second day
昨日とはうって変わって、目の覚めるような青空。
梨花と友美は朝から張り切って海へでかけた。
「悠奈も、潜らなくてもせめて泳いだら?」
「ううん。今日も散歩に行く」
「また?面白いところでもあった?」
「・・・うん」
「3時の船で本島に戻るからね。2時半には宿に戻ってきてね」
「うん」
私は、坂道を下り海へ向かう二人を見送ると、
昨日と同じように坂を上り始めた。
何してるんだろう、私。
また、藤城さんの所に行こうとしてるの?
行ってどうするの?
藤城さんが言っていた「ユウ」さんという人を思い出す。
きっと、藤城さんはユウさんのことを好きだったんだ。
私と顔も名前も似ているユウさん。
でも、中身は私とは全然違うという。
それって・・・
藤城さんは私の中身は全然好きじゃないってこと。
それなのに、どうして私はまた藤城さんのところに行こうとしてるんだろう?
答えが見つからないまま、私はまたガラス工房へ辿りついた。
そっと中を覗きこむと、藤城さんの背中が見えた。
今日は白いTシャツを着ている。
工房の中は炉があるからかなりの高温で、
昨日もそうだったけど、今日も藤城さんは汗だくだ。
藤城さんはTシャツの胸の部分をくいっと掴み、
顎から落ちる汗を拭いた。
Tシャツが背中に張り付く。
・・・え?
その時、Tシャツを通して何か模様が浮かび上がった。
動物みたいだ。
・・・虎、かな・・・?
最初は深く考えなかった。
でも・・・
あれって、藤城さんの背中に模様があるってことだよね?
背中に模様って・・・
刺青?
まさか。
「白木さん?」
私に気づいた藤城さんが、
窓越しに私に近づいてきていた。
「あ・・・おはようございます・・・」
「おはよう。また迷子?」
藤城さんが愉快そうに言う。
「いえ・・・今日も見ていてもいいですか?」
「え?あはは、物好きだな。いいよ」
私は昨日と同じ場所に座り、藤城さんの背中を見つめた。
さっきのは、本当に刺青だったのかな?
しかも虎の刺青。
シールのタトゥ感覚で刺青をする人っているけど・・・
そんなんじゃない気がする。
そう言えば、藤城さん、3年前まで東京にいたって言ってた。
何をしてたんだろう?
どうしてここに引越してきたんだろう?
頭の中にいっぱい疑問が浮かんできた。
だけど、そんな私に気づくことなく、
藤城さんは一心に溶けたガラスを操る。
・・・すごいな。
本当に器用。
どうしてあの真っ赤に溶けたガラスが、
あんな綺麗な芸術品になるんだろう・・・
私は、いつの間にかユウさんのことも刺青のことも全て忘れ、
昨日と同じようにその手先に見入っていた。
藤城さんと私はまたあの定食屋でお昼ご飯を食べ、
工房へ戻った。
「藤城さん。私、もうすぐ戻らないといけないんです。3時の船で・・・」
「東京に帰るのか?」
「・・・はい」
帰りたくない。
「そっか。ちょっと待ってて」
そう言うと、藤城さんは工房の奥へと入っていった。
帰りたくない・・・って、
帰らずにどうしようっていうんだろう、私。
私は苦笑した。
東京には家族がいるし、仕事だってある。
でも、ここには私を必要としているものは何もない。
私がここにいても仕方ない。
そう、ここには、何も・・・
「はい。これ、お土産」
戻ってきた藤城さんの手には、小さなガラスの天使があった。
色は何もついてないけど、
その表情を見ていると、
きっと頬は赤く染まってるんだろうな、
って気がしてくる。
そんなかわいらしい天使。
「昨日の夜に急いで作ったから、こんなんだけど。よかったらやるよ」
「え?」
「昨日白木さん見てたから、こんな感じの人形になった。俺の中の白木さんのイメージ、かな」
藤城さんは照れくさそうに頭を掻いた。
「・・・」
私は受け取った天使を見つめた。
これが?
こんなかわいらしい天使が私?
思わず頬が赤くなる。
きっとこの天使もこんな頬をしてるんだ。
「あの・・・ありがとうございます・・・凄く嬉しいです」
「うん・・・元気で」
「はい・・・藤城さんもお元気で」
私は何度もお礼を言って、工房を後にした。
「悠奈!早く!船、出ちゃうよ!」
「うん・・・」
まだ陸にいる私を、船の上から友美がせかす。
私は後ろ髪を引かれる思いで、何度も振り返った。
もうこの島を離れないといけない。
いやだ・・・
でも・・・
私は藤城さんに貰った天使を手の中でそっと握りしめて、
船に乗り込んだ。
「あっと言う間の沖縄旅行だったねー」
「うん!潜れてよかった!」
二人は嬉しそうにはしゃぐ。
でも私は黙ったまま。
どうしよう。
船が出たらもうここには来られない。
私は手の中の天使を見た。
閉じられた瞳、
小さく開かれた丸い口、
悩ましげに傾げられた首、
胸の前で合わせられている両手。
いいの?このままで本当にいいの?
そう言っているよう。
「ちょっと悠奈!?」
「ごめん!先に行って!」
「先って・・・」
気づいたら私は船から下り、坂道を駆け上がっていた。
何してるんだろう?
でも、このまま帰るなんてできない!
私は走りながら坂の上を見た。
・・・え?
坂の上から藤城さんが走り下りてくるのが見えた。
手には何故かバスタオル。
藤城さんは、ハアハアと息を切らせながら私の前で立ち止まった。
「藤城さん・・・?」
「よ、よかった。濡れてない」
「え?」
「いや・・・船から海に飛び込んだりしてるんじゃないかと思って・・・」
どういう意味?
「ユウなら・・・ここにいたいと思ったら、後先考えずに海に飛び込んででも戻ってくるからさ」
・・・どういう人なんだろう、ユウさん。
「私、ユウさんじゃありません」
藤城さんは、一瞬息を飲み・・・
それから微笑んだ。
「そうだよな。白木さんはユウじゃない・・・悠奈だ」
「・・・はい」
藤城さんはそっと私を抱き寄せた。
「だから、一度ちゃんと東京に帰ろうな」
「・・・」
「いつでも来ていいから」
涙ぐむ私を見て、藤城さんはまた笑った。
「待ってるから」
「・・・はい」
私達は、手を繋いで、
坂を走り下りて行った。
僅か2話の短いお話ですが、読んでくださった方、ありがとうございます。
こちらは「18years」というお話の番外編です。
ご興味のあるかたは、本編の方もちょっと覗いてみてやってください。