7.乾杯してよろしいか。
「アキラくん、ヨシノちゃん。今夜、歓迎会しても大丈夫?」
ヨシノへの業務説明中、不意に課長から声が掛かる。
「今夜ですか?」
直近締切の作業は無いが、残業して片付けたい業務がいくつかある。
「そんな嫌な顔しないでよ。局長がどうしてもヨシノちゃんの歓迎会をしたいと聞かなくて」
局長が若い女性と話をしたいだけか。
「私は大丈夫です」
主役のヨシノは参加可能と。開催は既定路線となった。
ヨシノの世話で通常業務が滞っているが、どうしても参加できない理由はない。
「30分一本勝負で何とかするから付き合ってよ。先輩として、かわいい後輩を局長の前に一人で晒すわけにもいかないでしょ」
「……分かりました。二次会はあっても参加しないので」
30分一本勝負が30分で終わったためしは無いが、もはや仕方無い。
「ありがと」
「場所はいつもの酒場でいいですか?4人なら予約も要らないですね」
「そうね。じゃあ定時になったら、みんなで出ましょう」
庁舎から徒歩5分の酒場のドアを開けると、20程あるテーブルの内、5卓が埋まっている。いつもの女性の店員がジョッキを運んでいる。
「いらっしゃいませ」
「4人でお願いします」
「お好きなテーブルにどうぞ」
店の奥の6人がけの長方形のテーブルにカバンを置いて席を確保する。
3人はまだ入口付近だ。局長はヨシノと頭一つ分の差があり、見上げながら嬉しそうに話している。
「局長はそちらに、ヨシノさんはその向かい側にどうぞ。課長は局長の横でいいですかね」
上座である壁側奥に局長を誘導し、その対面にヨシノを座らせて2人が話しやすいようにする。
自分は注文をしやすい下座だ。
「お飲み物はいかがされますか?」
全員が席につくと、間を置かずに店員が注文を取りにくる。
「とりあえずビールでいいですか?」
3人の顔から無言の肯定のサインを読み取る。
「ビール4つ、ジョッキでお願いします」
「喜んで!」
店員が気持ちよく返事をし、キビキビと歩いて厨房に注文を伝えに戻る。
「ビールお待たせしました!」
注文から1分程度で、冷えたビールが到着する。このビールを冷蔵保存する技術も転生者によってもたらされた恩恵だ。
「それでは局長から乾杯の音頭をお願いします」
「チョーダ局にヨシノ君が来てくれました。現場の最前線で本店では学べないことを経験し、今後の職務に生かしていただければと思います。もっとも、ヨシノ君は学生時代から冒険者としてギルドの依頼を多数こなしているので、利用者側の目線で……」
「局長、結婚式じゃないんですから、まずは乾杯しましょうよ」
課長が巻きを促してくれる。
「そうか? では、ヨシノ君、チョーダ局へようこそ。乾杯!」
「乾杯!」
3つのグラスが高い音を立ててぶつかる。俺は自分のグラスを他のものよりやや下側に軽く当てる。
うまい。労働後の一口目のビールはうまい。その後に上司の下らない自慢話に付き合うことが確定していたとしても。
「食べ物は適当に注文していいですか? 何か食べられないものとかありますか?」
メニューをめくりながら、俺は他の3人に問いかける。
「アキラちゃんのチョイスでよろしく」
「私は高タンパクのものが食べたい。あと梅は嫌いだ」
「串焼きの盛り合わせが欲しいな。あとサラダ。野菜を摂ってバランスのいい食事にしないとね」
局長が取分けに面倒なものをご所望だ。
「ヨシノ君は東都大の出身だっけ。I種の武官採用ということは武闘学部だよね」
「うむ」
ヨシノは局長でも、敬語を使わないのか。敬語を使うのはバトルで負けた人だけと。
しかし局長は気にする様子も無い。
道すがら話をして、既に慣れたということだろうか。
「僕も東都大の法学部出身なの。アオイ君も同じ。でも、武闘学部と他の学部はカリキュラムが違うからほとんど接点ないよね」
「武闘学部は座学が少なく、実習や遠征も多いのであまり他学部の知り合いはいない」
ヨシノが応答すると話が途切れる。
「……アキラ君はどこ大だっけ?」
「古都大学です」
この質問と回答は最低3回目だ。話の繋ぎに質問するのはやめてほしい。
「へー。西の名門じゃない。法学部? 経済学部? なんでキャリアの試験受けたら良かったのに。」
「法でも経済でもないです」
局長とのこのやり取りも何度か記憶にある。
「すみません。注文お願いします」
会話を切るためにも、手を挙げて店員を呼び止める。
提供が早そうなツマミ、ヨシノ用に鶏の唐揚げとオムレツ、局長指示の野菜サラダと串焼きの盛り合わせを注文する。
「ヨシノ君はキャリア試験の席次は何番だったの?」
「2番だ」
「それはすごいね」
局長が心底驚いた顔をしている。
自分が11番だったという自慢が、自慢にならなさそうだからだろう。
「ヨシノ君はどうして冒険者管理庁を志望したの? I種の武官の合格者で席次がそんなに上位なら、警務省とかに入省する人が多いけど」
「局長、今は人物本位の採用になっているので、大学名や試験の成績で人気の省に入れた昔とは違うんですよ」
課長が「昔とは」を強調して、局長を皮肉る。しかも、その昔であっても、局長は、試験の席次が上位にもかかわらず、志望者の少ないギル庁にしか採用されなかったという二重の皮肉でもある。
しかし、局長は気付いていないようだ。
「大学の時にギルドには世話になった。自分は、近視眼的な見方しかできず、全て力技で解決しようとしてきたのだが、ギルドの職員との関わりの中で、物事を多面的に捉えて、柔軟に対応することを学んだ。すると、それまで失敗続きだった依頼が達成できることが増え、冒険者として成長することができた。そういうギルドの職員になり、冒険者のポテンシャルを十全に発揮できるようにしたいと感じたのだ」
ヨシノが珍しく饒舌に喋りだす。
しかし本当か?
課長からは、確か『全部暴力に訴えていた』みたいな話を聞いたのだが。
課長を見遣ると、目線が絡む。
目が少し細められて、俺だけに聞こえる程度の声で
「個人の感想です」
と呟く。
「局長はなぜギル庁に入庁したのだ」
「えっ。僕?」
局長が戸惑いを見せる。
「私も局長の志望理由を聞きたいわ」
課長がにやつきながら、追い打ちを掛ける。この顔は既に回答を把握しているのだろう。
「国にしかできない社会のためになることを……」
「国家公務員ぽいところだと、外務省とか商務省とかの官庁訪問は回らなかったんですか?」
課長が被せ気味に質問する。
「ピクルスの盛り合わせと季節のサラダです!」
タイミングが良いのか悪いのか、店員が第一弾の食事を持ってきた。
「すみません。サラダ用に取皿をもう一枚ずつ貰えますか」
「商務省は面接は受けたのだ、双方に見解の相違があって……。いや、商務省は許認可権限や補助金を盾に自分達の思い込みだけで、経済を動かそうとして失敗ばかりだ。我々、冒険者管理庁は冒険者と依頼者のプラットフォームとして、社会に必要な機能を……」
酒場で他省庁の悪口を言うのは褒められたものではない。それ以上に、局長の話がつまらないので、サラダの取分けに注力する。
「依頼が増えれば増えるほど冒険者にとってもギルドの魅力が高まり、優秀な冒険者が登録されるようになる。そうすれば、依頼者にとってもギルドの価値が上昇する。このサイクルを正しく回していくことが我々の……」
局長、課長、ヨシノの順にサラダの小皿を目の前に置く。
課長は既に話半分でピクルスを手で摘んでいる。
ヨシノは興味深そうな顔で局長の話を聞いている。課長や俺は既に何度も聞いた武勇伝ばかりだ。次は商務省との折衝や20年前の法改正の苦労話あたりを語るのだろう。
「何だこれは」
フォークを手にしたヨシノが突然立ち上がる。
「ヨシノ君。どうしたんだね」
「このサラダに梅の気配がする」
自分のサラダを一口食べてみると、梅は入っていないが、シソのドレッシングのようだ。
「ヨシノちゃん、これは結構酔っているわね」
課長がポツリとつぶやく。
「顔色は全然変わっていないですよ」
「まあいろんなタイプがいるからね」
局長は狼狽の色を浮かべている。
「ヨシノさん、まず落ち着いて、とりあえず座って下さい」
俺の取りなしに、ひとまずヨシノは腰を下ろす。
「梅味のサラダなど許せない」
サラダが許可申請することはないし、そもそもシソだ。
「シソのドレッシングが苦手でしたか。口に合わないなら残しておいて下さい。そろそろ他の料理も到着しますよ」
ちょうど店員が大皿2つを持ってテーブルに向かってくる。
「唐揚げと串焼きの盛り合わせをお持ちしました」
テーブルに置かれた皿からは、脂の焦げた香ばしい匂いが漂う。
「とりあえず鶏の唐揚げを食べて落ち着いて下さい」
俺は空席にあった取皿をヨシノに差し出す。他のメンバーの取皿の交換はまだ大丈夫そうだ。
ヨシノは唐揚げを一口で平らげると、ビールを流し込む。
局長は落ち着きを取り戻したようだ。ただ自慢話を再開する勇気までは無いようだ。
「梅だけでなく、シソも苦手なんですね」
「これは梅とは違う食べ物なのか。この風味は梅だと思っていた」
「梅とシソは良く一緒に使われますが、シソは単独でも風味付けに料理に添えられますね。酒場の料理としては定番ですが、あまり酒場で飲み食いすることはなかったですか?」
冒険者だったのに、との言葉は飲み込む。
「ソロで依頼をこなしていたので、基本は実家で家族と食事を取ることが多かった。しかし許せない。これまでは森で梅の実を発見したときは全て切り落としてきたが、これからはシソというものも根絶やしにしないといけない」
それ農場でやったんじゃないだろうな。
ボルテージが上がるヨシノに対し、局長はまだオロオロとしている。
俺は串焼きを1本手に取り、余ったフォークで串から外す。串のレゾンデートルに疑問を感じるが、いつもの局長の好みの仕様だ。
3本目の串を外しつつ課長を見ると、笑顔でビールジョッキを傾けている。これは完全に面白がっている。
「肉を巻いている葉もシソなので、ヨシノさんは気をつけて下さい」
そう言って、俺は串を失った串焼き盛り合わせをテーブル中央に差し出す。
「何だと。もはやこれまで。厨房のシソを切り刻んでくる」
ヨシノが立て掛けている長剣に手を掛ける。
「それは料理人の仕事やろ!」
俺が突っ込むと、課長は笑いを堪えている。
「では燃やし尽くすか」
「尽くしはしないが、加熱するのも調理の手順や!」
「ならば捻り潰す」
「お客の口に入れば、咀嚼されるから心配いらんわ!」
課長は堪えきれず、腹を抑えて笑っている。
「ちょっとトイレに行ってくる」
局長は空気に耐えきれず、席を立つ。
「お待たせしました。オムレツです。ご注文は以上になります。追加は大丈夫ですか?」
入れ替わりで、オムレツが到着した。
「ひとまず大丈夫です。お冷を1つ」
「了解しました!」
水が到着すると、ヨシノの前に差し出す。
「タンパク源のオムレツも来たので、水でも飲んで落ち着いてください」
「かたじけない」
ヨシノはコップの水を飲み干すと、スプーンでオムレツの半分を自分の取皿に運ぶ。
取りすぎだが、局長も課長も少食だし、今日はヨシノの歓迎会だ。
「ふっくらとして、おいしいオムレツだ。梅もシソも入っていない」
「少しは落ち着いたかしら。酔っ払うと、攻撃性が高まるのかもね」
課長がオムレツの一欠片を取りつつ、ヨシノに声を掛ける。
「そうかもしれません。面目ないです」
そういう酔い方なのか。酔っ払ってデレるとかでも構わないのだが。
「攻撃するなら、局長をやっちゃっていいから。サンドバッグや巻藁とでも思って」
「分かりました」
「分かったらあかんわ!」
「そうなのか。局長は過去に名のある冒険者だったので手合わせもできるのかと思った」
課長が腹を抱えて笑っている。
「局長はもう上がりの年次か、良くても衛星軌道なのに、まだ本店に戻ることを諦めてないのよ。だから無茶な思い付きで成果を出そうとしてて、それが鬱陶しいのなんのって」
局長の思い付きが俺に降りてこないということは、課長がブロックしてくれているのだろう。素直にありがたい。
「だからヨシノちゃんは本気で切り刻んでも良いわよ。局長は、眠りのカザマとか、動かざることカザマの如しとかの二つ名で呼ばれている有名人なの」
「それは冒険者の渾名やのうて、ギル庁での蔑称やろ!」
「ほう。やはり局長ともなると実力を兼ね備えてるわけか」
「ヨシノも真に受けたらあかん」
「それにしても、局長がいないと、アキラちゃんの突っ込みはキレっキレね。もう局長はこのまま帰ってこなくていいわ。あいつ、本当は商務省に行きたかったけど、官庁訪問で採用されなかったから、ギル庁に来たのよ。だから商務省を目の敵にしてめんどくさいったらありゃしない」
「ギル庁は人気が無いですからね」
「そうなのか」
ヨシノが不思議そうに聞き返す。
「そもそもギル庁は『省』じゃないので格が落ちますからね。予算も権限も人員も少なくて、各種の商業を所管する商務省なんかとは比べ物にならないですよ。当然、公務員志望者からの人気も無く、試験合格した後の官庁訪問でも第二希望以下のことがほとんどでしょう」
だからこそ俺のような志望者を採用してくれた訳だ。
「課長はどうしてギル庁を志望したんですか?」
「ははは。数年前のことだから忘れちゃったわ」
「桁が足らへんわ! 痛っ」
テーブルの下で課長にスネを蹴られた。
「まあ私も大学時代にバイトで冒険者をちょっとやっていて、その縁もあってね。あと、私は、補助金や規制で国民を縛るよりも、民間の力を活かす方が性に合ってると思ったの。大規模なギルドのネットワークを効率的に運営するのは、国でしかできないと考えてもいたし。将来的には民営化してもおかしくはないけど」
課長が珍しく語っている。
「課長も冒険者だったんですね。帝都大の武闘学部以外で冒険者をするのは珍しいですね」
「危険もあるけどバイトの割はいいからね」
噂によると課長は苦学生だったようだ。
「職業は何ですか?」
「魔法使いよ。後衛職だから前衛のヨシノちゃんと相性は良いでしょ」
「そうですね。私は、強化系の魔法と回復魔法も習得しているのでソロでも完結できるのですが、遠距離攻撃系と組むと更に安定しますね」
「最近は鍛錬していないから、もう実戦は駄目ね、私は。魔法は日々の鍛錬を怠ると、威力も精度も落ちるのが激しいのよね。もう10年以上攻撃魔法は使ってないから、小さなファイアーボールを1メートル飛ばすのがやっとよ。二日酔い対策に回復魔法はよく使っているけど」
ギル庁らしい会話で盛り上がっている。
ふと周りを見ると、トイレに続く廊下から局長がこちらの様子を窺っている。
小心者なので、雰囲気が落ち着いているかをチェックしているのだろう
「そろそろ局長が戻って来そうですね」
目線を局長に向けながら課長に呟く。
「ずっとトイレに籠っていてもいいのに。どうせ『あれは俺がやったんだ』というアレオレ詐欺か職場の噂話くらいしかしないんだから。ヨシノちゃんは、適当に『さしすせそ』で返事しておけばいいから」
「『さしすせそ』って何ですか?」
「『さすがですね』、『知りませんでした』、『すごいですね』と後は何だっけ。『せこい』、『そんなばかな』とかかな」
「後半が適当過ぎや。新人が本気で使ってまうで」
ヨシノは言われたことを真に受けがちだ。
「そんなばかな」
課長が大げさに驚いた風に声をあげる。
「何で自分で使ってんねん!」
「もう局長呼びますよ。飲み物おかわりされる前に、残りのご飯を食べてさっさとお開きにしましょう」
局長に向かって大きく頷き、テーブルが落ち着いていることを知らせる。
「そうね。30分は過ぎちゃったけど、早めに締めましょう。今の時間ならアキラくんのお家もまだ大丈夫でしょ。じゃあアキラくん、悪いけど、お会計してきてくれる。精算はまた明日で」
「さすがですね」
「そういうのいいから」
課長が笑いながら手を払って、俺に会計を促す。
「すみません。先にお会計お願いします!」
店員に声を掛ける。
「ありがとうございました!」
テーブルに歩いてくる局長が何やら呟いていたが、店員の応答にかき消される。
顔の火照りから自分が微酔いであることを自覚する。会計の前に多少は酔いを覚ましておきたい。俺は右手を首に当てて、脈動を意識する。




