表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

10.報連相をさせてよろしいか。

8話から12話までが一連のストーリーとなります。

「ついに手にした発毛性、夢見た髪の再活性、私の魅力も起死回生、髪さえあれば画竜点睛、新たな私のバースデイ、いつでも歓迎エロい女性」

 ミカエルがフラスコを懐から取り出し、中身の液体を飲み干す。

 

「ひんやりとして美味しいですね。あぁ、みなぎってきましたよ。これで私の念願が、悲願が叶う。取り戻す、失われた青春をぉぉぉぉぉ」

 ミカエルが文字通り一回り大きくなる。筋繊維が急激に肥大する。

 上半身の服は千切れ飛ぶ。


 膨れ上がった筋肉そして頭部から、毛が生えてくる。最初は斑で、産毛のようなうすい体毛が、見る間に30センチ程度まで伸びる。檻の中のクロードと同じだ。


 

「神は私を見捨てていいなかった」

 ミカエルは頭頂部の毛髪を擦りながら、祈りでも捧げんばかりだ。


「実験は成功です。それでは後始末を始めましょう」

 

 ドゴッ。鳩尾に激しい痛みを受ける。

 バキッ。直後、背中にも何かが当たる気配がする。


 眼の前が一瞬真っ暗になるが、段々と明るくなる。太陽の下に出たようだ。

 ミカエルの拳を受けて、吹っ飛んだ俺の体は壁を突き破った。

 暗がりの中でミカエルの動きは全く見えなかった。


 鳩尾は痛むものの動けない程ではない。レザーアーマーに感謝か。

 背中も軽い打撲程度だろう。


「うっ」

 うめき声に振り返ると、後ろにヨシノがいる。

 ヨシノは俺の右側にいたはずだ。庇われたということか。



「おっと、力余って外に突き出してしまいましたか」

 ミカエルが壁の穴から修練場に出てくる。


 

 どうする。

 警務省に緊急参集を依頼するか。バネッサの詰所はどこだったか。

 この際、冒険者でも誰でもいい。とにかく人を集めないと。

 

「無駄ですよ。バネッサのギルドは町の外れにありますし、試験や鍛錬もやっているので付近も物音に鈍感です」

 ミカエルの妙に回る頭が疎ましい。


 

 考えろ。

 いつもの小役人の仕事だ。

 達成すべき目的、相手の行動様式、考えられる選択肢、手持ちのカード。これらを前提に、手順と優先順位を考えるだけだ。

 腹部の痛みはあるが、思考は可能だ。

 


 身動きできない受付嬢、マヒした部下、檻の中のクロードも一応。こいつらの生命が最優先。だが、3人の退避をミカエルが黙って見ているはずがない。

 レザーアーマーは心強い。頭さえ守れば即死は免れる。

 長剣が1本。だが俺の技量ではミカエルに通じない。

 右腰の道具袋には最低限の出張の準備だけ。薬も入っていない。


 この状況からミカエルを制圧するだけの手札があるか、手札をどう切るべきか。

 



 

「おい。しゃべらんでええから、首を振って答えろ」

 後ろのヨシノに相対し、至近距離で目を見つめる。

 ヨシノが首を縦に振る。


「動けるか?」

 首は横に振られる。

 

「マヒ毒か?」

 首は縦に振られる。


「自分でマヒの治療魔法をかけられるか?」

 首は横に振られる。

 右手の親指と人差指を近付け、ヨシノは『もう少し』のジェスチャーをする。

 マヒで集中できないか。

 

「ええか。俺の言う通りにせえや。これからお前は……」

 俺は右手でヨシノの首に触れる。手のひらにひやりと冷たい感触。しかし脈拍は早い。

 同時に、左手でヨシノの剣を抜く。細身ではあるが、重量感がある。

 刀身はヨシノの髪と同じように赤みを帯びている。



「……。俺は今から……や。なるはやで頼むで」

 ヨシノは力強く首肯する。 




「うぉぉぉぉ」

 俺は自分を奮い立たせるために気合を入れると、両手でミカエルに駆け寄って斬りつける。

 上段からの右袈裟斬りに見せかけて、走り抜けながら左足のアキレス腱を狙う。


 だが、走りながらでは狙いは定まらず、ふくらはぎに剣が当たり、そして弾かれる。

 硬い。

 しかも毛が邪魔でうまく斬れない。



 両手が痺れて、柄を握るのでやっとだ。弾かれた拍子に、来た方角に剣を投げ出す。

 

「ノンキャリの事務官が慣れないことをするものではありませんよ。もっとも、まさに毛ほども痛くありませんでしたが。ぐわはは」

「心配すんな。今から尻の毛まで全部むしったるわ。特に頭の毛は二度と生えてこんように念入りに焼き尽くしたるわ」

 

 俺は間合いを外すように、ジリジリとギルドの庁舎の方向に後ずさる。横目で確認すると、支部長室の扉まで20メートルくらいか。



「下品な物言いですね。まさに怒髪天を衝くところでした。しかし心配ご無用。私の髪は何度でも蘇りますよ。不死鳥のように」

 ミカエルが大きく手を広げて、鳥のようなポーズをとる。だが、体型からすると土俵入りだ。


「じゃあ、お前の髪が成仏できるように薬の元から断つで」

 俺は言い終わらないうちに、支部長室に向かって走り出す。


「あっ、おい、ちょ、待てよ」 

 今のミカエルの反応で確信が持てた。



 支部長室にたどりつくやいなや、入ってきた正面の扉ではなく、右手の扉を蹴破る。

 むせ返るような緑の香りが鼻を突く。


 部屋の机には、フラスコ、ビーカー、メスシリンダーなど、大小様々な実験器具がある。原材料と思しき草も散らばっている。

 書棚には、薬草や魔法関係の書籍や実験記録のような無地の本が詰まっている。これも大事だが、周りを見渡しあれを探す。


 見つけた。部屋の隅に1辺50センチほどの白い箱がある。微かな魔力を感じる。魔力で稼働する転来品の冷蔵庫だ。

 箱の前扉を開くと、冷えた空気が流れ出す。内部にはラベルが貼られた5個のフラスコ、フラスコの中には緑色の液体が半分くらい充たされている。


「なぜここに薬があると分かったのです」

 ミカエルが部屋の扉に立ちふさがりながら、問いかける。


 何故わかったか。仮定に仮定を重ねた上の勘でしかない。

 答える義理はないが、会話で引き伸ばすか。

 

 駄目だ。

 俺の背後に窓があり、修練場の様子が丸見えだ。

 更に俺にヘイトを向けさせる必要がある。

 最後の手段を採るしかない。 




「1級監察官として、違法薬物の製造・使用、監禁、ギルドの私的利用などの疑いで調査を行う。調査の一環として、これらの薬品を押収する。これが辞令だ」

 俺は道具袋から1枚の紙を取り出し、左手でミカエルの目前に示す。

 


「……。ほう1級監察官ですか。それは恐ろしい」

 ミカエルは一瞬驚いた表情を見せるが、いつもの慇懃無礼な態度に戻る。


「どうしましょうかね。そうだこうしましょう」

「あぐっ」

 ミカエルの右手が辞令ごと俺の手をを鷲掴みにする。爪が腕にめり込む。



「これで辞令もなくなりました。まさに危機一髪。ぐわはは」

 ミカエルは左手で頭髪を愛でている。


「何を勘違いしているのだか、印籠じゃないんですから、そんな紙切れ一枚に今更ビビるわけないでしょう」

 そう、実は辞令に意味は無い。辞令の提示は調査の要件ではない。


「さっさとノンキャリを処理して、メインディッシュに行きましょう」

 ミカエルがニヤリと笑い、左手を振り上げる。


 

 俺は道具箱からアロマオイルの瓶を取り出し、右手一本で蓋を開ける。そして、中身をミカエルの頭にぶっかける。


「なんだこれは」

 ミカエルは左手で頭の様子を探っている。

 しかし右手は俺を離さない。残念ながら目潰しにもならなかったようだ。


「課長からのお土産を忘れてたわ。課長がお前によろしくとさ」

「本当ですか。確かに良い香りですね。まるでアオイちゃんの胸に抱かれているかのような心地よさが……」

  

「嘘に決まってるやろ。ファイアーボール!」

 俺は魔力を右手に集中させて、ミカエルの頭を狙って火球を放つ。

 3年ぶりで魔力の収束が遅い。火力も弱すぎる。

 が、脂ぎったカエルの頭を至近距離で燃やす程度には十分だ。



「うぎゃー。私の髪が、髪が」

 それにしても燃えすぎちゃうか。課長のアロマオイル大丈夫か?

 ミカエルが両手で頭を叩いている。俺の左腕も解放される。

 毛玉の塊に手が生えて、自分の頭を殴る光景は滑稽だ。

 

 ひとまず外に退避するか。


「許さん!」

 ミカエルの叫び声を耳にするやいなや、不意に天地が逆転し、背中に鈍い痛みが走る。


「かはっ」

 息ができない。肺が消失したかのような錯覚に陥る。

 眼の前が一瞬暗くなり、段々と視界が戻る。

 


 俺が今いるのは修練場だ。壊れた窓からミカエルが身を乗り出してくる。


 とにかく距離を取らないと。

 右膝を立てて、走り出そうとする。しかし、左側にバランスを崩し、倒れ込む。

 左足のくるぶしからふくらはぎにかけて、握られた跡がくっきりと浮かび、爪痕の4箇所から出血している。


 ようやく自分が左足を掴まれて、窓から投げ捨てられたことを理解する。同時に全身の痛覚が再稼働を始める。


 まずは息を整えなければ。浅く息を吐くと、その反作用で肺に酸素が流れ込む気がする。

 牽制する手段は無いか。道具袋を探るも、筆記用具程度しかない。

 攻撃魔法を撃つか。この状態で魔力を練られるか? ブラフにはなるか?

 回復魔法を使うか。どの程度治療できる?


 ミカエルが怒りに燃えた目で一歩一歩近づいてくる。

 頭髪は黒く炭化し、ところどころ縮れた塊が付着している。

 茹ガエルならぬ焼ガエルの様相だ。



「流石支部長、前衛的なヘアスタイルですね。ある意味で蛙化ですわ。おっと、もとからカエルでしたっけ」

「殺す。殺す。殴って殺す」

 もはや言葉も通じない。


「頭を殴って殺す。胸を殴って殺す。腹を殴って殺す」

 もはや大股10歩程度の間合いにミカエルがいる。

 


「すまん。帰れそうにあらへん」

 俺はどことなく呟く。これが辞世の言葉になるのか。


★敬語★

「お待たせしました」

 ヨシノが背後から現れる。手には俺の投げた長剣を携えている。

 発語ははっきりとしているが、顔色はやや青白い。髪と刀身の赤に対し顔と鎧の白がコントラストになっている。

 

 唇は血の気を取り戻し、緑色に光っている。

 緑色? お前の血は何色だ?


「もう任せてください。むしゃむしゃ」

「なんで食いながらやねん!」

 緑色は幸いにも唇ではなく、唇に貼り付いた草だ。

 

「ついつい止まらなくて」

「お前、もう少しはよ駆けつけられたんちゃうやろな?」

「……」

 ヨシノは黙って、否定しない。

 ふざけるなよ。窓が派手に割れる音とかしたやろ。



★敬語★

「助かりました。ありがとうございました。まずはこのカエルを何とかしますね」

 話を逸しやがった。

「気をつけろよ。力とスピードは化け物じみているぞ」

「大丈夫です。問題ありません」


「男を殺す。女も殺す。みんな殺す」

 ミカエルは一瞬ヨシノに気を取られたが、再度歩みを進める。

 

「片付けてしまって構いませんでしょうか。ごくっ」

 おい、最後に飲み込む音がしたぞ。


「死なない程度にしばいたれ」

「承知。消し炭にする」

 言うが早いか、ヨシノはミカエルに駆け出す。

 いや、火葬しろとまで俺は言っていない。



「髪への執着、意味不明、考え方が荒唐無稽、ツルツル頭のすべり芸、単なる加齢と不摂生、年相応の正比例。髪に憑かれた亡霊に、見せてあげよう死兆星」

 ヨシノが一気に捲し立てる。

 えらい滑らかにしゃべったけど、これ考えて時間かかったんちゃうやろな?


 

 喋り終わると、一転してヨシノがミカエルに突進する。



「鳳凰昇天撃!」

 下段から跳ね上げた長剣は炎を纏い、ミカエルの腹部を切り裂く。同時にミカエルの体が燃え上がり、そのまま吹っ飛んで庁舎にめり込む。

  


「煉獄焦熱刃!」

 上段に構えた剣先の周囲に赤黒い闘気が広がる。その範囲は半径1メートル程に達した時、ヨシノは倒れたミカエルに剣を振り下ろす。切っ先自体はミカエルに触れていないが、闘気が5メートル四方に広がり、建物もろともミカエルを熱気で押しつぶす。

 ミカエルは仰向けに倒れたまま微動だにしない。

 

 ヨシノは大きく一歩下がり、距離を取る。

「はぁー!」

 やや前傾の中段の構えで気合を入れる。

 まだやんの? 相手は意識無いっぽいんやけど。


「双竜衝波斬!」

 切っ先に青白い闘気が収束し、竜に見えなくもない。

 ヨシノは小股で左足を踏み込み、遠間で突きを繰り出し闘気を放つ。さらに右足を踏み出し、突撃を重ねる。二回の闘気はらせん状に絡まり合い、ギルドの建物に大穴を穿つ。

  

 対空迎撃、広範囲殲滅、突進貫通と。派手なものを見せてもらった。


「1人で判断せずに、ほう・れん・そうですね。新人の基本です」

 ヨシノは剣を鞘に収めながら、振り返って俺に笑いかける。


 

 轟音に誘われて、流石に人が集まってきた。警務省の制服を着た集団もいる。

 ひとまず俺達の生命の危機は脱した。


 安堵する気持ちで緊張が途切れたか、痛覚がぶり返してくる。左手、左足、腹部、背中。控えめに言っても満身創痍だ。呼吸も浅く、早い。

 しかし痛みが鈍くなってくる。回復の傾向ではない。感覚が鈍くなっているだけだ。意識が混濁する。残業で徹夜明けの午後3時のような眠気だ。


 まだ意識を失う訳にはいかない。

 

 建物の消火と避難誘導。

 受付嬢の保護。クロードは多少放置でも構わないか。

 薬品の現物ほか証拠を確保しないと。

 報告書の構成をどうしよう。

 警務省への説明はどの程度に抑えるか。

 課長に第一報をしないと。

 家に帰らないと。

 

 家で待っている……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ