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真昼

読んでいただけて嬉しいです!

「みつけた」


真昼が静かに目を開く。

その瞳は水晶のように透明感のある白。


「真昼、はやい!!」


赤い薄衣を纏ったような姿の妖精ティルシーは勝負に負けたがとても嬉しそうに真昼の周りを飛び回った。

魔力視野を向上させる鍛錬を兼ねた索敵勝負をして2人は遊んでいる最中であった。


「ヤトノカとフジヤマがもう帰ってきたの?」

「いいえ。あの2人はまだよ」

「むむぅ!ということは来訪者は邪悪かー」


真昼はひとつ笑んで立ち上がりお茶の支度を始める。

この死んだ森(モルトゥースシルヴァ)で生活を始めてもうすぐ1年。当初ヤトノカが言っていたようにこの森にいると命の光、魔力の流れがよく分かる。以前のように見えずとも日常生活において、万能とまでは言えないが真昼の視界に不自由はなくなっていた。

見えていないが見えている。不思議な現象にも慣れてきた。


先の襲撃で真昼は視力を失った。

その事をアムステルは自らのせいだと、しばらく気に病んでいた。


その必要は全くないのに。


そもそも竜の棲家に行きたいと言い出したのは真昼の夫、フジヤマだ。

アムステルはその気持ちを汲んで無理な編成であるにも関わらず強行してくれたのだ。

彼女は思いきりが良さそうに見えて、決して無鉄砲ではない。パーティメンバーの安全への配慮を怠らず、あの時の3人での出発はアムステルにとってだいぶ不本意だったに違いない。


前世、フジヤマが抱えていた病について、アムステルにはある程度話していた。手術や検査入院で長期においてゲームにログインできないこともあったため、余計な心配をかけないようにとの判断だった。


真昼とフジヤマは他人に打ち明けるこの時が嫌いであった。他人に打ち明けると必ず『気の毒に』『大変だね』『可哀想に』と返ってくる。

我々は『可哀想』ではない。

病などいずれ誰もが抱えるものであり、2人にとって特別なものではないからだ。

夫はちゃんと生きているし。理解のある職場と同僚にも恵まれて充実した幸せな毎日だ。

アムステルに話す際も、「またあのモヤッとする嫌な思いをするのか」と2人は身構えていた。

が、彼女は多少の心配の態度は見せるが、いわゆる同情や哀れみを感じさせる事はなく、夫婦からの不治の病の告白を淡々と聞き、あくまで平等な態度を崩さなかった。

身構えていた2人の心が幾分か救われたのを思い出す。


今世、フジヤマの身体に不調はない。

走っても息切れすることはなく、怪我をして血が止まらないと言うこともない。

夜中に高熱が出ることもなければ、大量の薬を毎日飲むこともない。

健康過ぎるほどの身体で転生し、幸運にも夫婦はまた一緒に人生を送れている。


フジヤマのやりたい事をなんでもさせてあげたいという真昼の気持ちを、言わずもがなアムステルは分かってくれていたのだ。

だからあの時、出来ることの最大で対応をしてくれた。

そして襲撃を回避できなかったのは真昼自身だ。

アムステルへの感謝の気持ちもあれど、責める理由など何ひとつない。


お茶の支度が整うタイミングで扉がノックされる。すぐさま返事をして迎え入れた。


「ティルシー!今日もフワフワで可愛いねー!」

「ひっ」


挨拶もそこそこにティルシーに飛びつこうとした珊瑚色の髪のアムステルを見事に回避し、妖精は姿を消した。


「わぁ、残念。また逃げられた」


全く残念そうではない声。いつものやりとりに真昼は笑ってしまう。


「あんまりウチの子達をいじめないで」

「可愛いくて、つい」


アムステルは、くっくと笑いながらお茶の席についた。

竜族と妖精は仲が良く、魔族と妖精は相性が悪いと聞く。アムステルはヴァンパイアで、ヴァンパイアは魔族だ。

だからティルシーはアムステルを避けようとするのかもしれない。きっと種族的な反射なのだと思い、一度ティルシーに聞いてみたことがある。


『魔族?そんな可愛いもんじゃないわよ。あいつは』


その時のティルシーは少々憤慨した様子を見せた後、呆れ顔であった。


「フジヤマは?」

「ヤトノカと空中散歩に出掛けてる。最近よく行くの。本人達は警邏だって言ってるけど、凄く楽しそうよ」

「すっかり仲良しだなぁ」


竜騎士のギフトを持つフジヤマは黒竜ヤトノカと大変親密になった。永きを生きるヤトノカは真昼の魔力制御の良き先生もしてくれている。

真昼とアムステルはお茶とお菓子でしばし近況を報告しあった。


***


「妖精の声が聞こえる子?」

「うん。王都西の孤児院で暮らす5歳の女の子だ。時折、妖精が話しかけてくるらしい」

「会話は出来るのかしら」

「いや、あちらからの一方通行らしい」

「…そう」


紅茶のカップを置き、真昼はしばし考える。

妖精は人と話したくて話しかけてくる。会話にならないのは不自然だ。


「まるで人のギフトだわ」

「なるほど。ギフト『伝達』か…」


人に伝達するギフトがあると聞く。

伝達出来る人数や距離はギフト能力値により個人差があって様々だ。優秀な人材は王国の連絡兵として雇用されているそうだ。その多くは一方通行で会話ができるものではないと聞く。


「妖精を騙って子供を騙してるのだとしたら酷い話だわ」

「話を聞いてて違和感はあったんだ。その線が濃厚だけど、真偽の程が分からない。しばらくは様子見だな」

「王城鑑定士のギルバートさんをギフトの強制鑑定目的で孤児院に連れ出すのは無理なのかしら。伝達ギフト持ちが誰だか分かれば、あとは事情を聞くだけになるわ」

「無理だな。ギルバートは公爵家の人間だし、ギフトが特別過ぎる。王城の許可なく使うことは許されないだろう」

「手っ取り早いと思ったのだけど…」


真昼が静かに溜息をついた。


「それにしても、アムさんが孤児院で先生とは」

「柄に合わないのは自覚済みだよ」

「よく引き受けたわね」

「ラハエル殿下の言いたい事は良く分かるからね。もしかしたら転生者かもしれないと衣食住に困らず育てられはするが、当たり前のようにほぼ全員転生者ではないんだ。これは結構厄介だ」


大人達は分かっているのだ転生者など滅多に現れないことを。ただ女神信仰の建前だけで孤児院は運営されている。

きっと大昔はそうではなかっただろう。もっと高い志の下で孤児院は運営されていたに違いない。いつしか形骸化してしまったのだ。


15歳になると転生者でないことが確定してしまう。

元より親を持たない彼等は圧倒的に大人との交流が少ない。社会に出るために必要なことを全くと言っていいほど学べていない。気まぐれに訪れる貴族との会話だけでは足りない。

本当なら王太子ラハエルが自ら目をかけたいだろうが立場上、容易に動けないのだろう。


「運営・管理する神官や貴族どもは、御し易いように最低限しか教育を施さない」

「無知で育てばそれだけ扱いやすいからね」

「今回王太子はそこにメスを入れたいんだろう。まずは常に自ら考える癖をつけないと。あとは魔法の訓練も必要だ。見たところ良さそうな魔力持ちが多い」

「弟子でもとる気?」

「んな、大仰な」


ティーカップを置いて嫣然とした顔をアムステルに向けた。


「でも、アムさんの一番弟子は私だから」


一瞬目を丸くしたアムステルは、わははと笑い飛ばした。


「いやいや。私は真昼にコツしか教えてないし、どんどん上達して今や私なんて足元にも及ばない大魔法使いじゃん」


アムステルはなんでもないことのように笑うが、彼女と再会するまで、自分は魔法のセンスが壊滅的なのだと思っていた。彼女の言う魔法のコツとやらを教わらなければ真昼は自分の魔法の才に気づけなかっただろう。

弓術しか取り柄が無いと思っていたままでは、視力を失って今頃どうなっていたことか。


「変に大人が介入してない分、素直な子達だよ。埋もれた才能もあるかもしれない。そういや真昼はまた魔法の実力が上がったね」

「この森の環境と妖精たちの手引きのおかげね。何か困ってもアムさんが補って教えてくれるから凄く助かってるわ」

「元より才能があったんだ。もう私が教えることなんてなさそうだ」


そういってアムステルは首をすくめた。

紅茶のおかわりを注ぎつつ真昼は言葉を投げかけた。


「そういえばカークリヒト様からの歌劇のお誘い断ったんだって?」

「…耳が早いな」

「この間、王都に日用品の買い物に行った時寄ったパン屋で非番のご本人と出会して聞いたのよ。落ち込んでたわよ」

「ちょっと…あの時は忙しくて」


アムステルはツイと目を逸らした。


「アムさんは自分の予定くらいどーとでも出来るでしょー。そろそろこっちで恋愛したっていいんじゃないのー?」

「いや、でも…あれ以来、襲撃犯は沈黙してるし…まだなんにも片付いてないし…恋愛どころでは…」

「えー。前世の頃みたいに恋バナしようよー」


珍しく歯切れの悪いアムステルに不満顔になってしまう。

前世でアムステルは恋愛至上主義だと言っていた。常に恋をしていないと死んでしまうと。

とはいえ、真昼がアムステルとネットゲームの中で出会った時には既に彼女にはトオルという夫がおり、その恋心を向ける相手はトオル以外では決してなかった。


真昼とアムステルは同じ女性な上、何年たっても夫の事が大好きな『ダンナスキー星人』であることから、お互いの夫の愚痴や惚気、過去の恋愛遍歴などをチャットで語り合っていた。

恋多き女性アムステルはパートナーがいないフリーの時は心身共に非常に奔放だが、一度パートナーが決まるとその恋が終わるまで一途に重く、全身全霊、恐ろしいほど愛してしまうという、恋愛面において言わば地雷のような人だった。

幸いにして相手がトオルに定まってからは生涯最後のその時まで、その恋は終わらなかったそうだ。


前世において先立つ最愛を看取った者同士、話したいことは尽きない。

だが、再会して一年近くなるがこちらでのそういった話をまるで聞かない。


らしくないな。と、真昼は思っている。

まだ胸の内にトオルがいるのか、それとも他の理由か…。どちらにせよこの件に関しては本人の気持ちの問題なので、見守るしかなさそうだ。


こちらの世界では同じ年齢だが、前世では一回り以上の年齢差があった。人生の経験値はこちらの方がずっと先輩だ。


「少なくとも女神の御業に介入できる力をもった奴が必ず関与してる。警戒するにこしたことはない。恋愛にかまけてボンヤリもしてられないだろっ」


アムステルが早口に言う。

目の前で居心地悪そうに紅茶を啜るアムステルを真昼は姉のような気持ちで見つめるのであった。

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