十二月二十六日(日曜日)午前九時十五分
「どなたですか?」
呼び鈴を鳴らすと、黒ぶち眼鏡をかけたやや小柄の男が顔を出した。極寒の季節にもかかわらずまくっている袖口から、鍛えぬかれた腕の筋肉が露出していた。
「牧省吾さんですか?」
「そうですよ。あなた方は?」
うさん臭そうにその男は、如月警部補と同伴の恭助をにらみつけてきた。
「私は警察のもので如月と申します」
警部補が警察手帳を見せると、男は急におどおどしはじめた。
「少々お時間をいただきたいですが。あなたは美原詩織さんという女性をご存知ですか?」
「えっ、聞いたことないですね。そのような名前は……」
牧省吾の顔は、はっきりと蒼ざめていた。
「そうですか。その女性の携帯電話のメモリーに、あなたの番号が登録されていましたよ」
牧省吾は両手をあげて観念した。「わかりました。知っていますよ!」
「詩織さんとのご関係は?」
「友達ですよ。知り合ってから二年くらいになるかな?」
「単なる友人ですか? それとも、もっと親密な仲ですか?」
牧は苦笑いをした。「まあ、調べたければお調べになればいいですが、何も出てきませんよ。意外とお堅いお嬢様だったからな。美原詩織って女は……」
「お嬢様だった……ですか。過去形ですね」
牧省吾の顔がひきつった。
「すみません。詩織が殺害されたことはもちろん知っています。だから、つい言葉に出してしまっただけです」
「それでは話は早いですね。失礼ですが、ご職業を伺ってもよろしいですか?」
「近くのダンススクールで講師をしていますよ。それ以外には、バックダンサーとして収入を得たりしています」
「なるほどねえ。それで、そのような立派な身体でいらっしゃるのですね」
如月警部補が感心する素振りを見せた。
「ダンスって、僕にでも簡単にできますかねえ?」
突然、恭助がしゃしゃり出てきた。それを見た牧省吾は、ふっと含み笑いを浮かべると、恭助に向かっていった。
「もちろん、ダンスは誰にでも楽しめるものですよ。ただ、プロを目指すのなら、毎日のトレーニングと食事管理が必要です。君の場合は、もっと体幹を鍛えないとね」
「それもそうですよね」
小馬鹿にされたはずの恭助は、意外にも満足そうであった。
「ところで、牧さん、我々の調査に拠りますと、あなたは殺害された美原詩織さんから借金をされていましたね」
と、警部補が訊ねた。
「ちっ、隠しても無駄か……。はいはい、確かにちょっとだけお金を借りたことはありました。でも、そのために僕が犯人であると思われては心外ですね。僕はこれでも一人前の社会人ですよ。その気になればいつでも返済できる何十万程度の金のために、人を殺すようなまねはいたしません!」
「念のために伺いますが、十二月十九日の午前にあなたは何をされていましたか?」
「いきなり、そんな昔について訊ねられてもねえ。ああ、あの大雪の翌日の日曜日ですか。それなら、俺は女と一緒にここにいましたよ!」
「その女性のお名前は?」
「菱川早苗といいます。なんなら、僕のアリバイを彼女から訊いてみればいいでしょう。今、呼び出しますから」
そういうと、牧はポケットからさっと携帯電話を取り出した。
「もしもし。ああ、早苗か……。今、ここに来れるか……? うん、わかった。急いで来てくれ」
牧省吾はやや得意げになって、如月警部補の顔をにらみ返した。「さあ、もうすぐ彼女がここにやってきます。僕のアリバイをしっかりと確認してくださいよ」
「牧さん、彼女が現れるまで、ここで待たせていただいてもかまいませんか?」
「当然ですよ。あなた方は僕を監視していなければならない。そうしなければ、あなた方と早苗がおち合う前に、僕がこっそりと早苗に連絡をしてしまうかもしれないですからね。じゃあ、中へお入りなさい」
如月警部補は部屋の中を見まわした。きちんと整理整頓された調度品には、牧省吾の几帳面な性格がにじみ出ている。
「あなたはゴルフもなさるみたいですね」
「どうしてそれがわかりましたか?」
やや驚いた声で牧省吾が訊ねた。
「いや、そこにゴルフ道具があるでしょう。手入れもしっかりとされているようだし、かなりの上級者とお見うけしましたが」
「そうですね。ハンディキャップは7です」
牧省吾は得意げに答えた。
「シングルプレーヤーですか! それは相当な実力ですね」