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私は魔女 前編「ラスボス魔女って、もしかして私ぃ!?」

 それは見慣れた光景のはずだった。


「師匠。終わりました」

「ああ、ありがとう。それは下処理してから裏に干しておいてくれるか……い」


 いつものように薬草を摘んできてくれた弟子を視界に入れた瞬間、唐突に前世の記憶を思い出した。


「え、レン?」

「はい。師匠の弟子のレンですよ」

「隠しキャラのレンブラント⁉︎」

「かくしきゃら?」


 首を傾げ夕日色の瞳を瞬かせる彼は、乙女ゲーム『初恋クリスタル』で攻略対象のスチルをフルコンプすると解放される隠しキャラ、レンブラント・ファレーロで間違いない。

 悪役令嬢を裏で操るラスボス魔女に無理やり従わされ、ヒロインとの出会いをきっかけに恋を知り自由を望む。魔女に奴隷のようにこき使われた結果、暗殺から怪しい薬の調合までなんでもできるハイスペックでダークなキャラクターだ。


 ん? 魔女に無理やり従わされる? 奴隷のようにこき使う? ラスボス魔女?


「その魔女って、もしかして私ぃ⁉︎」


 叫んだ瞬間、貧血のような眩暈におそわれ意識を失った。





 前世の私は平々凡々の普通の会社員で、唯一の趣味が乙女ゲームをやる事だった。

 死んだ時の話は楽しくもなんにもないので割愛。

 前世の記憶は、遠い昔に読んだ本の内容を思い出したぐらいの気持ちでどこか薄い。それもそのはず。前世より今世のほうが長生きしているから。前世は二十代で死んだが、今世はすでに二十代を通り過ぎおばあちゃんと呼ばれる年齢になっている。



 そして私は魔女だ。

 この世界の魔女の定義は自分の魔力を人や物に付与できる事。繊細な魔力操作は女性が得意と言われているため、力が認められれば魔女と呼ばれる。言葉に魔力を乗せ相手を縛る言霊の魔女や呪いを操る呪詛の魔女などがいる。

 私は植物や自身が調合した薬に魔力を付与し効果を高めたり、新たな効能を引き出したりできる。劇薬の魔女と呼ばれているが、乙女ゲームではその力を悪事に使いみんなに嫌われていた。





 目が覚めるとベッドに寝かされていた。嗅ぎ慣れた薬草の匂いに安心し、ほぅと息を吐く。

 自分の手を見つめる。しわしわでシミもある年齢を重ねた愛着のある手だ。


「せめて前世の記憶はもっと早く、もっと若い時に思い出したかった」

「何を思い出したかったんですか?」


 ポツリと呟いた独り言に返事をしてくれたのは、部屋の入り口に立っている弟子のレンだ。


 彼は薬草の採取のために偶然立ち寄った山で死にかけていた。雨の中、震えていたガリガリに痩せ細った子ども。親も帰る場所もないと泣く子を放り出すことができず弟子にして、私の持てる知識を惜しみなく伝えた。

 一人で生きていけるようにと、家事全般と戦闘技術もついでに教えたけれど……乙女ゲームの中では相当恨まれていたらしい。


「レン、なんでもないよ」

「もう少しお休みください。薬湯をお持ちしましたが飲めそうですか?」


 私を見つめる夕日色の瞳は、心の底から心配だと物語っている。


「ああ、大丈夫だ。もしかしてベッドに運んでくれたのはレンかい? 重かっただろうに。ありがとうね」

「鍛えてますから」

「さすが私の弟子だ」


 礼を言うと照れ、褒めると嬉しそうに顔を緩ませるレンが私を恨んでいるとはとても思えない。

 今だってベッドから起き上がるのを手助けしてくれて背中にクッションを挟んでくれる。薬湯を受け取ろうとした私の手を両手で包み込み離さない。

 レンの手は少し震えていた。


「師匠が目の前で倒れた時、心臓が止まるかと思いました」

「心配かけてすまないね」


 師匠とはいえおばあちゃんに常にこの態度なのだ。これが演技なら彼は将来詐欺師になれる。

 ただでさえ、艶のある黒髪は陽の光を反射してキラキラと輝き、夕日色の瞳は吸い込まれそうなほどに綺麗だ。

 そしてその色に負けないぐらいに顔が整っている。拾った時は小枝のような子どもだったのに、今は端正な顔立ちの美青年へと成長を遂げていた。



 レンに微笑まれた女の子は必ず恋に落ちるだろう。



 常にそばにいる私が好きになってしまったのだから。



 年齢差を考えろ、老い先短いババアのクセにって自分が一番よくわかっている。

 年甲斐もなく芽生えてしまった恋心をレンに知られたら、全力で逃げるしか選択肢がない。気持ち悪いと拒絶されるに決まっているのだから。

 でも、レンのそばにいたい。それなら、この気持ちを消してしまおう。


 そう思って封印薬を調合して飲んだのに、封印するどころか前世の記憶を思い出してしまっては目も当てられない。

 薬作りを失敗するなんて魔女失格だ。


 レンブラントは前世から一番好きだった。

 記憶を思い出した今、前世と今世の気持ちが合わさりポロポロとレンへの想いが溢れ出してくる。


 レンとどうにかなりたいなんて思わない。でも、将来彼がお嫁さんを連れてきた場合、自分は素直に祝福できるだろうか。

 きっと乙女ゲームの中の魔女(わたし)も、そんな気持ちが暴走してレンを縛りヒロインを付け狙ったに違いない。

 レンのルートのバッドエンドは、魔女に若さと美しさを奪われたヒロインが醜い老婆になってしまう。

 ハッピーエンドは、すべての悪事が暴かれた魔女はレンが調合した毒薬を飲まされて苦しみながらこの世を去る。ヒロインは幸せなキスをして終わり。


 レンに殺されるのなら、いいかもしれない。


「レン、そろそろ毒薬を調合してみようか」

「師匠……それは」


「魔女様! 倒れられたと聞きましたが大丈夫ですの⁉︎」


 勢いよく扉を開けたのは、公爵家の一人娘で乙女ゲームの悪役令嬢カリンディア。銀髪に濃い青の瞳。氷の女王様みたいな迫力のある美人だ。

 彼女はヒロインがどのルートを選んでも攻略対象の婚約者、幼なじみ、義理の姉など様々なポジションで登場しては絡んできてヒロインに嫌がらせをする。


 カリンディアはレンが私の手を握っているのを見るや否や、眉を吊り上げた。


「ちょっと! レン! なぜ魔女様の手を握っていますの⁉︎ うらやま……じゃなくて! 気軽に触れて良いお方ではなくてよ!」

「僕は師匠の唯一の弟子なので問題ないです」

「とにかく手を離しなさい!」

「いーやーでーすー」


 私達の出会いは、カリンディアが五年前に誘拐された所をたまたま助けてそれがきっかけで懐かれた。是非お礼がしたいと公爵家に招かれ、数日だけのつもりが気がついたら公爵家お抱え魔女になっていた時は驚いたものだ。

 何かを強制された事はなく、私専用の温室まで与えてもらえ薬が調合し放題で至れり尽くせり。


 そしてレンとは同い年ということもあってか言い合いをするほど仲が良い。本当の姉弟のようだ。いつもカリンディアが突っかかっているからお兄ちゃんに構ってほしい妹かも。


 とにかく、私が倒れたと聞いて急いで来てくれたようなので大丈夫だと伝えなければ。


「カリンディア様、ご心配をおかけしました」

「んもぅ! 魔女様、わたくしの事はリンとお呼びくださいと何度も申し上げているではないですか」


 唇をとがらせ拗ねている様子はとても可愛い。カリンディアは気を許した相手にしかこの表情を見せない。これだけ慕われていれば、乙女ゲームの悪役令嬢が魔女の言いなりになっていたのも頷ける。


「あ、そうですわ。レン、制服が午後届くから受け取りにいらっしゃい」

「わざわざ公爵令嬢であるリンお嬢様が伝令役をするなんて暇なんですね」

「おだまり。レンがついでよ」


 また仲良く言い合いを始めた二人を眺めながら、春になったらレンとカリンディアが学園へ行く事を思い出した。

 普段自分の希望を言わないレンが通ってみたいと珍しくワガママを言ったのだ。いくら魔女の弟子といっても身分は平民と変わらないため、特待生として入学するしか選択肢はない。特待生の枠は難関だと聞いていたが、サクッとレンは合格していた。


 乙女ゲームはヒロインが入学するところから始まる。学園に入った二人と関わらないようにすれば、レンは恋を知りカリンディアは悪役令嬢にならずに済む。


 そんな事を考えていると、言い合いをしていたカリンディアがこちらを見た。濃い青の瞳は決意を秘めた色をしている。

 私に何かお願い事があるといつもこの瞳になる。大抵は一緒にお茶をしたいとか可愛らしいお願いだが、今回はなんだろう。


「魔女様、わたくしの護衛……いえ、専属医師として一緒に学園へ行きませんか?」

「私が学園に?」

「はい。ブラウニア王立総合学園は全寮制ですので、わたくしも入寮しなくてはなりません。ただ、学園は公爵家(ここ)ほど警備が万全ではありませんの。また以前のように誘拐されるかもと思うと怖くて怖くて……」


 誘拐された時の事を思い出したのかカリンディアは肩を震わせ目に涙を溜めている。


「魔女様に何かをしていただこうなんて思っておりません。ただ、そばにいてくださるだけで心強いのです」

「レンが危険から守ってくれますよ」

「一応わたくしは第二王子の婚約者ですので異性と親しくするのは外聞が悪いですわ」


 確かに学園でレンとカリンディアが親しげに話していたら、あらぬ噂を立てられてしまう。

 今こうして気安く話せるのも、ここが公爵家の屋敷内だからという理由が大きい。そして、必ず私か侍女がそばにいるため二人きりになった事はないのだ。


 異性と二人きりで許されるのは婚約者だけ。

 じゃあ、婚約者である殿下に守ってもらいなとは言えない。カリンディアは常に一歩引いた態度で殿下と接している。素なんて見せていない。

 政略結婚はそういうものだと言われればそれまでだけど、気軽になんでも相談できる関係になってほしいとも思う。


 カリンディアに協力してあげたい……が、学園に行ったら嫌でも乙女ゲームに関わる事になる。レンとヒロインが恋に落ちる所を見たくない。

 申し訳ないけど、断ろう。


「温室の手入れが」

「師匠が魔力を注がなければ成長が遅いので、維持だけなら公爵家の庭師でも問題ありません」

「レン⁉︎」


 静観していたレンが私の言葉を遮ってきた。


「僕からもお願いします。師匠と離れたくないんです」

「お願いします。魔女様」


 私を真摯に見つめる夕日色の瞳と日の出前の夜空のような濃い青の瞳。

 一人だけならまだしも二人に見つめられるとなんでも叶えてあげたくなってしまう。私はこんなにチョロい魔女じゃなかったはずだ。


 くっ、これが乙女ゲームの強制力というものか!


「……わかった」


 嬉しそうに笑う二人に「ただし」と付け加える。


「レンは私が指定する毒薬を完成させること。カリンディア様は婚約者である殿下に悩み事を打ち明けてください。これができれば学園に行こう」







 カリンディアはプライドが高いから、殿下に相談なんてできないはず。

 そう思っていたのに翌日殿下が公爵家にやってきた。まさかカリンディアの呼び出しに速攻で駆けつけてきたのだろうか。まさかね。

 きっと婚約者同士の親睦を深めるという名目で、定期的に開かれるお茶会の予定が変更になっただけだ。うん、きっとそうだ。


 そして殿下が帰った頃合いに、顔を赤くしたカリンディアが訪ねてきた。


「カリンディア様⁉︎ どこか体調が優れませんか?」

「ちっ、違いますの。これは殿下が、その」


 ますます真っ赤になり言葉を詰まらせるその姿は恋する乙女みたいだ。殿下と一体何が?


「とにかく! 殿下にちゃんと悩みを相談いたしましたわ! 魔女様も約束を守ってくださいましね!」


 それだけ言って部屋から走り去ってしまった。一緒に来ていた侍女がものすごく良い笑顔で私に深々とお辞儀をしてカリンディアを追いかける。

 ねぇ、本当に何があったの?


「殿下に手を握られて額に口付けまでされていましたから当然の反応でしょうね」


 心の声を読んだかのように私の疑問に答えてくれたのは、お茶の準備をしていたレンだ。


「まるで見てきたみたいに言うんだね」

「見てましたから」

「え……見てた?」

「リンお嬢様が師匠に嘘をつくとは思えませんが、一応相談した証拠を掴んでおこうと思いましてこっそり覗いておりました」

「こっそり⁉︎」


 殿下には護衛に加え、影が何人もついていたはずだ。彼らに気づかれずになんてさすがに……いや、レンならできるな。うん。さすがレンだ。


「相談がきっかけとなり、お互い素直になれない結果起こったすれ違いが解決していましたよ。さすが師匠です」


 尊敬の眼差し向けるレンに違うと言えない。

 動揺を悟られないように、なんでもない風を装ってレンが用意してくれたお茶を飲んだ。




 カリンディアは課題をクリアしてしまったが、まだレンがいる。


 レンに作るように命じた毒薬は、作るのも大変だがその材料を集めるのも一苦労なものが多い。

 他国にしか咲かない、しかも険しい山奥にある一年に一回しか開花しない花の蜜や、とある魔獣の腹の中で変異した鉱石などなど。希少価値が高いものもあり、金に糸目をつけなければ入手可能だがレンが自由に使える金額を超えている。

 学園入学の春までに準備できるものではない。


 意地悪ババアとか、性悪魔女になった気分だ。


「師匠、こちらをどうぞ」


 コトリと小気味いい音と共に目の前に小瓶が置かれた。この小瓶はとても丈夫に作られていて、多少の衝撃では壊れない。毒薬を入れる専用の物だ。


「レン……中身は、まさか」

「師匠が指定した無味無臭、無色透明、たった一滴で対象を苦しまず死に至らしめる毒薬『死神の慈悲』です」


 まさか一日で毒薬を作ってきた?


「材料はどうやって手に入れたんだい?」

「備えあれば憂いなし。いつ師匠が御所望になってもいいように、以前から準備しておりました。他の薬の材料もすべて取り揃えております」

「調合もよくできたね」

「一度師匠が作っている所を拝見しましたから」


 私の弟子が優秀すぎる!

 いつもなら「よくやった!」と褒め倒して頭を撫でるところだけど、今回はそうはいかない。


 私は今、意地悪ババア! 性悪魔女! 難癖をつけてやる。


「だが、薬の効果は試してないんだろう? それなら完成させたとは言えないね」

「すぐ結果は出ますので問題ありません。……師匠、お茶の味はいかがでしたか?」

「お茶? いつも通り美味し、っ!」


 視界が回る。身体が動かない。椅子から崩れ落ちるように倒れても痛みはない。

 自分の心臓の音が異様に大きく響くのに少しずつゆっくりになっていくのがわかる。


 ……毒を、盛られた?


「材料を集めても分量まではわからなかったので、毒薬を作れと言われて助かりました。師匠のレシピを見る事ができますから」


 毒に関するレシピは今まで絶対に見せなかった。

 ただでさえ、魔女の弟子というだけでその知識を狙われるのに、毒まで調合できると知られたら、より危険になってしまう。


「師匠は僕が出すものだけは微塵も疑わず口に入れてくれますよね。それだけ信頼されていると思うと、とても嬉しいです。気を許した相手にはとことん甘い。そんな師匠が……」


 レンの声も、もう聞こえない。


 ああ、やはり私は恨まれていたらしい。

 痛みや苦しみがないのはレンのせめてもの優しさだろうか。

 前世と違い痛くないし、好きな人に看取られるなら良い終わり方だと思う。




 最後に、恨みのこもった目だとしても、レンの夕日色の瞳を見たかったな。



死神の慈悲

劇薬の魔女が開発した毒の中で一番優しい。

無味無臭、無色透明、たった一滴で対象を苦しめることなく死へいざなう。


他に開発した毒には、寿命の前借り、生き地獄、終われない後悔などがある。

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