4-8話 決着の場所へ
泣いている場合じゃない——そう言い聞かせても、目の奥がまだ熱かった。
コンテナの前に横たわるカットリの身体を前に、俺はしばらく立ち尽くしていた。
けれど、あいつは言った。
「解釈を」と。
それは、俺に前へ進めという意味でもあった。
全ての元凶——軍のリーダー、ヘルズ。
あいつを倒す。
今、この世界で俺にできることは、それしかない。
その瞬間、通信端末が震えた。
ぎこちない線で描かれたマップデータが送られてくる。
ショウからだ。
恐らく、元軍人としての記憶を掘り起こしながら描いたのだろう。
所々に震えた跡があり、何度も書き直した跡が残っている。
「ショウ……ありがとな」
俺は拳を握りしめ、深呼吸をした。
涙を袖で拭う。
今は立ち止まる暇なんてない。
カットリを救えなかった俺にできる、せめてもの償いだ。
精神安定剤を取り出す。
震える指先でキャップを開け、一気に流し込んだ。
喉を通る液体は苦く、冷たく、胃の奥で石になったように重い。
「……いくぞ」
もう一度、ブライXのコックピットへ這い上がる。
シートに体を沈めると、さっきまでそこにカットリと戦っていた残光が胸を刺した。
「……カットリ。見てろよ」
俺は操縦桿を握り直し、スラスターを点火した。
夜のコンテナゾーンが急速に遠ざかり、空気が震える。
軍基地は北西十キロ。
ヘルズが待つ場所だ。
基地の外周へ近づく。
レーダーに赤い反応が複数点く。
それは、まるで俺の到着を待ち構えていたかのように——四方から包囲してきた。
「チッ……!」
警告音が鳴り響く中、軍の無人機が群れを成して迫る。
まるで、俺の存在を最優先で排除するように。
敵アルゴリズムに「鋼=最重要標的」とでも刻まれているようだった。
「邪魔をするな!!」
叫びと同時にスラスターを全開。
ブライXが青白い残光を伸ばし、群れに突っ込む。
ミサイルの一斉射。
俺はハルバードを展開し、氷のフィールドを周囲に張った。
爆炎が氷に弾け、衝撃が腕に伝わる。
しかし、止まれない。
一体目を斬り裂く。
二体目の胴を切断する。
三体目が背後から迫るが、振り向きざまにスラスターで蹴り飛ばした。
この時の俺は他人の死なんぞに、関心が持てていなかった。沢山の死をみたから思えばこの時に俺は少し壊れていたのだろう
「どけぇぇぇぇッ!!」
心臓がバクバクと暴れる。
精神安定剤のおかげで意識は保てているが、胸が熱い。
カットリの声とミスカやゴルスラの声が頭の中で混ざり合い、痛みが脳を刺す。
だが、止まれば終わりだ。
止まれば、あの死を無駄にする。
俺は叫びを押し殺し、強引に突き進んだ。
基地外周のゲートが見える。
厚い装甲で覆われ、巨大なシャッターが降りている。
だが、その手前に——奴がいる。
ヘルズ直属の機体。
漆黒の装甲、赤いコア。
明らかに他の量産機とは違う。
「鋼……お前は、ここで終わりだ」
通信が開いた。
低く響く声が、俺の神経を逆撫でする。
ヘルズ本人ではない——だが、あいつの手足の一つだ。
「……終わるのは、お前らだ」
返す声が、自分でも驚くほど低く冷たかった。
怒りというより、ただの決意。
感情を捨てたがゆえの沈黙。
敵機が刀を構える。
その刃は、ニンテージのものより太く、禍々しい。
「ハルバード……いけるな」
俺はスラスターを噴かし、空中へ跳んだ。
刹那、黒い機体が視界から消える。
——速い!
背後から斬撃。
俺は反射的に機体を捻り、腕部装甲に傷が走る。
火花が散り、ブライXが悲鳴を上げる。
「貴様のそれは……化け物じみた機体だ……!」
黒い機体が足元に回り込み、斬撃を連続で浴びせてくる。
俺は氷の盾を展開し、やっとの思いで受け止めた。
衝撃が全身に走り、視界がぶれる。
だが、耐えろ……!
「くぅ……ッ!!」
盾を破壊される寸前、俺はハルバードを叩きつけた。
刃が敵の腕部を掠め、火花が弾ける。
敵機が距離を取る。
その動きは、まるでヘルズの意思を代行するようだった。
「お前達は……カットリを使ってまでやりたいことが、それかよ……」
「カットリ……? あぁ、あの兵士か。有能だった。実験体として、な」
怒りが沸騰した。
頭が真っ白になる。
次の瞬間、スラスターが唸りをあげ、俺は黒い機体に突っ込んでいた。
「黙れぇぇぇぇぇ!!!」
ハルバードの蒼光が敵機を貫く。
黒い機体がよろめき、装甲が裂けた。
そこに追撃。
スラスターを逆噴射し、斬撃を叩き込む。
爆発。
黒い機体が弾け飛び、火炎を撒き散らした。
煙が晴れると、基地ゲートが真正面に立ちはだかっていた。
中に——ヘルズがいる。
敗北とは無縁という顔で、笑って待っているに違いない。
俺は深く息を吸い、操縦桿を握り直した。
胸の奥に、カットリの声が微かに残っている。
涙はもう出ない。
感情の代わりに、ただ一つの意志だけが残っていた。
「首洗って待ってろよ、ヘルズ。今、決着をつけに行く——」
スラスターを全開にした。
蒼い尾を引きながら、俺は軍基地の中枢に突っ込んだ。




