おわりとはじまりと
黒く塗りつぶされた空間を眺める。
ただただ黒でしかなかった空間に、かすかに彩りが映りだす。
僕の目が、暗闇に少しずつ慣れてきたのだ。
季節は冬、それも今日で2020年が終わる大晦日。
僕はただ一人、小高い丘の上にある公園にいた。
そこは陽が沈むと急激に冷え込む事から僕以外に誰もいない。
そんな中、冷え切ったベンチに座り、何をするでもなく僕の家がある方向を眺めていた。
吐く息が白くなり、顔が冷たくなっているのが分かる。
それでも僕はここから動こうと思わなかった。
約束していたわけじゃない、ただ一人ここからの景色を見たかったんだ。
去年も僕はここにいた、けれど、それはまるで昔のように思える記憶だった。
1人でここにいた事を知った彼女は僕の腕を引っ張りながら言った。
『なんで誘ってくれなかったの?私も一緒にいたかったのにっ』
そういって、頬を膨らます彼女に僕はなだめるように言った。
『だって寒いのが苦手だって言うから誘わなかったんだよ』
僕の返事にますます頬を膨らめて目を逸らして口を尖らせる彼女。
『………』
返事がないのは怒っているからだろうか、僕は彼女を手を取って言った。
『今年は誘うから、一緒に過ごそうよ、ね?』
すると彼女は僕の顔を見てにっこり笑った。
『今年は、一緒に年越ししようね!』と。
そう言った彼女は、秋の訪れを迎える前に僕の横から去っていった。
今は他の男と一緒にいるのだろうか。
でもそんな事はどうでもいい。
ただ、いつも眺めていた一年の終わりが、こんなに寒くて寂しいものなんだと今頃になって僕は知った。
どれだけ彼女が僕をあたためてくれていたのか。
そして僕がどれだけ彼女を好きだったのか思い知らされる。
けれど今は僕一人この公園にいる。
1人眺める景色は明かりが灯っていく場所もあれば、消えていく場所もある。
それでもしばらく眺めていると煌々と光っていた明かりが、ふいに消えた。
商業施設の閉店の時間なのだろう。
少しずつ暗闇が増していく。
僕の心も、なぜか締め付けられていく。
急に吹き付けてきた風に目をつぶると、目に違和感を覚えた。
思わず目をこする。
冷え切った指先の感覚は鈍くてうっかり親指のひび割れた場所でひっかいてしまった。
僕は思わず右手を目の周りを押さえて下を向いた。
痛いのはきっと目頭を傷ついたから。
流れるものはきっとゴミが入ったから。
そう思って、ぐっと押さえて耐えてみても収まらなかった。
何をやっても無駄だった。
閉じた目蓋の裏には君の笑った顔が焼き付いている。
なにをしても君からは逃れられないのかって思ったら、乾いた笑いが白い息と共に口からこぼれた。
ちくしょう、何やってもダメだ。
彼女を諦めきれないんだ。
無意識に噛みしめた際に唇を噛んでしまい、口の中が鉄の味に包まれる。
痛みで現実に少し戻ってきたようにも思えた。
僕の顔から表情が消えていたのは寒さでだろうか。
痛みで歪む顔はきっとひきつっていただろう。
それでも僕は動こうと思わなかった。
そして左手でそっと噛んだ場所を触ってはまた少し考えた。
強く吹き付けてくる風に身震いをした僕は、また現実に戻される。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、気づいた時には唇からの血は止まっていた。
「よし!決めた」
冷え切った顔を、両手でパンッと勢いよく叩いた。
音と刺激に、僕の目は覚める。
ずっと座っていたベンチから立ち上がり、僕はその場を後にした。
ここにずっといたらダメだ。
諦められないなら、それでもいいじゃないか。
少しでも可能性があるのなら、僕は彼女の横にいたい。
今も好きなんだ、君が。
僕の想いは、ずっと燻っていたけど それは今日で終わりにしよう。
たとえいま、横にいなくたって、僕は君が好き。
それは変わらない。
でも僕は変わる必要がある。
いつか機会があるならば、もう一度君の横に立ちたいから。
僕の中では堰を切ったように思いの丈があふれ出て止まらなかった。
その思いが僕を奮い立たせるのだ。
吹き付ける風に凍える事はもうない。
僕は君への想いを糧に、公園に別れを告げた。