>> ヒロイン視点
自分が転生者だと気付いたのは聖女の力に目覚めた時だった。
孤児の私が孤児院でこの力に目覚め、慌てて連れて行かれた教会で聖女だと言われて拝まれて、気付けば領地の領主の家の養子になっていた。
なんで男爵領なのよ!、とムカついたけど、その名前が『チャル男爵』だと聞いて、自分の名前が『ネフィー・チャル』になった事で完璧に前世の記憶を思い出した。
この世界が前世でやり込んだ乙女ゲーム【聖女の愛は真実の愛です♡】略して【聖真】の世界で、私がそのヒロインの聖女ネフィーに生まれ変わっているという事を。
それに気付いた時、私は飛び跳ねて喜んだ。
孤児院では変な髪だとバカにされたパステルピンクの髪。
周りから何を言われようとも一切切る事なく伸ばし続けて良かった……。その事ももしかしたら私が無意識にこの世界が【聖真】の世界だと気づいていたからかもしれない……。長い髪は貴族の女性の特徴でもあるから……。私は無意識に自分が『貴族の令嬢』になる存在だと自覚していたのかもしれない。
パステルピンクの可愛い色の髪に天使の光を思わせる金色の瞳の色。孤児院の中でも自分が異色の可愛さを讃えている事は分かっていた。こんな私が人攫いに遭わなかったのもこの可愛さのお陰。周りの大人たちが全力で私を護り見守ってくれた。
そして成長した私は可愛さをそのままに美しい女性の身体へと進化した。
少し垂れ目な目元と小さな……何も付けていないのにピンク色のぷっくりとした唇が、見た人全ての庇護欲を唆り、声は聴いた人の心を癒やす小鳥のような音色。孤児だったとは思えない白い肌にほっそりとして艷やかな手足……。
完璧な美少女で聖女な私。
この世界が乙女ゲームの世界で私がヒロインなら、このゲームを完全攻略して私がこの国の王妃になるの。
◇ ◇ ◇
学園に入学したら乙女ゲームスタート。
傲慢鬼畜な悪役令嬢からイジメを受けるのは怖かったけれど攻略対象者たちと会える事の方が楽しみだった。
私の一推しはやっぱり第一王子のヘリオッド・ル・ユリゴア様♡
王子のイメージそのままにキラキラと輝く金髪の髪に空のような青い瞳。正義感が強く、乙女ゲームでは一番落とせない男として有名だった。
何故なら【聖真】は『真実の愛とか言ってるけど婚約者が居るのに他の女と親密度上げてる時点で浮気じゃん』という風潮の中で生まれた『ゲーム後半で攻略対象者が婚約者と婚約解消した後ヒロインと恋愛感情を深める』ちょっと異色の乙女ゲームだったから。
攻略対象者が婚約者と婚約解消するまではあくまでも友人としての距離を保ち、贈り物も意識して触れ合う行為もない。互いに惹かれ合いながらも一定の距離を保つヒロインと攻略対象者の偶然触れ合ってしまった手のシーンにどれだけ悶絶した事か……。
攻略対象者たちは自分の婚約者に恋愛感情は抱いていなかったけど貴族の令息として家の契約を守って婚約者への礼儀を尽くすの。でも婚約者の令嬢たちは悪役令嬢リゼリーラの言葉に従い聖女を虐め追い詰める。そんな最低な婚約者たちに心を痛め、遂には婚約解消してしまう攻略対象者たち……。そんな彼らに優しく寄り添い励ますのが聖女ネフィーなの……。
第一王子であるヘリオッド様は最低鬼畜女のリゼリーラをどうにか止めようと最後まで頑張ってリゼリーラに寄り添おうとするけれど、リゼリーラはそんなヘリオッド様を浮気男と責め立てて傷付けるのよ……。リゼリーラは自分がヘリオッド様を傷付けて婚約解消されたのにそれを逆恨みしてネフィーの所為にしてブチ切れるんだから本当に質が悪い!
自分の性格の悪さを自覚せずにヘリオッド様が自分に惚れてると思ってヘリオッド様を自分の下僕の様に扱うリゼリーラを私は許せない!!
きっとこの世界のヘリオッド様もリゼリーラに虐げられてツラい日々を送っているんだわ……。
早く……早くお会いして私がみんなを助けて上げなくちゃ!!
この……みんなを癒やす聖女の力と可愛さで、絶対に悪役令嬢を打ち負かしてやるんだから!!!
そんな気持ちで挑んだ学園生活のなんと平和な事か……。
悪役令嬢なはずのリゼリーラ・バラディナ侯爵令嬢は友人たちに囲まれて幸せそうに微笑み、彼女の婚約者を嫌々やっているはずのヘリオッド様は他の女生徒へ一切微笑む事もなく、それどころか近寄る事も避けて自分の婚約者であるリゼリーラの側で彼女を見つめながら微笑んでいる。
その他の攻略対象者たちも自分の婚約者と楽しそうに談笑してたりするし。聖女の私を気にして話しかけてくれる大司教の長男、少し長めの水色の髪を右側だけ耳に掛けてそこから覗く黄緑色の綺麗な瞳のイルド・ミンディ侯爵令息もまた、私の事を本当にただ『上からの指示で世話をしなくちゃいけない聖女』としか見ていない目で見てくる。
おかしくない??
こんな可愛くて美しい女を前に攻略対象者である令息たちが誰一人寄ってこないのよ???
私、ヒロインなのにおかしくない????(°口°)
◇ ◇ ◇
もしかしてこの世界は【聖真】の世界じゃないのかも????と思ったけれど、同じ名前で姿も声も同じな主要キャラが全員居るんだから間違ってる訳ない。
ならなんで????
そこまで考えて私はハッとした!
小説とかでよくあったじゃない!悪役令嬢転生モノ!!悪役令嬢に転生した人たちがゲームの世界をグッチャグチャにして最後にはヒロインを退場させて悪役令嬢が幸せになる胸糞話!!!私アレ大っ嫌いだった!!!
ゲームという舞台の中で、そのキャラに転生したのなら、そのキャラを一生懸命演じるのが当然なのに!「好きだったゲーム」とか言いながらそのゲームのストーリーを滅茶苦茶にする人たち!!!
自分が生き残る為とか我が侭が過ぎるのよ!!
そのキャラにはそのキャラの決められた人生があるのだからそれを全力でやり切るのがファンってものでしょ?!ファンでもないのに「好きだった」とか言わないで欲しいわ!!!
この世界にいるはずの悪役令嬢がゲームの中の悪役令嬢の性格をしていないのも絶対にその所為よ!!!
悪役令嬢リゼリーラ・バラディナを全うしていないリゼリーラ・バラディナ!!
貴女絶対に転生者でしょ!!!!
あー!!ムカつくムカつくムカつく!!
私の大好きな【聖真】の世界を壊すなんて!!!
許せない!!!!
死ぬ運命の人は大人しくストーリー通り死ぬべきなんだから!!!
それが【聖女の愛は真実の愛です♡】という乙女ゲームの世界なのよ!!!
マジ許せない!!!!!
悪役令嬢がどう足掻こうと、私は絶対に【聖真】の世界を守ってみせる……っ!!
聖女はイジメられ、それを攻略対象者たちが守って親密度を上げていく……、親密度さえ上げてしまえば後は勝手に婚約者の令嬢たちが嫉妬して暴れてくれるはずだから、その親密度を上げる為にも……
自演だろうがなんだろうが
やってやろうじゃないの!!!
◇ ◇ ◇
【聖真】のストーリーで行われているイジメが地味なものばかりでよかった。
これなら一人でも出来るもの。
私は早速周りに誰も居ないところで一人でポツンと立っていた令嬢の後ろで転んだ。
後ろを見ていなくても足を出して転ばせるなんてイジメ描写で見たことあるし、案の定背中を向けていた令嬢が驚いて私に声をかけてきたけれど、それも『心配するフリ』としてイジメ描写ではよくある事だから問題ない。
私は心配そうな顔をしている令嬢から怯えるフリをしてその場を去った。
見える範囲にリゼリーラが居たのは確認済みだし周りにも人が居た。
さっきのを見ていた人は『私が足を掛けられて転んだ』と思うはず。
これを繰り返して、人気の無い時に自分の机に悪口を書いて、トイレで泥水を掛けられた様に見せて泣けば心優しい攻略対象者たちは絶対に私に声を掛けてきてくれるはずだわ!
女友達のフリをして虐められてる様に見せるのもいいわね……。ゲームでは悪役令嬢の指示で学園の令嬢全てが敵になったけれど、あのリゼリーラが居ないと聖女の私を嫌う人が全然居ないのがツラいところだわ……。
でも絶対にやりきってみせるんだからっ!!
私は【聖真】のヒロイン『虐められて可哀相な聖女ネフィー』を完璧に演じきってみせる!!!
◇ ◇ ◇
「きゃっ!痛……い…………?」
誰かに足を引っ掛けられて私は転んだ。
咄嗟に振り返って周りを見て、私は更に驚いた。
私の周りには誰も居なかった。
「え……?」
遂に悪役令嬢リゼリーラが動き出したのかと思ったのに私は見えない何かに足を掛けられて転んだ。
突然足首に何かが当たって転んだから足を掛けられたのは確かなのに、その『足を引っ掛けた何か』が私の周りには何も無かった……。
「……大丈夫……?」
廊下に倒れている私を心配して、離れた場所に居た令嬢が声をかけてくれる。私はそれに慌てて立ち上がって軽く頭を下げた。
「だ、大丈夫です!」
言いながら早足でその場を離れる。
単純に恥ずかしいっ!!
何もない廊下で転けるなんてっ!!
……でも確実に足を引っ掛けられた感触があったのに訳が分からない……。
自演しなきゃと思い過ぎていて足がもつれてしまったのかしら……?
なんて最初は軽く考えていたのに…………
「きゃぁ!」
「っ痛い!」
「あっ!!」
「えっ?!」
「っっ!?!」
何度も何度も何度も何度もっっ!?
私は何も無い所で周りに誰も居ない時にだけ転んで倒れた。
確実に足を掛けられたり背中を押されたりしているのに、振り返っても誰も居ない!
聖女だから膝を打ったり手を捻ったりしても直ぐに治せるけど痛いものは痛いし怖い……。
誰かの側ならその人の所為に出来るのに周りに誰も居ない時に限って起こるから誰の所為にも出来ない……。
折角イジメみたいな事が起こってるのになんで!?
こんなの絶対に悪役令嬢がやってるに決まってるのに、誰の所為にも出来ないから攻略対象者たちに泣きつく事も出来ない。
何も無い所で転ぶ私をみんなが気にして心配してくれるけど、令息たちよりも先に令嬢たちが私を囲んで心配してくるから攻略対象者たちに近づけもしない!
ちゃっかりリゼリーラも心配そうな顔で見てくるから腹が立つ!!お前だろ!?!って言えたらいいのに……、私の身に何が起こっているのか説明すら出来ないから誰の所為にも出来ない……。
私は確実にイジメられてるのに実際は『一人で転んでるだけ』にしか見えないからどうやって周りに訴えかけたらいいかも分からない……。
呪いかと思って聖女の力で祈ってみたけれど変わらない。
私は学園の中だけじゃなく、どこに居てもどんな状態でも突然襲われるその謎の現象にドンドン心が沈んでいった……。
◇ ◇ ◇
見えない何かに足を引っ掛けられて転ぶのもツライけど、周りに誰も居ない時に耳元で聞こえる悪口が本当に心に来る……。
『嘘吐き』
最初に聴いた時は本当にビックリして周りを見渡した。誰も居ないのに耳元で聴こえるその声。色んな人の声色で囁かれて、寝ていても聴こえてくる。
『嘘吐き』
それしか言わない。
それが逆に腹が立つ。
ゲームの中ではヒロインは色んな暴言を吐かれていた。『売女』『捨て子』『淫乱』『下賤の血』『親無し』『淫売』……ありとあらゆる暴言の羅列にプレイヤーからは「製作陣は暴言の選別も出来ないのか」と言われていたほどだったのに……。
私は姿の見えない何かにただただ嘘吐き呼ばわりされるだけ。
実際イジメを自演したから嘘吐きかもしれないけどただ陰口言いたいだけならもっと色々あるんじゃない?なんでそんなに語彙力が無いのよ!?
不意に耳元で聴こえる事への苛立ちに加えてそんな苛立ちまでプラスされてるから本当に腹が立つ……!!
何?!何なの?!
お化けなの?!幽霊なの?!
こんな目にあって初めて気付いたけれど、イジメは『イジメっ子』が居ないと成立しない。『見えない何か』に襲われている私は、ホラー映画で幽霊に襲われている人や妖怪に取り憑かれている人と同じなの!
この世界風に言えば『妖精の悪戯』とか言われて逆に周りからは
「やはり聖女様ほどになると妖精も放っておけないんですね」
なんて言われて心配もしてもらえない時があるのよ!?
『見えない何か』に襲われてる(取り憑かれてる?)私を誰も『イジメられている被害者』だと思ってくれない!
聖女だから悪霊とかだと浄化の力で除霊出来るから悪いものが私に悪さをしているとはみんな思わないけれど、私が『質の悪いモノ』にまとわりつかれてる事にみんなが気付いたせいで、私を見る人の目が徐々に同情や不信感に変わってきていた……。
私に近付いたら自分も巻き込まれるんじゃないかって、みんなが私からちょっと距離を取るの……。
ゲームと同じ目に遭っているのに『何から庇い守ればいいのか分からない』時、正義感のある人でも守ってくれないどころかちょっと距離を取る事が分かって、私は転生した事により1つ人生の経験を積んだ気がした…………(悟り)
◇ ◇ ◇
「リゼリーラ様!!どうかもうお止め下さい!!!」
『見えない何か』に足を引っ掛けられ突然背中を押され耳元で悪口を囁かれ得体のしれない何かの視線に晒され続けた私の精神は1ヶ月も持たずに負けた。
私の面倒を見てくれている教会で大掛かりな祈祷や万が一を考えて魔法反射の詠唱もしてもらったけれどどれも役に立たなかった。
聖職者たちはみんな心底私を心配してくれているけどその反面得体の知れないモノからちょっかいを掛けられている私を訝し気に見てくる時が増えた。
みんなは私が見えない何かに足を掛けられたり背中を押される瞬間を見ているから私の自演を疑ったりはしないけど、浄化も防御魔法も魔法反射も意味を成さない私に恐怖を感じているのかもしれない……。
でも私には分かる。ゲームの中でラスボスに成れる程に魔力のあるリゼリーラの魔法を教会に居る人の魔法では反射や防御が出来ないだけって事が。魔法反射や防御は『攻撃された魔力より上回る魔力で対応する』ものだから、ラスボスリゼリーラの魔法をどうにか出来る人なんか王様の周りにしかいないのかもしれない。
私は完全に詰んだ。
ゲームと同じ目に遭っても攻略対象者たちは私を守ってはくれない……というか守れないから親密度なんか上がらない……親密度が上がらないと令嬢たちから嫉妬されない……ていうかその前にどう考えてもこの世界のリゼリーラが嫉妬に狂って私を襲ってくる未来が見えない……。
自分が放った魔法で転んだ私を見ても心配そうな顔をするリゼリーラ。私に近付く事はないけれど、離れた場所から声を掛けてきた事もある。……何を考えてるのか知らないけれど私のお世話になっている教会に高級お菓子を近所に配っても余る程に送ってきた事もある。私を排除したいのか懐柔したいのか分からないけれど……私を嫌っている訳じゃ無い事だけは……分かった……。
『嘘吐き』
耳元で囁かれる悪口はそればかり。
なら……、もしリゼリーラが私が自演した事だけを怒っているのなら……私を本気で排除する気がないのなら……謝ったら許されるのでは……?
『見えない何か』に脅かされる日々に心を折られた私はこの世界がゲームの世界だとかそのゲームのストーリーを守るだとか何の役にも立たない考えを捨てて平穏を取り戻したくてリゼリーラに謝罪した。
「私が間違っていたのです!!
もう馬鹿な事はしません!!
二度とあんな事はしません!!
だからどうかリゼリーラ様!
私を許して下さい!!」