プロローグ
来年の四月一日。
宇宙から飛来するウイルスが地球に侵入し、全ての動物が滅亡するという未来が判明した。
動物にはもちろん、人類も含まれる。
研究者たちは滅亡を回避すべく、宇宙でウイルスを滅する方法や侵入したウイルスを無毒化する方法を考えた。
しかし、開発までの時間が足りないという、最も救いのない結論が出て終わった。
各国の政府は秘密裏に議論を重ね、人類の滅亡を公にした。
二つの計画と共に。
一つは、『恐怖亡き死の計画』。
一つは、『自然の返上計画』。
恐怖亡き死の計画。
眠るように永眠できる安眠薬を配り、個人が好きなタイミングで人生の幕を下ろせるようにする計画だ。
研究の副産物として完成した安眠薬は、強烈な睡魔を引き起こし、数秒もしないうちに意識を飛ばすことができる。
そして、そのまま永遠の眠りにつくのだ。
さらに優れた特徴として、安眠薬の放つ香りが、人間から恐怖を奪えることにある。
安眠薬を摂取する直前の恐怖さえ排除し、恐怖のない死を迎えることができる。
自然の返上計画。
永眠した人類の体、そして人工的に作った万物を粒子化し、消滅させる計画だ。
人類の発展は、いつだって地球の環境破壊と両立して存在した。
そんな人類の最後の役目として、環境破壊の原因となった人間と人工物を全て無に帰す。
人類亡き後の地球から、地球の再生の邪魔をする人工物をなくしてしまう。
これにより、計算上は人類滅亡後の数千年後、地球は自然豊かな昔の姿に戻ることができる。
政府の発表がされた直後、世界は荒れた。
人々は恐怖し、絶望し、嘆き悲しんだ。
恐怖の中、命を絶つ人間も現れた。
しかし人類は、いつか必ず死が訪れることを知っている。
それ故本能的に、死を受け入れる能力を持っている。
時間とともに人類の恐怖の感情は薄まり、自らの死に向けて粛々と準備を始めた。
早々に安眠薬を服用する者。
あえていつも通り生きる者。
人類滅亡の最後の日まで生きる決意をした者。
行動は様々だ。
日本の千葉県にある不知火家では、人類滅亡の最後の日に、家族で一緒に死ぬことを選択した。
父と母と息子の三人家族。
父と母は共働きで息子に構う時間が短かった分、最後の時間はたくさん三人で過ごした。
話して、散歩して、美味しい物をたくさん食べた。
そして三月三十一日。
ウイルスが地球に到達する前日。
つまり、『自然の返上計画』が実行される前日。
三人はリビングに集まって、安眠薬の入ったケースの蓋を開けた。
蓋を開ける直前までは、三人の手は恐怖で震えていが、ケースから漂ってくる香りをかいだ瞬間に震えが止まった。
恐怖の消えた三人は、すんなりと安眠薬を手にとった。
白くて丸い、命を奪う薬。
その形状は、地球のようにも見えるし、魂のようにも見える。
「来世があるなら、また三人で家族になろうな」
「そうね。でも、人間はもういなくなるのよ。来世では人間じゃないだろうし、見つかるかしら?」
「案外、数千年後の地球に、また人間が生まれているかもよ?」
最後の最後。
たわいない雑談をした後、三人は抱きしめ合った。
「おやすみなさい」
その後、いつも通りの挨拶をして、三人は安眠薬を口に入れた。
舌の上で解けた安眠薬は、喉を通って体内へ流れ込んでいく。
胃の中ですぐに解け、体内に吸収された成分が一気に脳へと到達し、三人の瞼を落とす。
座っていた三人の体はパタリと倒れ、親子仲良く川の字になった。
「おやすみ……なさ……」
息子が二度目の挨拶をしようとした瞬間、三人の意識は落ちていった。
暗い暗い。
夢の世界へと。
ピピピピピピ。
ピピピ。
ピピピ。
「ううーん」
そして、次の土曜日の朝。
休日用に設定していたスマートフォンのアラームが鳴った。
息子――不知火創は寝ぼけた頭でスマートフォンを手に取り、アラームを止めた。