好きも嫌いもあってイイ
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「記念すべき最初の授業といこうか」
この日の空は良く晴れていた。
西の孤児院の小さな中庭。アムステルは無限に入る鞄から何枚かの大きな敷き布を出し芝生に拡げ、子供達とともにその上に座り話し始める。
「まずはみんなの事を教えてくれ。私も自分の事を話す。言えないこと、言いたくないことは言わなくていい。名前と…そうだな、好きな事、嫌いな事。なんでもイイから私に教えてほしい」
「嫌いも…いいの?」
小さな声の主は、先ほど『妖精の声が聞こえる』と話しかけてきたクマを抱いた少女、トゥナだ。その横にはピッタリと身を寄せてヨハンが座っている。トゥナとヨハンは兄妹だと聞いている。
アムステルが首を傾げて聞き返す。
「誰かが駄目って言ったのかい?」
「嫌いは、わ…悪い感情だから、他人に話しちゃダメだって」
「たまにくる伯爵家の偉い人が言ってたよな」
トゥナとヨハンに続き他の子達も「なー」と同意の声を上げる。
この西の孤児院の運営を任されているのは伯爵家だと聞かされている。時折、様子を見に訪れるのであろう。
だが、
ずいぶんと窮屈な。
アムステルは顎に手を当て少々思案した。
「私は好きも嫌いもあって初めて人だと思う。嫌いなもの、苦手なものは有って当たり前。まぁ実際は、有ったって無くたってイイ。好きも嫌いも弱点になり得るわけだから、最初に言った通り抵抗があるなら今ここで言わなくたってイイ。私は君達の事が知りたいんだ。話せる範囲で構わない」
静かに耳を傾けてはいるが、子供達は半信半疑といった様子だ。
「とりあえず私についていうならば、好きなのは眠ること。得意なのは魔法、苦手なのは子供。そして私は転生者だ」
アムステルの声に子供達は目を丸くした。
「ラハエル王太子の命で週に一回程度、君達と話をすることになった。その伯爵様ってのより立場は上だし、信用してイイよ」
そこからはアムステルへの質問攻めとなった。転生者というのはやはり子供達にも大人気らしい。
『この間の長い夜は楽しかった』とか、『今日はあとの2人は一緒でないのか』とか、『今度連れてきて欲しい』とか。まぁ色々と絶えなかった。
急に距離が詰まった。
自己紹介の時間が有耶無耶になってしまい、アムステルは飛び交う質問に答えつつ、自身も負けじと子供達へ様々な問いを返した。
しばらく問答合戦が続き一息ついた頃合いで「では宿題だ」とアムステルが続ける。
「人生においての課題を出そう。生涯かけての課題だよ」
仰々しい言い回しだが子供達全員がこくりと頷いた。この国の転生者への畏怖や敬愛の念はこんなに若い層にも行き渡っている。歴代の転生者の行いや女神信仰様々だ。
「ざっくりいうと、みんなには一の事から十を学べる人になって欲しい」
みなどういうことかと首を捻ったり、顔を見合わせたりしている。
「たとえば1冊の本を、ただ読んだだけの人と、そこから十を学ぼうと読んだ人では理解と成長に雲泥の差がある。そこから得られるものが沢山あるのに、ただ本を読んだという結果だけでは勿体無いと思うんだ。みんなにはこの『勿体無い』をあらゆる場面で意識して欲しい」
難しい顔をしているが、ちゃんと理解したいと伝えてくる視線が面白い。
「コツとしては本の中に説明されていないことや、見えない事柄に目を向けてみること。何故そうなったのか、どうして選んだ言葉がコレだったのか。あぁ…表紙の色は何故この色なのか、とかに思いを馳せてみると案外面白い。本だけではない」
全てのことにおいて言えるんだよと、アムステルが続ける。
「毎日ただ料理を作って自分で食べるだけの人と、毎日誰かのことを考えながらその人を思って料理を作り、一緒に分け合って食べる人では、得られる経験値や料理の腕前、応用力に明確な差がある」
「ここの食事担当のカイルさんのご飯は美味しいです」
答えてくれたのは子供達の中で1番背が高いノンビリ屋さんの少年、カセットだ。
「そうか。カイルさんは一から十を得られる先輩かもしれないね。私も今度、機会があればご相伴に預かろうかな」
アムステルが笑顔で答えるとカセットもニッコリと笑った。
「それで、この何事からも貪欲に学ぼうという意識の下、君達が何を考え、どう思ったのか次に私に会った時に教えて欲しい」
「なんで先生に話すの?」
「なんでだと思う?」
「わかった!カンニングだ!自分のものにしようとしてるんだ!」
冗談めかして元気に発言したのはドワーフ族の少年、ラポポだ。
アムステルはフッと笑って答える。
「そうだね。私は欲深いから、みんなが経験したことを自分に生かそうとしているのかもしれないね。だから精々頑張って沢山の事を経験し、そこから誰よりも多くのことを得て、私に話してくれたまえよ」
「ズルだ、ズルだ」と皆がいう中、「今日はそろそろお開きだ」と立ち上がる。
子供達も立ち上がり、敷き布の片付けを手伝った。孤児院でそれぞれに任された掃除やらの仕事があるのだろう「またね」と笑顔で手を振り、子供達は方々に走っていった。
それに代わって院長のハーロックが声を掛けてきた。茶色の髪と瞳。温和そうな若き青年だ。着ているのは神官服に近い長衣。女神信奉者なのかもしれない。
「子供には些か難しい課題だったのではないですか?」
「そうでしたか。少々勇み足でしたかね」
お互い笑顔でいくつか他愛ない言葉を交わし、アムステルは西の孤児院を後にした。
妖精の声が聞こえるという少女が気にかかる。アムステルの足は死んだ森へと向かう。
「子供を子供扱いしてると、その内痛い目を見る」
道すがら酒場通りを通る。
アムステルの呟きは夕暮れ時を前にしてこれから活気付く飲食店や酒場の喧騒に掻き消えた。
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