうという未来だ。

 すべてなくなっているか。

 廃墟のように穴だらけになっているか。

 はたまた、崩れ落ちて瓦礫となっているか。

 

「行ってきます」

 

 創は改めて、自宅に向かって頭を下げた。

 

 

 

「まずは、東京に行こうかな」

 

 創が最初に決めた目的地は、東京都だった。

 創に必要なのは、物質と情報。

 量の観点では、東京都に勝る都市はない。

 

 Tの字の道を右に曲がり、最寄り駅へと向かう。

 いつもは駅に近づくにつれて賑わう道も、一定の静寂が漂うのみ。

 空き家になった住居とシャッター街になった商店街を見つめながら、創はひたすら歩く。

 十分もすれば駅が姿を現して、五分もすれば駅の入口へと到着した。

 

 創は無人の駅に入り、ホームへと向かう。

 駅構内にも当然人はおらず、創の歩く音だけが響き渡る。

 観光案内所も併設のコンビニも無人。

 創がふらっとコンビニに立ち寄れば、食料も筆記用具も半分は残っていた。

 もっとも、おにぎりの消費期限は二日前には切れており、食べるには勇気のいる数字だ。

 

「ゴ○キブリとか出てこないかな」

 

 考えれば、コンビニは食べ物を置いたまま放置されている。

 冷房もなければ暖房もない。

 食べ物が腐っていくのは当然で、腐れば虫が湧くのは当然だ。

 すべての虫が光の粒子となって消滅しているならばゴキブ○もいるはずがなかったが、創には、生命力の強いゴキ○リが粒子化ごときで絶滅するとも思えなかった。

 

「次からは、そっと店に入ろう」

 

 念のための危機回避を、静かに誓う。

 

 創は冷蔵機能を失ったドリンクコーナーから、スポーツドリンクを手に取っていく。

 これから長い距離を歩く。

 水分と塩分は必要だ。

 

 五百ミリリットルのペットボトルを三本リュックに詰め込んで、残り一本はこの場で開封する。

 コンビニの中でごくごくと飲み干し、体に水分と塩分を補給する。

 飲み終えた後のゴミは、コンビニのゴミ箱へ。

 処分してくれる人間はいないが、きっと粒子化で消える。

 

「よし」

 

 コンビニを出て、改札を通る。

 いつもはお金を払わなければ入場を許さない自動改札機も、電気がなければ役割を果たさない。

 閉じたドアを押せば、すんなりと創を中へ導いた。

 電光掲示板には何も映っておらず、東京行のホーム番号を示さない。

 創は、記憶を頼りに東京行の電車が止まるホームへ向かう。

 

 創は、東京都に近い場所で生まれた。

 ただし、創自身が東京という地にあまり興味がなく、少ない小遣いを電車代にあててまで東京へ行く選択をしなかったため、ほとんど東京に出たことはない。

 せいぜい、子供の頃に親の後ろをてこてことついていったり、学校行事で生徒たちの後について行ったくらいだ。

 

 ホームに立った創は、ホームから線路を見下ろした。

 ホームの下には二本の線路が敷かれており、線路の向こう側には逆方向の電車へ乗るためのホームが見える。

 もっとも、電車は来ないため、方向など関係ないのだが。

 

 創はホームから線路へぴょんと飛び降りた。

 注意すべき駅員もいない。

 創は、東京に続く方向へ体を向けた。

 

 地図アプリが使えない以上、見知らぬ道を歩くために紙の地図は必須。

 が、紙の地図を使い慣れていない創にとっては、道に迷う可能性があった。

 道に迷うことは、時間と体力のロス。

 

 そこで創が思いついたのは、線路を歩くことだ。

 確実に目的地まで続いていることが確定している道。

 間違えるとすれば、方角を逆方向に歩いてしまうくらいである。

 

「東京は、確かこっち」

 

 創はこれから向かう方向を指差し、リュックを背中に乗せ直した後、線路の上を歩き始めた。

 

 向かう先にもまた、光の粒子がたくさん浮かんでいた。

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