37王子が何か企んでいるのだが?
その頃、アルの活躍は王都にまで轟いていた。
貴族社会ではハズレスキルのアルへの注目が集まっていた。が——同時に謎が浮かんでいた。
噂ではアルは強力な攻撃魔法を使った、と。魔法が満足に使えない筈のアルの活躍。
アルは賢者の息子だったのだ。ハズレスキルと言っても、その正体は不明で、本当にハズレスキルだったのか?
そして先日の王女殿下の出奔。その向かった先はディセルドルフ辺境領のアルの元。
アルが辺境領家の養子となったという事実が広まったのも王女殿下の出奔が原因だった。
そして、巷ではこんな噂が広まって行った。
「アルは本当は魔法の天才だったのでは?」
「授かったスキルが大きすぎて、覚醒まで時間がかかってしまったのではないか?」
「ガブリエル・ベルナドッテ子爵はどうも、自身に才はあるが、他者の才を見抜く力は授かっていなかったらしい」
「ベルナドッテ家は、アルを追放した途端、領地経営に行き詰まり、最近はハイパーインフレにさえなっている。スキルだけでなく、せっかくの優秀な領地経営の人材を──賢者の目は節穴だったとしか思えない」
「愚かな賢者に比べてアルはかつての臣下に慕われ、現在の辺境領に民が殺到する始末。賢者の称号は早々に返上して、息子のアルへ譲った方がいい」
そんな声がアルの父、賢者ガブリエルの耳に入らぬわけもなく。そして、この声に不満を持つ人物がもう一人いた。
第一王子カール・フィリップ。
「巷では、本質がわからぬ貴族どもがお前を無能と評しているようだが」
「で、殿下……」
流布する噂の中心のアルの父、賢者ガブリエルは今、息子であり次期当主、アルの兄であるエリアスと共に王宮に呼び出されていた。
王宮の王子の執務室、ソファーに崩した姿勢で座る第一王子カールは横柄な態度で彼らと接していた。
「お前達のやったことは正しいだろう。私はお前達がハズレスキルのアルを追い出したことは間違ったことだと思ってはいない、そうだろう?」
「も、も、もちろんでございます殿下!」
必死に全力で王子の意見を肯定する。アルが家を出て行って以来、領地経営は悪化、今では領債は暴落、物価はハイパーインフレとなり、災害級の魔物まで発生し、領民の多くが辺境領に殺到している始末だ。
そして、賢者ガブリエルの顔はこのわずか数週間ですっかり白髪が増え、老け込んでしまった。
「あのアルに魔法の才能はございません。巷では、本当は優秀な神級魔法だったと、誤った情報が流布しておりますが、ヤツのスキルはスライム召喚、紛れもない出来損ない! 早々の追放を決定したこそが正しく! 何か外道の魔道具か何か怪しげな手法で使っているのに違いございません!!」
「その通りだ。だが──なぜここまで事実に反した噂が広がっている?」
「……そ、それは」
冷酷な声は肯定と否定の両方を示唆していた。
「それに、さっきからもらわれて来たばかりの子犬のように小さくなっているお前の息子エリアス。私が国家転覆を狙う危険な侯爵令嬢クリスを密かに処刑せよ命じたが。それを妨害したのがそのアルだろう。しかも無様にのされたと聞く」
「で、殿下!? 何故それを──」
「ほう、やはりアルだったか。そしてお前はアルとわかっていて私にそれを隠したと」
「ひぃッ!!」
かつて弟のアルと対峙し、アルの覚醒をいち早く知ったエリアス。しかし、彼は王子からの叱責を恐れてアルの存在をうやむやにした。
「私は謎の魔法使いの調査を命じた筈だ。最初からわかっていて、虚偽の報告をするなど、器が知れるな、エリアス。貴様のプライドがそうさせたのであろう」
「も、申し訳ございません! 申し訳ございません!」
「な、何だと!? あの謎の神級魔法使いが、アルだったと!! この、バカ息子がぁッ!!」
「貴様もだ賢者ガブリエル。クリスが攻撃魔法を使っているという情報が寄せられたおり、あの九尾の狐めの邪悪な魔道具か何かの正体を暴けと命じたはずだ。未だ、何の報告もないな!」
「はぁッ!!」
「ち、父上もじゃないですか!」
よりにもよって次期当主の神級魔法使いエリアスがハズレスキル持ちの弟に負けた。
そして、父親の方はこのところの領地経営の悪化で王子から指示された王子のかつての婚約者クリスの謎の調査を蔑ろにしていた。
二人とも結局同じなのだ。どちらも無責任でその場凌ぎ。
エリアスは早急に父親と王子にこの事実を伝えるべきだったろう。神級魔法の使い手がハズレスキルに負けた。この事実はアルがハズレスキルなどではないということを如実に語っていた。
一方父親ガブリエルは領地経営で多忙で調査に応じられないと早急に王子に報告すべきだったろう。
どちらも報連相の重要性を全く理解していない。
「……ああ全く、なぜこの世の中は私だけで構成されていないのだ。私が一人しかいないことが腹立たしい。いや、私の指示通りに動くだけの人間だけでも良いのだ。私の指示通り動くだけで何もかもがうまく行くものを! いや、指示がきちんと聞けない位ならまだいい、クリスのように増長して私に誤った意見をするなどもってのほかだ!」
そして第一王子カールは心の底から嘆息する。彼にとっての絶望、それは実のところ、自身の理解が浅いだけと言うことに気がつかず、反対意見を力尽くで抑えたに過ぎない彼の正義。だが、彼は自身に正義に絶対の自信を持っていた。それを如実に語るその言葉。
「私が間違ったことなど……一度もないだろうが―――!!」
第一王子カール。圧倒的な魔法の才能を授かったものの、謙虚な姿勢、他者の意見に耳を傾けるという姿勢が全くない独善家。彼は確実に独裁者への道を突き進んでいた。
彼の意思、主義に関係無く。彼はむしろ民のために尽力しているつもりなのだ。
彼はあまりに天才すぎたのだ。誰も意見できず、気がついた頃には他者の意見のほうが間違っているに決まっている。そう思うようになっていた。
どんな賢人でも誤ることはある。それを誤りと認められるかどうかが、真の賢人だろう。
だから、クリスが彼に意見して来た時、彼女の方が正しいとは夢にも思わなかった。
彼女の意見を検証さえしなかった。世の常で、権力者の彼の周りには自身の都合の良いことだけをささやき、都合の悪いことには触れない。そんな意見から下された結論が客観的に正しい訳がなかった。
それだけではない、彼女を処刑しようと考えたのは、彼女が思い上がり、事あるごとに面倒な意見を出し、国を乱そうと目論んでいるから。
断じて、その目に自分以外の男が映っており、絶対的な自分に男性的な魅力を全く感じていない彼女に傷つけられた訳ではない。
自身が間違いなど犯す筈がない。既に多くの間違いを犯しているにも関わらず、ただ誰もそれを指摘できないだけ、しても無駄だから誰もしないだけ。
と。
言うことに気がつかない、今世最強の魔法使い、第一王子カール。
信じられるのは自分だけ。自身が間違うことなどないと信じ、疑うことなく我が道を突き進み続ける。そう、これまで上手くいっていた、そう、これまでは。
「……良い方法を思いついたぞ」
「は……?」
「な、何ででしょうか? 殿下?」
恐怖のあまり、見苦しく喧嘩をしていた父子が恐々と声を出した。
王子の考えた良い方法とは賢者ガブリエルとアルとの決闘だった。
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