4-9話 再会のナイトメア
「あの時以来だな、若造」
通信越しに聞こえた声を、俺は一瞬で思い出した。
粘ついた、喉の奥で笑うような声。耳の奥に残り続ける、忘れようとしても決して消えない声だ。何度夢に出てきたかわからない。悪夢のたびに、俺は同じ場所で立ち尽くす。
「ああ、その反吐の出る声……忘れたくても忘れない」
ブライXの前方、軍基地中枢。崩れかけた施設の奥、巨大なシャフトの向こうに、そいつはいた。
「見せるのは、初めてかこれが我が機体よ」
黒と紫を基調にした異形の機体。
鳥のように広がる禍々しい翼。
鋭い嘴を思わせる頭部。
装甲の隙間から、紫電のような光が漏れている。
——サヨナキドリ。
ヘルズの専用機。その名を知った瞬間、背筋が凍った。こいつが、すべての元凶だ。
「相変わらずだな。感情が顔に出やすい」
「黙れ。今日はてめぇを叩き潰しに来た」
操縦桿を握る手に、力がこもる。
震えているのが自分でも分かる。恐怖か、怒りか、それとも——。
「ほう……しかし、貴様らに私たちの野望は打ち砕けんよ。見るといい」
ヘルズの言葉と同時に、サヨナキドリの背後で淡い光が揺らいだ。炎のようで、光のようで、現実感のない輝き。次の瞬間、俺は言葉を失った。
「……冬子?」
そこにいたのは、確かに冬子だった。だが、人ではない。炎の翼を持つ、赤く輝く鳥のような存在。輪郭は彼女の姿をしているのに、身体は無数の光粒子で構成されている。
「なん……で……」
喉がひりつく。心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。ヘルズが、楽しそうに言った。
「なんだ? 知り合いだったか……なら話は早い」
建てられた、エネルギーチェンバーに貼り付けにされた冬子がいた
「ヤツは“人間”じゃない。正確には——アストラルフォトンの塊。火の鳥と呼ばれる存在だ」
理解が追いつかない。頭が拒絶する。そんなもの、認められるわけがない。
「ふざけるな……」
「事実だ。彼女は天命の時計の“電池”として生まれた」
ヘルズの掌に、小さな装置が映し出される。手のひらサイズの、古い懐中時計のような機械。
「天命の時計……? なんで貴様が持っている!」
「博士がな、最後にくれたのだよ」
ヘルズはサヨナキドリから淡々と、天命の時計を台座にはめ込んだ。
「世界の運命を観測し、修正する装置だ。だが動かすには莫大なエネルギーがいる。博士もネメシスクイーンを使っていたろう? そこで——火の鳥だ」
冬子の炎が、微かに揺れた。
「……やめろ……」
「彼女は優秀だった。自我も、感情も、愛も持ったまま燃え続ける。最高の“燃料”だ」
頭の中で、何かが切れた。
「燃料だと……」
目の前の存在は、生かしちゃいけない。
理屈じゃない。直感だ。
「……殺す」
自分でも驚くほど、低い声だった。
「てめぇを、絶対に殺す」
怒りで視界が赤く染まる。
カットリの最期。
冬子の笑顔。
全部が一気に溢れ出した。
「そのために来たんだろう?」
サヨナキドリが翼を広げる。次の瞬間、周囲の空間が歪んだ。
「これが——宵闇の蜃気楼」
ヘルズの声と同時に、サヨナキドリが増えた。一機、二機、十機……いや、数え切れない。
「チッ……幻影か!」
「幻影だが、ただの幻じゃない。やつ博士が持っていた——貴様の戦闘データを使っている」
全方向から、俺の“最適な殺し方”が迫ってくる。
「ふざけた……真似を……!」
その時、通信が割り込んだ。
『鋼! あれを使え!』
思い出す。
作戦前、無言で渡されたケース。
「喰らいやがれ! ミラージュキャンセラー!」
起動。次の瞬間、幻影がまとめて消え——無かった
「何だ今のは??」
ヘルズの声が、間の抜けた調子で響いた。
「きいてない!?」
だが、すぐに高笑いに変わる。
「バカめ……貴様らの行動などお見通しだと分からなんか?そのためのミラージュキャンセラーキャンセラーだ」
「なんだよ、それ……末期のソシャゲかよ……!」
俺は前に出た。
逃げ場はない。
だが、幻影はAI制御。
「さっき言ったなミラージュはAI制御……つまり、あんたは自分の手で戦ってないわけだ」
「ふん……俗事など、我が手でせずともよい」
……そうか。
「俺の手は……汚れてしまった」
人を殺して、友を撃って。
もう戻れない。
「だが、あんたからは……それを感じない」
「何?」
今までも、こいつは命令だけだった。ほかの人間に人殺しをさせて自分は安全圏内で、それを見てほくそ笑む…そんなのは、そんな奴は!
「命も、心も、ただの“人でなし”だ」
冬子の炎が、俺を見ていた。悲しそうに、でも優しく。
「……待ってろ」
操縦桿を、強く握る。
「絶対、必ず……連れて帰る」
サヨナキドリが動き出す。
決戦だ。
——ここで、全部終わらせる。




