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私は魔女 後編「それは私の前世の名前です」

 オレンジと赤が混じり合う温かい色なのに少し物悲しくなる夕焼け空。

 前世の私が最後に見た空の色。


 外回りを終え帰社する途中、いつもは空を見る余裕なんてないのに、あまりにも綺麗で思わず空を見上げた。

 その日は特に風が強い日だった。雲の流れが速い。上を見たおかげでビルに設置されている看板が壊れる瞬間を目にできたのだ。

 私一人だけならそのまま立ち止まれば助かる。だけど、看板が落ちようとしている先に二人の小学生が歩いているのが目に入ってしまった。


「危ない!」


 気がついたら走り出していた。


 咄嗟にあの子達に覆い被さって守ることはできたけど看板の下敷きになってしまったし、あの子達にも怪我を負わせてしまった。助けが来る前に私の力が尽き散々な結果だ。

 あの子達は無事に救出されただろうか。


 私がもっと早く走っていれば。

 もっと力があれば。

 怪我をしてもすぐに治せる力があれば。



 そんな事を考えながら前世を終えたから、私は魔女になったのかな。




 ◇




 死の直前に走馬灯を見ると聞くけれど、前世の死の記憶も走馬灯のうちに入るのだろうか。


 目が覚めると身体が動かなかったが、生きている。ここはいつもの薬草の匂いがする私の部屋だ。

 毒薬を作る時、必ず解毒薬も作る。

 レンが解毒薬を飲ませてくれた? 毒を盛った相手になぜ?


 ふと自分以外の心臓の音が聞こえることに気がついた。

 私はその音の主に背後から抱きしめられているようだ。ぎゅうっと腕が巻きついているため動けない。首だけ動かして背後の人物を見る。


「…………レン」


 夕日色の瞳を持つ弟子のレンが私を見つめていた。目が合うと泣きそうな、それでいて嬉しさが滲み出るような顔で微笑んだ。


「はい。師匠の弟子のレンですよ。おはようございます」

「ああ、おはよう。それよりなぜ同じベッドに?」

「五日も眠ったままでしたので心配で、つい」


 つい、で倍以上の年齢もあるおばあちゃんと一緒に寝たいと思うものかね?


「師匠がこのまま目覚めず息を引き取るようなら『生き地獄』を飲んであとを追おうと思っておりました」

「生き地獄は毒の中でも最も苦しんで死ぬやつ! やめな! いや、それよりも! レンは私を恨んでいたんじゃないのかい⁉︎」

「恨む? まさか」


 レンは絶対にありえないと目で訴えかけてくる。そこに嘘はない。


「……でもお茶に毒を」

「あれは若返りの秘薬です」


 若返りの秘薬。

 私の頭の中に作り方はあるが、絶対に完成させる事ができないためレシピにも書き起こしていない。


 なぜなら材料に初恋の結晶が必要だからだ。

 この世界の人間は全員が大なり小なり魔力を持っており、相手への想いが募るとそれが結晶化する。

 初恋の結晶は、一生に一度しか作られない貴重なもの。

 大抵の人は若い時にすでに初恋を経験している。年をとってから初恋の結晶ができるなんて、ずっと修行に明け暮れていた私くらいなものだ。


 私は結晶ができてレンに恋をしていると自覚した。


 しかも、若返りの秘薬のためには片方だけでは足りない。相思相愛のものでないと。

 私がレンを想い、レンが私を想った結晶が必要になる。だからこそ絶対に無理だと諦められた。


 若返りの秘薬を作るより、誰かから若さを奪ったほうが早い。

 そう、乙女ゲームでラスボス魔女がヒロインから若さと美しさを奪ったように。




 恐る恐る自分の手を見る。

 しわしわの年齢を重ねた手ではなく、指先がほんのりピンクに染まる血色の良さそうな若者の手がそこにあった。顔も触るといつもと触り心地が違う。


「……誰かから奪ってきたのかい?」

「そんな事しません。さっきも言ったように若返りの秘薬を作って、師匠に飲ませました」

「レンの初恋の結晶は、いつ……できた?」

「師匠と出会った次の日に。もちろん師匠への想いが結晶化したものです」


 そんな前から⁉︎

 そういえば、いつのまにか私の初恋の結晶がなくなっていた。前世の記憶を思い出したりして色々と混乱していたから気にもしなかったけれど、私が倒れた時にレンが手に入れたのだろうか。

 レンと私の初恋の結晶があれば、若返りの秘薬を作る事は可能だ。


「でも、私はレシピを教えていない」

「乙女ゲームのクリスタルシリーズ四作目で出てくるそうですよ。リンお嬢様が教えてくれました」


 クリスタルシリーズ?

 私の死後、乙女ゲーム『初恋クリスタル』の続編が出ていた?

 カリンディアが教えてくれたって事は……。


「カリンディア様は前世の記憶がある……?」

「師匠も思い出していますよね。僕を見て『隠しキャラ』なんて言っていたんですから。しかもその後、倒れてしまったので焦りましたよ」


 レンは乙女ゲーム、隠しキャラなど、この世界でなじみのない言葉をごく自然に使っている。


「レンも前世の記憶がある?」

「はい。あります」

「へえ、いつ……えっ⁉︎」


 いつ前世の記憶を思い出したんだい? と聞こうとしたら、仰向けに転がされてレンが上に覆い被さってきた。

 真剣な表情の中に初めて自分に向けられた怒りを感じ取って思わず息を呑む。


「僕は、あなたと同じ時を歩めるのなら年齢なんてどうでもよかったんです。でも師匠に何度気持ちを伝えても信じてくれなかった」


 確かにレンから何度も「好きです」的な事を言われた気がする。その時は素直な良い弟子くらいにしか思わなかった。

 まさかおばあちゃん相手に本気だとは思わない。


「だから少しずつスキンシップを増やして男として意識してもらおうと頑張ったんです。それなのに師匠が気持ちを自覚した途端、封印薬で僕への想いを消そうとするから。師匠が勝手にするのなら僕も勝手にしようと行動を起こしました」


 私の気持ちがレンに筒抜けだった! 自覚したその日に封印薬を飲んだのに。

 レンは年齢関係なく気持ちを伝えてくれていた。それなのに、私は年齢を理由に忘れようとした。改めて自分の行動を振り返るとかなりひどいやつだ。


「ごめんね、レン」

「謝罪は必要ないです。あなたの気持ちを教えて下さい。僕は杏奈(あんな)さんが好きです」


 杏奈は私の前世の名前だ。


「ど、どちら様ですか?」


 前世は仕事仕事で恋愛する余裕なんてなかった。心当たりがない。


「わかりませんか? 今の僕のように、あの時のあなたは僕の上に覆いかぶさってきたんですよ」

「えっ⁉︎」


 誰かを押し倒した事なんてないよ!


「そして優しい言葉をたくさんかけてくれました」

「申し訳ありません。記憶にございません!」

「あの時の僕は小学生で……」

「小学生⁉︎」


 気づかないうちに犯罪に手を染めてた!


「訴えないで下さい!」


 焦る私をよそにレンは楽しげに微笑んでいる。もう怒ってはいないみたいだ。


「ふふ、助けてくれた相手に感謝こそすれ訴えるなんてしませんよ」

「助けた?」

「はい。僕だけではなく双子の妹の(りん)も一緒に。ちなみにリンお嬢様が凛です」


 ……助けた。小学生。双子。まさか。


「杏奈さん⁉︎ なんで泣くんですか!」

「ごめんっ、ごめんね」


 目から涙が溢れ出していた。

 前世の私が助けようとしていたあの子達がレンとカリンディアなら、私と一緒に死んでしまったという事だ。助けられなかったんだ。


「何か誤解していると思うのですが、僕達は助かりました。それこそ凛なんて結婚して孫が産まれるまで長生きしましたよ」

「……本当?」

「あとで凛も交えて話をしましょう。死んだ日が違うから、生まれ変わったこの世界で僕とあなたはこんなに歳が離れていたんだと思いますけど」

「そうか。……それならよかった」


 私一人の命で未来ある若者二人が助かったのなら、もうそれで充分じゃないだろうか。

 後悔しながら死んだ前世の自分が報われた気がした。


「僕達双子の心残りは、助けてくれた恩人である杏奈さんに一言もお礼を言えなかった事なんです」


 レンの夕日色の瞳がみるみる潤んでいく。


「あの時、助けてくれて……っ、ありがとうございました」


 私の頬に零れた涙が落ちてきた。温かい。生きている証拠だ。

 レンに手を伸ばして涙を拭き、頭を撫でたり背中をポンポンする。私も泣いていたけれど、レンに泣き止んでほしかった。


 そんな時、部屋の扉が突然開いた。


「レン、食事を持ってきてあげたわ……よ」

「あ」


 入ってきたのはカリンディアだ。

 私とレンの部屋には結界が張ってあるため認めた人以外は入れない。だから、ノックはいらないと伝えていたが、今はそれどころじゃなくて気がつかなかった。


「えっ、無理やり⁉︎ 抱き合っているから合意? きゃあ! レン、よかったわね! 魔女様もお美しくなられて。あとでわたくしの衣装を何着かお持ちしますわ! 邪魔者は退散しなくてはね。夜まで二人きりにすればいいのかしら。ごゆっくり!」


 目を輝かせて興奮しているカリンディアは、言いたい事だけ言って嵐のように去ってしまった。

 ごゆっくりと言われて、私はレンとベッドの上にいるのだと思い出した。


 おばあちゃんの時ならまだしも、今の私は若返っている!


「レン! カリンディア様を追いかけて誤解を解かないと……!」

「誤解?」

「だって、年頃の男女が密室にいて許されるのは婚約者同士だけだ。カリンディア様と一緒にいた侍女はおしゃべりだから屋敷中に知られ」


 言い終わる前にレンの顔が近づいてきて額と額がこつんとくっついた。


「僕はあなたが好きです。何も問題はありません」


 自分の顔が赤くなっていくのがわかる。熱を孕んだ夕日色の瞳から目が離せない。

 もしかして、カリンディア達に見せて既成事実を作るためにずっとベッドで話をしていたのだろうか。

 レンは色々と準備がいい。可能性はある。


 そんな事しなくてもと思うが、私はレンへの想いを封印しようとした前科がある。彼も不安なのかもしれない。

 そういえば、私の気持ちを伝えていないな。


「私も、レンが好きだよ」



 この日、弟子のレンが婚約者となった。




 ◆



 乙女ゲーム『初恋クリスタル』で、ヒロインと出会う事で恋を知る隠しキャラのレンブラントは魔女と想いを通じ合わせた。


 ヒロインに嫉妬した魔女が悪役令嬢を裏で操りラスボスとなる事もないだろう。



若返りの秘薬

元々は年齢が離れている恋人同士のために開発された。

相思相愛の初恋の結晶が必要で、結晶を生み出した本人が服用しないと効果を発揮しない。

若返る年齢は、結晶を生み出した若いほうの年齢と同じになる。


次は弟子のレンブラント視点。

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