運命の番
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大変なことになってしまった…
転生者鑑定のあと、王太子の執務室とやらに向かう為、城内を案内されつつノアは内心で頭を抱えていた。
ただでさえ緊張しながら鑑定に臨んだのに、なぜだか王族と会うことになってしまった。
横のフジヤマを見るが、いつもの無表情で何も読み取れない。先導してくれているのは狼獣人ヴァンシー。動きに合わせて揺れる彼の尻尾に多少癒されつつ、自分の後ろにちらりと目を向ける。兎の獣人ギルバートとアムステルが当たり前みたいに談笑しながら歩いていた。
緊張して吐きそうなのは自分だけのようだ。
王族と会うための礼儀作法も全く分からないが、そもそも服装はこれで大丈夫なのだろうか。王都について昼食を食べたその足で鑑定に来てしまった為、ノアは完全にくたびれた旅装のままだ。
フジヤマは開襟シャツに黒のトラウザーズ。飾り気はないが小綺麗といえば小綺麗に見える。
アムステルはヘソがたまに覗くぴたりとした黒いカットソーにショートパンツ。膝下の編み上げブーツ。お尻が隠れる丈の黒いローブを羽織っている。こちらの世界で女性が着るにはだいぶはしたない装い。周りの反応をいちいち気にする人ではないので別格すぎて参考にはならない気がする。
困った。王太子に会うなんて考えてもいなかった…。
初めての王都と旧知の仲間に会えた高揚感で完全に浮かれていた。
村長の息子デレックが知ったら驚愕のあまり倒れるのではないか。いや、ひとしきり驚いた後で腹を抱えて笑われる気もする…。
故郷の友人を思い出し、少しだけ気持ちを落ち着ける。
到着した執務室の大きな扉の前には衛兵が1人。ヴァンシーが一言二言告げて扉が開く。
「新たに転生者認定をいたしました、ノア様をお連れしました」
中の人物に声を掛けたのはギルバート。
みんなの隙間から中を覗くと、金髪碧眼の絵に描いたような驚くほどの美青年が執務机に頬杖をつき座っていた。彼が王太子なのだろう。なるほど王子然としている。こちらを驚きの目で見ている気がする。見開いた美しい青い瞳が宝石となって溢れ落ちそうだ。
その後ろに背の高い騎士服の護衛騎士が1人。髪色は淡いミルクティ。こちらも彫刻のように美しい。
ゆらりと王太子が椅子から立ち上がり、何故か凄い速さでノアの前までやってきた。思わず数歩あとずさってしまったが、その分もきっちり距離は詰められた。
「ノアと言ったか。美しい名だ。結婚しよう」
「待て待て」
慌ててアムステルがノアを庇うように王太子との間に割り込んだ。
状況が全く分からずノアは言葉が出ない。
「邪魔だ。そこをどけ。色情魔」
「いやいやいや!お前いまなんつった」
「色情魔」
「違う。その前、だ!」
「普通に求婚したが?」
「こっわ!初対面だろ!」
アムステルは顔だけをギルバートに向けたが、ギルバートは青褪めた顔でブンブンと首を横に振っている。どうやら王城鑑定士にも何が何やらといった状況らしい。
アムステル越しに目が合うと王太子は目元を赤らめ嬉しそうに笑んだ。
ゴクリと喉が鳴ってしまう。
男だとか女だとか、もうそういったものも飛び越えて完璧に美しい。見惚れて二の句が告げられない。まるで魔法に掛けられたかのように陶然と見つめてしまう。
だが先ほどの言葉の意味がわからない。いや、わからなくないが、…やっぱりわからない。
見つめ合っていた時間を惜しむかのように王太子の視線がアムステルに向き、同時に酷く冷たい瞳になった彼はこう言った。
「運命の番との逢瀬を邪魔するものは滅するが?」
「は?」
声を上げたのは誰だったか。その場の全員だったような気がするが、これについてももはや分からない。
一拍おいて、徐にアムステルがノアを横からギュッと抱きしめた。
「お前…」
王太子の声が3段階ほど低くなった気がした。
見れば王太子の右手に火魔法の球。
どんどん大きくなっている気がする。
それでもアムステルは面白がってギュウギュウと離れない。ちょっと怖いし、視線の先の火球がだいぶ熱いからやめていただきたい。
こういう時に止めに入るものなのではないかと部屋の隅で沈黙を守る護衛騎士に目を向けると、こちらはこちらで何がショックなのか絶望の表情を浮かべている。
「ノア、笑え」
アムステルが耳元で小さく囁いた。聞こえるか聞こえないかのギリギリの声音。
どうすれば良いのかと王太子に目を向けるとバチリと目が合った。ぎこちなくもなんとなくノアが微笑みかけると、王太子は花が咲くように笑み崩し、バスケットボールほどに育っていた火球は瞬時に消え去った。
ホッとしたが、この状況はいったいなんなのか。ノアの頭は未だ真っ白でどうしたものか。
予想外の事態に非常に焦りつつ、それでも綺麗な笑顔を作りギルバートが言った。
「とりあえず一度落ち着いてみなでお茶にいたしましょう」
***
ヴァンシーが手ずからそれぞれの前に紅茶を並べ、ソファに座るギルバートの後ろに立った。
メイドを呼ばなかったのは人払いしてあるということだろう。
まぁ、ヴァンシーの淹れてくれる紅茶は美味しいんだ。ありつけた事は幸運だ。
アムステルはカップを手にして、つい笑顔になる。
王太子がノアの正面に座り話し出す。向ける瞳は蜂蜜のように甘い。
こいつとの付き合いも4年近くなるが、こんな顔は見たことがない。
「突然のことで紹介がまだだったね。私はラハエル・エンターナ。ここエンターナ王国の王太子だが、まだまだ未熟な身だ。ノアには気軽に『ラハ』と呼んでほしい」
『運命の番』とは本当なのだろう。
いつも偉そうで俺様気質なラハエル殿下は冗談でこんなことが言えるような面白い男ではない。
「私の後ろにいるのは護衛騎士のカークリヒト・アニスベルクだ。まぁ、彼のことも他の人間も、私以外は特にノアの視界に入れなくても良い」
訂正。ラハエル殿下はちょっと面白い男だったかもしれない。そしてやっぱり見た事ないほど上機嫌だ。
アムステルの横に座るノアがコクコクと頷きつつ少し引いている。
アムステルは澄ました顔で紅茶を口にしてはいるが内心では大興奮していた。
前世において、あらゆるジャンルの物語を読み漁っていたアムステルにとって大好物の言葉が『運命の番』である。
この世界の『運命の番』は竜種にのみ存在すると山羊頭の我が執事、メエ君が言っていた。
だが、ラハエル殿下は人だ。メエ君の知識に間違いや嘘があるとは考えにくい。
そこまで考えてアムステルは思い至る。この国の王家の紋章は白百合と竜。
ヤトノカに招かれ、今はフジヤマと真昼が居をかまえる『死んだ森』は秘されているが別世界などではない。ここエンターナ王国のどこかだろう。
と、なるとやはり…
「ここからは内々の話になる。盗聴防壁の魔法は我が執務室は常に展開済みだ。安心してほしい」
本題はここからだ。
「我が国の直系の王族には竜の血が混じっている。そしてその中でも私は先祖返り。今、生存する他の誰よりも竜の血が濃いとされる」
その可能性を考えなかった訳ではないが先祖返りとは驚いた。
ふと、ある考えに至り、隣に座るフジヤマに視線を向ける。アムステルの意図を理解したフジヤマがラハエル殿下に視線を向け少し見定めるような表情をした後、アムステルに顔を近づけ「多少の無茶になるが可能だ」と囁いた。他には聞こえないほどの声音。
満足のいく返答にアムステルは深く頷いた。
『運命の番』については『絶対鑑定』持ちのギルバートでも視えなかったようだ。
先ほどのギルバートの表情から、彼がラハエルにノアを会わせる判断をした理由は別の事だろう。恐らくそれはノアのギフトが唯一無二の特別なものだからだ。それについてはきっとアムステルの予想通り。
ノアはずいぶんと女神に愛されたものだ。
「そして、ノア。君は私の運命の番だ。出会った瞬間にわかるものだと父上から聞いていたが、本当だった。私はもう君を離したくはない」
少し落ち着いたのかノアが口を開く。
「あの、その『運命の番』が分かりません…」
「なんと、声も愛らしい…」
こいつほんとにどうしちまった…
今にも溶け出しそうな顔をしたラハエル殿下に薄寒い感覚を覚えるアムステルは自然と両腕でふるりと自分を抱きしめた。
「確かに『運命の番』の相手が竜種でない場合、その方の実感が追いつくのは難しいことだと聞いています。本来は竜種にしかないものですから」
ギルバートが補足する。
「あぁ、それはそうだったな。すまない。焦りすぎてしまった。運命の番について私から説明しよう」
ラハエル王太子が説明を始めた。
この世界の『運命の番』とはこうだーー
竜種にのみ存在するシステムであり、遺伝子的な相性が非常に強く、運命的に惹かれあう関係性のふたりを意味する。
竜種同士であったり、竜種と人であったりと相手に制限はないという。
また、必ず存在するものではなく、運命の番が存在する事自体が奇跡であり、出会える事自体が僥倖であるという。
一度出会うと竜種は相手を失うのを恐れ、相手と離れがたく、命を賭しても守ろうとする。
それは本能に刻まれたものであり、決して抗えないという。
「君を一目見て、伝え聞いてた事が本当だと知った。これは私にとって僥倖だ」
感動に打ち震えるような表情で身を乗り出し、ノアの両手をとりラハエルは説明を締め括った。
「それで…俺はどうしたら…」
見惚れるかのようなノアの表情は、単純に壮絶なイケメンを眼前にしたそれだろう。
「取り急ぎ、今日から君は私の私室に住も」
「ちょっと待ったーーーー!!」
ラハエルが言い切らないうちにアムステルが彼の手を払いのけ、守るようにノアの前に出た。
途端に不機嫌な顔になるラハエルに構う事なくアムステルが続ける。
「ちょっと自重しろ!このポンコツ王子!!」
「…何?」
「ノアの気持ちが追いついてない!ちょっと落ち着いて相手のことを考えろ!」
はっとしたラハエルが目を見開いた後、目に見えて落ち込んだ表情でノアを見た。改めて見ればノアの顔色が少々悪い。目まぐるしい状況の変化についていけず戸惑っているのだろう。
「すまなかった…。ノア」
「あ、いえ。少し驚いただけで…す」
2人の様子を見て、ひとつ大きく息を吐きアムステルが言った。
「私は番について理解はあるが、ちょっとアレだ。まずは時間をかけて親交を深めることからにしてやってくれ。とりあえずノアが王城に住むのは、まだ先だ」
「そんな…」
絶望の表情の王太子に構わず「帰るぞ」とアムステルが2人に声を掛けた。
フジヤマとノアがアムステルに続いて立ち上がり扉へと向かった。ラハエルの潤んだ瞳がノアを追う。
衛兵が開けた扉を出る直前、ノアが少しだけ振り返り
「ま、また…来ます」
と言い、扉が閉まった。
***
「今の…聞いたか…?」
「あ、はい。また来ると仰っていました」
「なんて愛い声…愛い言葉…」
ラハエルの問いに答えたのはヴァンシーだ。何かブツクサと続けているが聞こえないフリをしよう。
ギルバートも護衛騎士カークリヒト・アニスベルクも、アムステルが去っていった扉を見つめ切ない表情を浮かべている。
3人ともしばらく使い物にはならなそうだ。
転生者の多大な影響力に内心で溜息を吐きつつ、
(なるべく巻き込まれないようにしたいです)
ヴァンシーは人生で初めて女神に願った。
ようやく少し恋愛が絡んできました。
ゆっくり更新!




