家族ごっこも簡単じゃない
ふんわり設定です。
登場する植物は雰囲気だけで、実在しません。多分。
本作に恋愛描写は一切ございません。
「さぁ、どうぞこちらに。僕のために時間を作ってくださってありがとうございます」
時刻は昼過ぎ。アフタヌーンティーにはうってつけの日の光がよく当たる角部屋には、可憐なティーセットと美味しそうなお菓子が用意してあった。
まるで自分が物語の主人公になったかのような錯覚を覚えるほど、この部屋は眩しく見える。なによりも、彼、ジェラルドは彼の父親に似て端正な顔立ちをしている。齢は僅か七歳ではあるが、将来は間違いなく誰もが羨む美男子だ。
そんな彼が微笑みながらこんな年増の女をエスコートしているのだから笑ってしまう。
「何言ってるの。誘ってくれて嬉しいわ。そういえば、ジェラルドとこうして二人っきりで過ごすのは久しぶりね」
「そうですね。最近は、ランディが貴方にべったりで全く話をする暇がありませんでしたから」
そう言って微笑むと、優雅にお茶を入れ、私にお茶を差し出す。もはや完璧すぎて怖い。
彼の言うランディとは、ジェラルドの三つ下の弟、ランドール。兄弟仲は良好で、今朝も二人で仲良く散歩をしていた。
四歳になるランドールは、出会った当初はもう最悪であった。
彼らの父親の後妻で、彼らにとっては継母である私を一切拒否し、話しかけようものなら癇癪を起こし、暴言を吐かれ、物を投げられた。
次第に慣れてきたのか、態度が和らぎ、最近では我儘な甘えん坊になってしまった。ジェラルドとは異なる、天使のような可愛らしい容姿に甘えられればそりゃあ嬉しい。我儘だって許してしまう。
ランドールの可愛らしい顔が浮かび、思わず笑みが溢れる。
一方ジェラルドは初めから、温厚な態度で私を迎え入れてくれた。特に反抗されることもなく、私はとても助かっていた。噂ではとんでもない悪童だと聞いていたから尚更驚いたが、こうしてアフタヌーンティーを楽しめる程には仲良くなっているのだろう。
目の前にあるカップを手に取り、お茶を一口飲む。
飲んだことのない初めての味に驚くが、爽やかなクセになる味だ。一口、二口とついつい飲んでしまう。
「そういえば、レスリーさんは植物に詳しいんですよね?」
「ええ、そうね。昔はよく散策に出掛けてたから、趣味の延長って感じだけれど。植物学者や研究者を呼んでもらって、直接教えていただいたこともあるわ」
子ども達にめっぽう甘い両親は、惜しむことなく自分たちの持つ力を利用してくれた。とりわけレスリーの興味関心は、唯一の娘であるということもあるだろうが、他の兄弟とは異なるベクトルに動いていたため両親もそれを楽しんでいた節がある。そのおかげで、昔から他の爵位を持つ令嬢とは話が合わないことがしばしばある。
そんなことより、先ほどから少し息が苦しい。お昼を食べすぎたのだろうか。まだ、お菓子も食べれていないというのに。
「ふふ。レスリーさん、だったらそのお茶に入っているモノ、何か分かりましたか?」
「お、茶…?」
手に持っているティーカップを覗き込む。表面には不思議そうな自分の顔が映っているだけで、別段変わったところはない。初めて飲むお茶であったが、ミントティーと同じような爽やかな味がした。何が入っているのだろうか。
「えぇっと…ハァ….ごめんなさい。少し息が苦しくて…。お昼を食べすぎたかしら?…それより、何か入っているのかしら?もしかして、とっても貴重なモノだったり…?」
「クッ…アハッ…アハハハハ!!」
突然ジェラルドが笑い出す。普段のジェラルドからはとても想像できないような下品で恐怖を感じる笑い方に驚きを隠せない。
「ちょっと、ど、どうしたの?突然笑い出してびっくりしたわ」
「ック…クフフ….いや、失礼しました。レスリーさん、コレ、何か分かりますか?コレを、貴方のお茶の中に入れてみたんですけど、どうですか?」
ジェラルドが懐から何かを取り出す。葉っぱのようなモノを指で掴んでいる。
「そ、れは…アサナシグサ…??」
アサナシグサは猛毒だ。植物に詳しくなくても、誰もが聞いたことある程度には有名で危険な植物である。火傷や皮膚疾患などの塗り薬として使われる有益な植物である一方、口に入れると呼吸困難や痙攣、四肢の麻痺症状、そして最悪死に至る。塗り薬にしても、毒消しの薬草と共に混ぜて使うのだ。純正の毒は危険であることは分かるだろう。
その、最悪が脳裏に浮かび冷や汗が出る。
「ブッブー。ハズレです。やだなぁ、一番間違えちゃダメな間違いですよ?コレはアサヒグサですよ?」
猛毒のアサナシグサとアサヒグサはよく似ており、間違われやすい。アサヒグサは、アサナシグサ同様薬用として使われることが多いが、こちらも食用ではない。
しかし、違う。彼の持っているモノは、確実にアサナシグサだ。見分け方は、手に持っても変色しない方がアサナシグサ。
仮にアサヒグサでも、口に入れればアサナシグサに比べて軽度ではあるが中毒症状が出てしまう。軽い目眩や頭痛、嘔吐、下痢。
どちらにせよ、彼、ジェラルドは私に対して毒になるモノを盛ったのだ。
「どうして…ハァ…こんなこと…ハァ…」
「どうして?…そんなの、貴方が嫌いだからですよ。他に何かあります?最近は何をしたのか知りませんけど、ランディが貴方に懐いた事も一因ですかね。目障りなんですよ、貴方。何母親ぶってるんですか?こっちが大人しくしてれば図々しくしゃしゃり出てきて。母親ぶった白々しい演技には飽き飽きです。だから、とりあえず早く出て行って欲しいので今回はコレで。次はもっと酷い事を…ってどうしたんですか?随分具合が悪そうですね。そんなに酷い症状は出ないはずですが?アハ。それとも貴方がお得意の演技ですか?」
「ハァ…ッ…」
ジェラルドが何かを言っているが、後半はほとんど聞き取れなかった。ただ、私が嫌いであるということは分かった。
先ほどから震えが止まらない。目の前がぼやける。手に、身体に力が入らない。
喉が焼ける様に痛い。熱い、痛い、熱い。
息が、できない。
ガシャンと音を立ててティーカップが落ちる。
ゴポリと口から血が溢れる。
人目見て高級だと分かる白いラグの上に、割れたティーカップの破片、緑色のお茶と赤色の血が広がる。
ドサリとその中へ身体が落ちていく。
歪む視界の中、天井のシャンデリアが日の光を受けてキラキラと輝いていた気がした。
レスリー(21)
伯爵家の長女
貴族だが、何でもできちゃう系女子
良い意味で天真爛漫
ジェラルド(7)
ウォルターの長男
父親に似て端正な顔立ち
温厚に見せかけて性格は破綻している
ランドール(4)
天使の様な顔立ち
我儘で癇癪持ち
ウォルター(28)
レスリーに興味がない
息子達の母親代わりにレスリーを妻にした