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聖剣が長過ぎて三年引っ張ってもまだ全部抜けません。

作者: しいたけ

 ある朝、老婆がいつも通り畑へ向かうと、キラリと光る物が見えた。聖剣だ。

 聖剣は畑の真ん中に、地面へ突き刺さるように植わっており、両隣の大根は引き抜かれるのを今か今かと白くその身を光らせている。

 老婆は先に収穫を終わらせ、最後に残った聖剣をどうしたものかと、ゆっくり腰をかがめて考え始めた。


 太陽が本格的に昇り始め、老婆は持ってきた水筒の水を一口飲むと、覚悟を決めたようにその聖剣の握りを両手で掴んだ。

 大根を引き抜くよりも軽い手応え。ゆっくりとした速度で聖剣を持ち上げるが、老婆の両手が上がりきっても、その剣先は未だ土の中から見えずにいた。


 随分と長い剣だなと、老婆は一度手を離した。

 軍手を二枚重ねにし、地面ギリギリの箇所を優しく掴み、ゆっくりと持ち上げた。

 それ程力を使わない事を確信した老婆は、またしても上まで手を持ち上げたが、またしてもその剣先を見ることは叶わなかった。


「あかん、明日にしよう」


 日が高くなってきたのを見た老婆は、収穫した野菜の入った籠を背負い、自宅へと戻った。




 ──翌日、聖剣の前でイノシシが真っ二つになっていた。老婆はすぐに何が起きたのかを察した。

 畑荒らしのイノシシが居なくなり、ホッとする反面少しだけイノシシに同情をした。


 畑の手入れを終え、日がまだ低いことを確認した老婆は、またしても聖剣の引き抜きを試みた。

 聖剣はさほど力も要らず、すいすいと引き抜くことが出来た。だが、いくら引き抜いても終わりが見えない。

 二度三度、四度五度と引き抜いたところで、聖剣の握りが自宅の屋根を越えてしまった。

 老婆は路傍に落ちていた手頃な細い丸太を聖剣で真っ二つにすると、聖剣の剣身を挟むようにし、それを紐でしっかりと固定した。

 これで誰かが怪我をすることも無いだろう。老婆は安心して自宅へと戻っていった。


 自宅の二階からは、聖剣の握りがよく見えた。

 見れば見るほど不思議な聖剣を、老婆は次第に愛くるしい孫のように思えてきた。



 ──それから三日程が過ぎると、聖剣は近くの家からも観測できるようになっていった。

 何事かと心配した住人が老婆の下を訪れたが、その誰しもが畑に植わった聖剣を見て、驚いた。


 村の子ども達が興味を示し、聖剣の周りで遊び始めたので、老婆はやがて畑の周りに柵を作った。


 村の広報担当が取材へ訪れもした。老婆は好きに撮影を許し、聖剣を引き抜く作業も目の前で見せた。


 もしかしたら聖剣が倒れてくるのでは? と、誰とも無く心配の声があがった。老婆は聖剣の刃を横から思い切り丸太で殴りつけ、びくともしない聖剣を見せてその心配を払拭した。

 老婆はその日から、聖剣の握りにチェーンを結びつけ、毎日引き抜きが終わる度にチェーンを伸ばし、地面に固定することにした。

 引き抜くことは容易でも、押し戻すことは出来なかったので、屋根に上りチェーンを投げつけ何とかギリギリ届いたので、思い付いて良かったと、垂れた胸をなで下ろした。




 ──老婆が畑から見上げても、近くの家から見上げても、隣の村から見上げても、握りが全く見えなくなった頃に、城から兵隊がやって来た。

 既に引き抜きを始めてから、三年が過ぎようとしている。


「聖剣を引き抜き、魔王討伐に御協力を……!!」


 しかし老婆は、魔王がイノシシみたいに突っ込んでくれないとどうしようもない。としか言わず、黙々と聖剣を引き抜き続けた。

 兵隊も引き抜きを手伝おうとしたが、いくら兵隊が力を込めても、聖剣はびくともしなかった。

 やがて兵隊は諦め、城へと帰っていった。




 ──ある日、老婆は重い手応えを感じた。

 いくら聖剣に力を込めようとも、聖剣はそれまでするすると引き抜けていたのが嘘のように、僅かにしか引き抜けなくなってしまった。

 まるで誰かが上から押さえているのではないか? 老婆はそんな気がして、すぐに予備の水筒を肩にかけ、聖剣の握りから地面へずっと伸びているチェーンを登り始めた。


 登ると言っても、サルみたいに登るではなく、チェーンに仕掛けて登る、小型の昇降機を取り付けたのだ。ゆっくりだが、老婆の力でも確実に登ってゆく昇降機。

 老婆は時折休憩を挟みながら上を目指した。


 雲の上へ顔を出すと、空の住人が不思議そうな顔で老婆を見た。住人達はある日雲から生えた隣の家の筍みたいに、聖剣をどうしたものかと忌々しく思っていたようで、老婆が事情を説明するとすぐに理解を示してくれ、老婆は安心して自宅へと戻っていった。




 ──老婆は十年、毎日欠かすこと無く聖剣を引き抜き続けた。

 調子の良いときは昼まで引き抜き続けた。

 しかしそれは老婆の命が尽きても尚、終わりが見えることは無かった。


 老婆は聖剣のすぐ傍に安置された。

 老婆は今でも植わり続ける聖剣を見上げている。


 ──ゴンッ!!


 老婆の墓の上に人工衛星の燃え残りが落ちる。

 世界各国が聖剣を回避するようにと、人工衛星の軌道を変えた。


 ──ゴリゴリゴリ……!!


 中秋の名月。そのど真ん中からぱっくりと二つに割れた月。

 その衝撃は聖剣を伝わり、地球規模で異変が起こった。一番大きかったのは地球の公転軌道がずれた事だった。

 このままでは地球は太陽から大きく離れ、地球が寒さで凍り付いてしまう。

 魔王はすぐに人類と和平を結び、解決に向かって話を進め始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか壮大なお話に!
2022/11/11 18:58 退会済み
管理
[良い点] のんびり読んでいたのに「垂れた胸をなで下ろした」でぷひょっとなってしまったのです。 [気になる点] お婆さん、微妙に心残りのままに天寿を全うしてしまいましたね…。 [一言] なるほど、コレ…
[気になる点] 結局、聖剣は何kmくらいあるんでしょうか?ちょっと人工衛星からの画像が見てみたいです。
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