小説を5話書いたら応援コメントをしてくれるbotがほしいという話
個人的なエッセイです。
不快に思う人もいるかもしれないのでご注意ください。
小説を5話書いたら応援コメントをしてくれるbotがほしいという話をします。
小説を書いてみて思うことは、小説をかいてみたものの、これは自分で書いて自分で読んでいるだけになっているのではないかということです。
まあ誰かが読んでいればアクセスの状況はわかるわけで、それによって逆説的に小説が読まれていないということがわかるわけですが、読んでくれる人が限られているということ自体は別にいいわけです。
じゃあなんなのかというと、読んでくれる人は1人でいいけれど、その人がどう感じたかは知りたいということなわけですね。
これはまあ、話を書いた人は誰でもそうでしょう。言うなれば、これは対話に近いのかもせれません。会話を投げかけたら返してほしいという自然な感覚、居酒屋で隣の人に「ちょっと話聞いてくれん?」と話しかけて、「〜という事があったんよ。おもしろくない?」と問いかけたら、「へぇ、そう。」くらいの返事をしてほしい。
これが、話を書いても何もコメントがなかったら、それはもう、居酒屋で隣の人に話しかけていると思ったら鏡に映った自分に話しかけていたくらいのむなしさになるわけです。
いや、皆さんが言いたいことはわかります。皆さんは、それならコメントが書かれるくらい面白い話を書けといいたいのでしょう。
正論です。しかしながら、誤解していることがあります。それは、書いている本人は何かしら面白いと思って書いているということです。本人は面白いと思っている、けれど他の人は面白いとは思っていないという状況になっているので、面白い話を書けばいいだろ、ということを言われても余計に変な話を書いていってしまうわけです。
とはいえここで、「小説を読んだら出来るだけコメントしてあげてね。」という話で終わらせるのは少し待ちたいところです。
小説を読んでいる人に、「コメントって大事ですよね。」と聞いたら、100人中70人は「大事だよね。」と返事をするでしょう。
しかしながら、大事なことと実際にできることは違うわけです。私も読んだ小説全てに感想を書くことなどとてもできていません。
そ、こ、で!私のモチベーションを維持できる。他の人の負担にもならない。そんな夢のような仕組みが、5話くらい話を書いたら応援コメントをしてくれるbotの存在なわけです。
話を投稿するときに、「5話毎に応援コメントをbotちゃんからもらいますか?」みたいな選択をすると、5話投稿したら「5話掲載おめでとう。次はもっと面白い話書いてね(by botちゃん)みたいな応援コメントが届くわけです。そうすると、今までだと話を書いても無味無臭の状態だったのが、コメントをもらえることによって「なんだよ俺にコメントをくれるのはbotだけかよ……ちっ、しゃーねーな。もう1話くらい書いてみるか。」という気持ちになるわけです。
これは学生などにも言えることだと思います。学生が頑張ってテストでいい点数をとったとしても、親がそれに無関心だとしたら、その子は少しずつ勉強のモチベーションを下げていってしまうでしょう。
しかしながらそんなとき、botちゃんが「テスト頑張ったね。私はその頑張り見てるよ。」というような応援をしてくれると、「俺を応援してくれるのはbotだけかよ……ちっ、しゃーねーな。もう10分くらい勉強してやるか。」となるわけです。
実際、寂しくなってくるとすでに生の声じゃなくてもいいという段階になるわけですね。
いや、これはなかなか根が深い問題だと思うわけです。
学生が非行に走るのは親が育児放棄をしていて、注目を集めたいという心理からくる場合もあるそうですし、動画投稿者やブログを書いている人が荒れるような投稿を行うことは、少しでも注目を集めようとする心理からくるものでしょう。
犯罪にまで手を出すのは良識ある人が行うことではありませんが、こうした、人の反応を欲しがってしまうというのはなかなか根が深い問題だと考えるわけです。
それはさておき、そうしたbotがあると心理的に助かるなと思うわけです。もしくは犬を飼いたい。一緒に散歩したり一緒に寝たりしたい。
読んでいただいた方ありがとうございます。
内容はただの妄言なのでさっと流してください。




