十二月二十六日(日曜日)午前十時三十分
しばらくすると、呼び鈴が鳴った。牧省吾といっしょに如月親子も玄関に同行した。
「おお、早苗。よく来てくれたね。ちょっとこちらの刑事さんたちと話をしてやってくれ」
菱川早苗は色白の地味な女性だった。刑事さんという言葉を耳にして、一瞬後ずさりしかけたが、すぐさま落ち着いて無表情な顔を向けてきた。
「それでは、菱川早苗さんですよね。ちょっと牧君のいない家の外で、お話してもよろしいでしょうか」
牧省吾があわてて訊ねた。
「刑事さん。僕が一緒にいるとまずいですか?」
「まあまあ。そのほうが早苗さんも話しやすいかと思いましてね。何か問題がありますか?」
「いえ、別に……」
牧省吾は渋々了承した。
外に出るや、如月警部補が質問した。「菱川さん。十二月十九日の日曜日の午前に、あなたがとった行動を教えてください」
「はい、先週の日曜日ですか。大雪の降った翌日ですね。よくおぼえております」
「あなたはどちらにいらっしゃいましたか?」
「どうしても、話さなければいけませんか?」
「はい。内密にいたしますから、ぜひ……」
「ある男性の部屋に、前日からずっと泊まっていました」
「その男性のお名前は?」
「それは……、坂下祐樹さんです!」
さすがの如月親子も、この発言には開いた口がふさがらなかった。思わず恭助がのり出した。
「あのお、その男性は坂下祐樹さんで間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
如月警部補と息子の恭助は顔を見合わせた。どうやら、二人とも混乱の渦中でもがいているようであった。やがて、如月警部補が声を発した。「それでは、その日の午前中の出来事をもう少し詳しく話してください」
「眼が覚めたのは七時過ぎでした。食事のしたくをしていたら、祐樹に電話がかかってきました」
「そ……、その時刻は?」
「はい、七時四十分頃だったと思います。祐樹はその電話を切ると、あわてて外出するといい出しました。理由を訊いても何も説明してくれませんでした」
「坂下さんが家を出た時刻は?」
「八時よりは、ちょっと前でした」
「どのくらい前ですか?」
「五分程だったと思います」
「そうですか。意外と外出の準備に時間を費やしていますね」
「彼はしたくをしながら、時折、何かを考えこんでいました」
「そうですか。ところで、あなたと二人の青年、つまり、牧省吾と坂下祐樹ですが、お二人とのご関係は?」
「はじめにつき合っていたのは牧省吾です。牧と坂下さんは知り合いで、それで私は坂下さんと出会いました。坂下さんと親しくなるにつれて、私は牧と別れたくなってきましたが、そのまま、だらだらと過ごしていました」
「あなたは牧さんから、事件当日の行動について何か指示をうけませんでしたか?」
「あの人は、私に、事件当日に一緒にいたという証言をするように、たのみこんできました。でも実際は、その時、私は坂下さんと一緒でした!」
「坂下祐樹さんの供述からは、あなたのお名前は一言も出てきませんでしたが、なぜでしょうね?」
「きっと、私を事件に巻きこみたくなかったためだと思います」
「自分が容疑者であるのに?」
「はい。あの方はそういう人です」
帰りの車で、如月警部補は、相方にはっきりと聞こえるように、愚痴をこぼした。
「全く何てことだ! 牧省吾のアリバイはあっさりと崩れて、そのかわりに、坂下祐樹に鉄壁のアリバイができてしまった……」
「ところでお父さん、遺体の鑑識結果はどうなったの。そろそろ出ているよね」
「ああ、昨日報告があったよ。遺体の死因はやはり喉の傷による出血死だ。体内から薬物は一切検出されなかったし、遺体には他に外傷は何もなかった」
「そうですか……」
恭助はがっかりとした様子であった。
「おお、そうだ。遺体の体内からは、薬物反応は出てこなかったが、逆に、思いもかけないものが出てきたそうだ」
「何が出てきたの?」
如月警部補が耳打ちすると、それを聞いた恭助の瞳孔がかっと開いた。
「おっ、お父さん……、とういことは……、ああ、ちょっと待ってくれ」
突然、頭を抱えて考えこむ息子に、父親が訊ねた。
「恭助、どうした? 今の話で、何かあったのか? 私にはまったく意味不明だが」
やがて、恭助は顔を上げると、にっこり微笑んだ。
「お父さん、事件は解決したよ」
十二月三十日(木曜日)午後四時
如月恭助は、瑠璃垣青葉と二人きりで話をしていた。
「ああ、事件は解決したよ」
「本当? 残念だな……。私が名探偵になって犯人をつきとめたかったのに……」
と、青葉の口からは、本音がぽつりとこぼれた。
「優等生が俺と同じだけの情報を手にしていたら、きっと真相に辿り着いたはずさ」
「それじゃあ、あたしも真相を当ててみたいから、あなたの知っている情報を、全部教えてくれない?」
「相変わらず負けず嫌いなやつだな。オッケイ。まかせとけ」
恭助は、牧省吾と菱川早苗の供述などの青葉が知らない事実を、詳細に語った。時折、質問をおりまぜながら、青葉は熱心に耳を傾けていた。やがて、青葉がいった。
「それじゃあ、少し時間を頂戴。私もこの事件の真相を、きっと、つきとめて見せるから……」
読者への挑戦
これまでの記述で、真相に到達するための手がかりは全て読者に提供されています。この先の解決編を読む前に、瑠璃垣青葉と一緒に、もう一度この事件を推理してみてください。
Iris Gabe
チェックシート
解決編に進む前に、ちょっとだけ確認してみてください。以下の疑問は解決されていますか?
1 七時三十八分にかけられた電話の理由は?
2 ずばり、犯行時刻は?
(詩織の死亡推定時刻は午前七時半から八時までの間です)
3 凶器はなぜ現場になかったのでしょう?
4 詩織のバックが空っぽだったのはなぜ?
5 詩織と坂下がつけた現場の足跡の説明はできますか?
6 ずばり、犯人は誰?
ここから先は、『白銀の密室』の解決編となります。みなさんには、もう答えがお分かりでしょうか? まだ、全ての事実を矛盾なく説明できる推理が見つかっていなければ、慌てずに、もう少し時間をかけて、じっくりと考えてみてください。二度、三度と文章を読み返しているうちに、突然、真相はひらめくかもしれませんよ。