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First Kill  作者: 吉沢憲次
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1kill目 遺書制作

「あのなぁ、先生もなにも無理をお願いしているわけじゃないんだぞ」

 1年1組の担任である凪奈田しずるは、不機嫌そうにそう漏らした。

「お前以外のクラス『全員』が、もう既に提出している」

 先生は全員という部分をひどく強調した。大方、日本人の本能である集団行動しないと不安になっちゃう現象を誘発するためだろう。

「聞いているのか加谷?」

「・・・はい」

 そんな先生を前にして、職員室中の視線を集めているのが俺だ。

 事の発端はついさっき。朝のHR後のことだった。

 凪奈田は日直の終わりを聞くと、直ぐに教室から出ようとする俺の前に立ちふさがった。彼女はいつものように怒りを含んだ笑顔を浮かべながら、厳しい口調で俺を呼びつけた。

「この後トイレに――—」という俺の申し出は敢え無く却下され、半ば強引に職員室に引きずられた。

「断固拒否します」

 この問答も何回目だろうか。俺もたいがいだが、先生も中々諦めが悪い。

 俺は毎度おなじみ、自分の意思に変わりがないことを先生に伝えた。

「受け入れるつもりはないが、理由は聞いといてやろう」

 街中でアンケートを取ったら、大勢が俺のほうが一〇:〇で悪いと言うだろう。しかし、この学生としての義務を果たせない理由が俺にはあった。

「だって・・・普通十六歳の時に遺書なんて書かないでしょ⁉」

 廊下の方で騒がしい物音が聞こえる中、俺は声ある意見を叫んだ。

 もちろん、俺の言葉は冗談でもなんでもない。事実として、この担任は生徒に遺書の提出を求めている。

「いや、若いうちは皆んな書いてるぞ?私も高校生の時書いた記憶がある。たしか当時好きだった上田君への気持ちを綴ってな」

「遺書にそんな甘酸っぱいもの書かないでください」

「いやでも、お前も中学生の時に書いただろ?卒業アルバムに載せるやつ」

「あんたは俺に卒文感覚で遺書書けって言うんですか」

「大丈夫だって。多少恥ずかしいこと書いても、見られるのは死んだ後だ。気にするな」

「別にそこ気にしてんじゃねーんだよ」

 こちらは真面目に話しているというのに、この人のふざけた態度には心底腹が立つ。

 今も生徒を前にしながら、のうのうと煙草に火を着けている。

「そもそも、書く必要性がないでしょ」

 独り言のように小さく呟くと、凪奈田だけでなく、聞こえない距離にいるはずの先生までもが、俺を射殺すかのように視線を向けてきた。

「お前はなにか勘違いをしているのか」

 俺の言葉を境に、さっきまでの馬鹿にした雰囲気と一転し、先生の目に殺気のような冷たさが現れる。

「ここ際深高校は政府非公認の殺し屋育成機関だ。その過酷さ、性質ゆえに年々少なくない死傷者が出ている。そんな環境で三年間生活するんだ。遺書は必要だろ?」

 先生は顔色も変えずに恐ろしい内容を口にした。

死ぬ可能性のある生活、殺し屋の学校。それもまた事実であり、残念なことに冗談ではないのだ。

「だから、俺は殺し屋じゃないって何度も言ってるじゃないですか!いい加減転校させて俺をここから逃がしてくださいよ!」

 遺書を出すというのは学校の、言えば殺し屋にとっての都合だ。自分が殺し屋だったのならいざ知らす、一般人の俺が出す義務も義理も無い。

 郷に入っては郷に従うべき時もあるだろう。それは認める。だけどこれは入っちゃいけない郷だから、従わないぞ俺は。

「君はいつまでそんなこと言い続けているんだ。じゃあ仮に君が一般人で、殺しとは無縁の善良な市民だったとしよう」

「だからそう言って―――」

「もしそうなら、ここの内情を知ってしまった今、転校は愚か脈がある状態で外に出ることは難しいぞ」

 先生は淡々とした様子で「殺す」と口にした。この人にとって殺人は、朝のジョギング感覚のものなんだろう。

非日常的な言葉に慣れている口調は、彼女が殺し屋であるという現実をより色濃くする。

「・・・や、やだなぁ先生、そんな冗談ばっかり」

 俺がハハハと笑うと、先生は呆れたように溜息をついた。その態度からも察するに、この人は俺のことを躊躇なく殺せるのだろう。

 これ以上話すと本当に自分の命が危ないので、紙と封筒を受け取って外に向かう。

 扉を開けたとき、凪奈田先生は後ろから声を掛けてきた。

「まあここで生活していれば、遺書を書く理由がおのずと理解できるさ」

俺は「そんなわけあるか!」と心の中で叫んでから、無言で職員室を後にした。

 


 廊下に出ると、マフィアとヤクザの抗争でもあったのか、床の至る所に壁の破片と薬莢が転がっていた。

 学校とは言ったものの、中身は限りなく戦場に近い。そんな殺意と銃が交差する学校生活にとことん嫌気が指す。

 どうやって早退しようか考えていると、後ろのほうから声がした。

「あ、カヤっくん!」

 見るとそこには、この生活の汚点とも言える顔が立っていた。

 火縄すずめは俺と出会えたのがそんなに嬉しいのか、満面の笑みで手を振っている。

 たった今学校に着いたのだろう、手にはアクセサリーの一つもない鞄を掲げられていた。

 そういえば今日は登校時間別々だったなと、特に必要のないことを思い出して、彼女がこの場にいる理由に納得する。

「職員室から出てきたってことは、退学っすか?」

「そうなったら嬉しいんだけど・・・いや待て、なんで職員室来ただけでそんな不名誉な結論出てくんだよ。俺のイメージそんな悪くないはずなんだけど」

「なんとなくっす」

 すずめは自分の非礼に自覚がないのか、屈託のない笑顔でそう言った。それに彼女の中ではなんとなくが物事の判断理由としては十分らしい。

「遺書だよ遺書。提出してないから呼び出されたんだ」

 そういえば、先生は俺以外は提出したと言っていた。目の前のこいつも、こんなアホ面していて遺書を書いたというのか・・・。

「なあすずめ、お前はどんなこと書いたんだ?」

「遺書っすか?えーっとたしか・・・」

 遺書なんて書いたら普通忘れないものだと思うが、すずめはわざわざ顎に手を添えながら上を向き、必死に思い出そうとした。

 彼女のような殺し屋と、一般人である俺の常識は違う。食事、睡眠、それに遺書。あらゆる点を見ても、彼女と俺に類似する部分は数えられるほどしかない。

「その日食べたご飯の事と、授業の事と、カヤっくんと喋った内容を書いたっす」

「日記かよ・・・」

 特に俺とすずめはの間では、こういう生死に関わる場面での齟齬が目立つ。多分、葬式とかでもこいつは笑顔のままな気がする。

「カヤっくんはなんで出していないんっすか」

「決まってるだろ。必要ないからだよ」

 俺は自分の意見を率直に述べた。

 遺書を書くのにはいくつか理由がある。自分の死を悟った時。誰かに伝えたい言葉を残したい時。伝えなければならない義務を果たす時。だが、俺にはどれもない。

 若い自分にとって死なんてまだまだ遠くのものだし、残念なことに、親戚も友達もいないから伝える言葉も無い。だから、俺は遺書を書かないし書く必要もない。

「まあ、確かにそうっすね」

 すずめはそう言うと軽やかに階段の手すりの上に乗っかった。危ない。

俺の目線より高い位置にいるはずなのに、不思議とスカートの中は見えないままだ。

「カヤっくんは、わたしが殺してあげますから」

 これまた不思議と、綺麗な笑顔ですずめは俺に殺害予告を叩きつけた。

 ただの少女―――俺と同い年で、俺より背の低いただの女の子が目の前の男を殺すと言った。

 だが、殺意を向けられた自分に嘲笑や侮りといった感情は現れない。彼女は俺を本当に殺すのだろう、という気分の悪い確信が、濁ることなく心の中にあった。

「お前なんでそんなに俺に殺意抱いてるの?俺なんかしたっけ?」

「もぉー覚えてないんすか?」

 すずめは不貞腐れたのか、顔を可愛らしいリスみたいに膨らませた。

 しかし、俺が殺される理由と言うのは全くと言っていいほど見当がつかない。

 殺人に裏切り、浮気に美人局、俺はどんな罪も犯していないはずだ。

「あれはそう、自分とカヤっくんが初めて会った日・・・」

「・・・入学式の時か」

 


 その日は桜が満開した、よく晴れた日だったことを覚えている。

 同じ中学だったやつが一人もいない高校に入学した俺は、慣れない環境と新しい出会いに少しばかり心が躍っていた。それこそ、一人で鼻歌を歌うほどには。

 活気づく生徒たちの間を抜けて、一人で教室へと向かう。

 様々な箇所に経年劣化が見受けられる古い校舎は、変に哀愁を漂わせるものだった。そして、個人的にはそういう古臭い傷とかは結構好きだったりする。

 そんな特殊な趣向のせいで、前にいる生徒の存在に気付くのが遅れてしまった。

「あっ、わるい」

 こちらがぶつかったことへの謝罪を述べる。日本人の血を濃く受け継いでるからか、こういった状況でのごめんなさいは条件反射で出てしまう。

 ぶつかった拍子に何かが落ちたのか、下の方で鈍い音がした。

 これまた反射的に、落ちたものを拾おうと腰を曲げる。

「・・・・」

 そこには普段の学校生活では見られない黒い物体が転がっていた。厳密な名前はわからないが、おそらく人を殺すための道具として認知されているものが、そこにはあった。

 少しの間、思考と身体が停止する。ぶつかってしまった相手は俺に目をくれることなくブツを拾い、そのまま教室へと入っていった。

 思考を停止しながらも、その生徒に倣って教室へと入る。自分の席を黒板前で確認してから椅子に腰かける。荷物を下ろして溜息をついたとき、急に止まっていた理性が活動を始めた。

 なんだあれ⁉

 さっき俺が見たのは間違いなく、戦争やゲームでよく使われる手榴弾と呼ばれるものだった。

 新生活への熱意は、一瞬にして情報整理のための容量へと変換される。

 なんであんな物を学校に持って来てるんだ?あいつ何者だ?てか、銃刀法的にアウトじゃないのか?

 脳内が軽くパニックに陥っていると、HR開始を告げるチャイムが鳴った。我に返った自分は、一度深呼吸をして脈拍を戻した。

「そうだ、あれはお弁当箱か筆箱だったんだろう。最近はそういったデザインも増えてきてるしな」

 自分を無理やり納得させてから教卓に目を向ける。

「席に着けー、HRを始めるぞー」

 いつの間に入って来たのか、担任であろう女性がHR開始の号令をかけた。

 着席からの礼といった常識的な挨拶を済ませたのを確認してから、先生は口を開いた。

「んじゃ、まずは自己紹介からだな。私は凪奈田しずる。しずるは平仮名でけっこう。このクラスの担当を持つことができて光栄に思う。そしてこの一年間、君らができるだけ安全で充実した生活を送れるようにサポートしよう」

 先生は少し貧乏ゆすりをしてから、我慢できなくなったのか煙草を一本、胸元のポケットから取り出した。

 俺が入学できている時点でわかってはいたが、この学校の偏差値はかなり低い。だから、こんな不良みたいな先生がいたって何も驚きはしないさ。

「次は、あー、お前らにも自己紹介してもらおうか。一番前のやつから縦に言ってってくれ」

 凪奈田は気怠そうに煙草を吸っている。しかもその目は俺たちのことを見ておらず、やや下を向いている。多分、教卓に隠れて携帯をいじっているのだろう。いや、それ普通高校生がやるほうでしょ。

「わかりました。一年一組一番の足下正陽です。特技は―――」

 と、先生を無視しながら、各々が思い思いの自己紹介を続けていく。

 真面目にやるやつ、可愛い子ぶるやつ、ウケを狙うやつ。そんな色とりどりの個性が織りなす教室は、本来の明るさより眩しく見えた。

「出席番号二十一番の華々あざみです!」

 次に順番が回ってきた女子は、これまたよく目立つ顔立ちをしていた。

「私の好きなもの、いえ好きな人は水金楽様です!」

 そしてよく目立つこと言い始めた。

 いきなりの公開告白にクラスから歓声と怒号が上がる。特に男子から。

「ちょっ、あざみ⁉お前何言ってんだ⁉」

 おそらく華々の意中の相手であろう水金くんが叫ぶ。途端、クラスの男子から「羨ましい」や「死ね」といった言葉が、水金に向けて一斉に放たれる。

 死ねはともかく、羨ましいという感情は理解できる。実際、華々の容姿はそこら辺のアイドルよりもかなり整っていた。

 一方、華々は自身の自己紹介が一番盛り上がったことを気にも留めない様子で、水金を愛しそうに見つめている。すると何を血迷ったのか、目を血走らせながら、席二つ分くらい離れている水金の元へダイブし始めた。

「水金様ー!」

「わっ!馬鹿野郎!」

 突然の奇襲を防ぐ術も無く、水金は花々にかなりの勢いで頭からつっこまれた。

「ああ、水金様っ!」

「お前っ、くっつくなって!」

 男の全力抵抗を意にも返さないまま、華々は水金の胸元をがっちりホールドしている。

 すると再び、クラスの男子から水金に向けて怒声と嫉妬の暴言が浴びせられる。

 女子は破天荒な花々と、怒り狂う男子たちに呆れていた。だが、このリア充を憎んでいるのは男子だけではなかった。

「でめぇら・・・」

 クラスの熱気が一瞬で冷えるほどの、ドスの効いた声がどこからか聞こえる。皆が隣の席のやつと顔を合わせ、自分が言ってないことを確かめ合う。瞬間、声がしたのはこちら側ではないことを察知する。

 彼女は一切の曇りのない怒りを露にしていた。女性としての恥じらいを捨てたのか、スカートなのに右足を教卓の上に乗せている。しかし、それすら霞むほどの強烈な爆弾を、その人は腕に抱えていた。

 ――――ミニミ軽機関銃

二百発の5.56mm弾とそれに耐えうる堅牢な銃身。ベルギー産のこの銃、はソマリアとイラクにおける作戦で数々の敵を葬った実績を持つ。当然、30代女性が持てるような物ではない。

「死ねぇ!」

 教育者としてあるまじき暴言と共に、人差し指サイズの弾丸が教室に打ち込まれる。リア充への嫉妬を引き金にした鉄の雨は、机や窓といった学校の備品を次々に破壊していく。

 音が止んだのは、射撃開始から四十秒後のことだった。

「・・・・・」

 先程まで綺麗だった教室は一瞬で塵芥に埋もれ、盛大に笑いあっていた級友たちは床で寝転がったまま動くことは無かった。

 あまりの出来事に身動き一つ取れなかった俺は、幸いなことに無傷なままだ。

 しかし、身体は無事でも心はそうはいかない。一日目にしてクラスが崩壊。悪の教典みたいな担当狂員。人生最大のトラウマが今、加谷丑貴の純情な感情に意味も無く刻み込まれた。

「いやーやばかったっすねー」

 今起きたことなどさも当然と言うように、そいつは軽々しい言葉を並べた。

「生存者?いったいどこに・・・」

 その声の主は意外と近くにいた。というか隣の席だった。

 彼女は俺と同じく椅子に腰を下ろしていた。ただ俺と違うのは、彼女の周りは普段の授業となんら変わらない、柔和な雰囲気が漂っていた。

 彼女はまるで人形のようだった。身長も女子の中ではかなり小さい方であり、顔も陶器みたいに白かった。何より人形だと思ったのは、彼女の表情から生気を感じ取ることができなかったからだ。

「お前、怪我してんじゃねーか!」

 しかし、そんな少女の顔には小さいが傷ができていた。自分の考えを否定するように、生きていることを証明する赤い血が、彼女の額から垂れていた。

「へ?ああ、平気っすよこのくらい」

「ちょっと待て、じっとしてろ」

 俺は鞄から絆創膏を一つ取り出し、彼女の傷に貼り付けた。

 幸いなことに、傷はそこまで深くなかった。それこそ絆創膏を貼る必要がないほどには。

 それでも手当を施したのは、俺の人柄の良さだろうか。いや違う。この状況下でその必要がないと判断するには、俺の頭は少々パニックになりすぎていたのだ。

「・・・・・ありがとうっす」

 少女は不思議そうに絆創膏を撫でた後、変わらぬ笑顔で礼を言った。

 朗らかな空気は良いとして、状況は依然、酷いままだった。

 震える手をなんとか抑えて、携帯電話に手を伸ばす。今、自分にできることなんて警察に電話を掛けるぐらいだろう。

 今の自分の身を守るため、何より、死んでいった友のために、この教師は然るべき罰を受けるべきだと思った。しかし―――

「先生いきなり銃ぶっぱはないですよー」

「え」

 見ると男子生徒が木屑を払いながら立ち上がっている。

 とうとう俺は幽霊が見えるようになってしまったのだろうか。

 しかし、俺の悪寒を余所に、次々と死んだと思われていた生徒が立ち上がっていく。

 彼らに目立った傷はない。またこの状況に抗議する奴や、騒ぎ立てるような輩が一人もいない。

「な、なんなんだこいつら・・・」

 学校に来てから僅か数時間足らずで、俺の脳神経はマヒしていた。

 手榴弾を持ち込む生徒、銃を持った半狂乱の教師、常識的感覚のない隣人。

「どうしたんすか、そんな青ざめて?」

 おそらく、今後一番接点が多いであろう隣の女の左手には、鉛筆の代わりにナイフが握られている。

 もし、この場においては、こいつらではなく俺が異常だとするのなら。

「殺し屋同士仲良くやっていけるといいっすね!」

 俺はきっと生きて卒業できない。そう直感した。

 


 あの運命の日から二週間が経った。慣れというのは怖いもので、こいつらが殺し屋という現状を、すっかり受け入れている自分がいる。

・・・いや慣れてないわ。だって教室に近づくと足が震えるもん。

「ん?今の回想の中で俺が殺されるような要素あったか?」

 思えば俺はすずめに対してなんの悪事も働いていない。いや、もしかしたら銃乱射で霞んでいただけで、無意識のうちに何かしてしまったのかもしれない。

「もぉーとぼけないでくださいっすよ。あれっすよあれ」

「『あれ』?」

 こういう場合、よくあるのは「自分を嫌らしい目で見てた」とかだが、生憎子供体型のすずめにはそういった気は起きてないし起きもしないだろうし。

「自分に絆創膏貼ってくれたやつっす」

「あーあれね。いや好意ならまだしも殺意向けるのおかしいだろ!なにそんなキレてんの?」

 まさかの善行だった。

「―――?嬉しかったすよ?」

「じゃあなんで・・・ってもう着いたか」

 気が付くと二人は教室に着いていたのだか、なにやら室内に違和感が。

 空気、ではなく、空間的な違和感。言葉にするのは難しいが、強いて言うならバランスが悪い?そういった違和感がそこにはあった。

「なぁすずめ。うちのクラスの人数って何人だっけ」

「三十人っす」

 すずめの答えが正しいのならおかしい。クラスに置いてある席は5×5の二十五席。つまり、すずめの記憶と合わないわけだ。

「なんか減ってないか」

「死んだんすよ。多分」

 さらっととんでもないことを言ったよこいつ!

「バカな!あの担任俺らの安全保障するとか言ってたのに、もう死人が⁉」

「二週間で5人って少ないほうっすよ」

「それだと二か月ちょっとでうちのクラスは全滅だボケぇ!」

 それよりクラスメイトの死にもっと投げかけるべき言葉があるだろうが・・・。悲しいとか寂しいとか、ここのやつはそんな感情まで失ってんのか?

 平然と過ぎていく殺伐とした環境に愕然としていると、「おーいすずめー」と呼ぶ声がした。

「あっ、ちょっと行ってくるっす!」

 すずめは鞄も置かずに声の方へと駆けて行った。おジャ魔王がいなくなってくれた、これでようやく落ち着ける。

 しかし、席に着いて息を付く間もなく、誰かが俺の肩を叩いた。

「加谷くん、ちょっといい?」

 振り向くと、そこには一人の男子生徒が立っていた。

「君って、一般人なんだよね?」

急な質問に「そうだけど」と不愛想に答える。

 もしかして、すずめみたいに俺のことを殺そうとしているのか?

 確かに、血に飢えている殺人鬼にとって自分は格好の獲物だ。何せ、殴れない逃げれない声出せないのひ弱三原則を掲げているからな。

 警戒心全開の俺に対し、男は涙を流しながら手を握ってきた。

「へ?」

「よかったー!実は俺もそうなんだよ!」

 男は涙を口にぶっかけながらそう言った。

どうやら、被害者は俺一人じゃなかったらしい。

「俺以外にもいたのか」

「だよねだよね!いきなりこんなクラスに入れられて訳わかんないよね!あ、俺の名前わかる?」

 男は顔を近づけすぎたのに気付いたのか、恥ずかしそうに身を縮めた。

「わるい、人の顔と名前覚えるの苦手で・・・」

「気にしないで。僕の名前は浦桐雄太。よろしくね加谷くん」

 俺はそれからしばらく、浦桐と話し合った。お互いの状況と、この学校に来てしまった不幸について。

 浦桐は、話してみるととても明るいやつだった。殺し屋のやつと違って常識もあるし、話題にもついてきてくれる。仲間である俺を見つけられて嬉しかったのか、話の合間に号泣することも多々あった。

 そんな風に話し込んでると、浦桐から興味深い話が出てきた。

「じゃあ、今日の放課後のやつも来るの?」

「なんだよそれ?」

「えっ?だから、今日の放課後に、校長室で転校するための必要書類を書くやつ」

「そんな話聞いてないぞ。俺が転校するときは死ぬときだって凪奈田に言われたし・・・」

 今朝の呼び出しの時、確かに凪奈田先生はそう言った。あの言葉には俺を逃がさないという確固たる意志が組み込まれたていた気がする。なのに、浦桐には転校を許可するのか。

 そんなことが許されるのか。いや、あの人のことだ、どうせ適当に仕事をこなしてたんだろう。

「なら一緒に行って頼んでみようよ。俺が大丈夫なんだ、きっと加谷くんだって」

「あ、ああ!そうだな!俺だって言う時は言うぞ!」

 俺の気合が燃え上がるのと同時に始業の鐘が鳴る。出鼻をくじくようなタイミングだが、俺は諦めないぞ。

「その意気だよ。じゃ、また放課後に」

 おう、と挨拶を済ますと、浦桐は自分の席に戻っていった。

 俺はようやく見えてきた希望に浮足立っていた。

 多分表情に出ていたのだろう、すずめがチラチラとこちらを見てくるが、気にしない。どうせこいつとは今日いっぱいの関係だ。

 


 いつもより長く感じられた授業が終わり、際深高校は放課後へと突入する。

「一緒に帰るっすよカヤっくん」

 自由になった途端、すずめは大声で自分を帰路へ誘う。いつもなら了承するところだが、今日は生憎別の用事がある。

「わり、この後校長と話してくるんだ。先帰っててくれ」

「―――はあ?」

 俺は不満そうなすずめを無視して浦桐の元へ向かう。

 着くと、浦桐も俺と同じ様子だった。こいつも普通の生活に戻れることが嬉しいのか、顔色が今朝より良くなっている。

「じゃあ行こっか」

「おう!」

 俺たちは教室を出ると一直線に校長室へと向かった。今まで行ったことはないが、どうやら連絡通路を超えた先にある特別等の四階?が目的地らしい。

 特別等にはクラス単位で使っている教室が無い分、進むにつれて自然と人の数も減っていく。

 目的地までもうすぐという所まで行くと、いよいよ人っ子一人いなくなった。

「そういや、転校後の転入とかどうしてくれんのかね。なんか融通利かせてくれねーかなー」

 静寂に包まれた廊下に自分の声が小さく反響する。

 外では部活動に勤しむ生徒たちの姿があった。皆一様に、銃を構えている。

「そうだね」

 浦桐のほうも今朝と比べると大分口数が減った。明るかった表情も、後ろからだと全く見えない。多分、こいつは二人きりになると妙に緊張して喋れなくなるタイプだ。

「ここだよ」

「お、着いたか。それじゃ、失礼しまーす・・・って」

 扉を開けると、そこには人は愚か机などの備品すら無い空き部屋だった。

 明らかに使われていない教室は、手入れすらされていないのか、目につく場所のほとんどに埃が溜まっている。

「おい浦桐――――!」

 気が付くと俺の足は地面から浮いた場所にあった。というか、身体が思いっきり投げ飛ばされていた。

 状況を理解するより先に、俺の身体は地面に強く叩きつけられた。

「いっっっっってぇぇ!」

 人生で初めて受けた暴力行為に身体中が悲鳴を上げる。骨は折れていないはずだが、それでも背中と腰回りには鈍い痛みが走った。

 どうしてこんな事が?いったい誰が?そんな疑問は一瞬で解消された。

 嘘の話で俺を釣ったのも、この人目の付かない場所に誘導したのも、ここまで来たのも、容疑者となるのはこいつ一人だけだった。

「どういうつもりだ浦桐・・・!」

 浦桐雄太の目からは先程までの明るさが消え、代わりに凪奈田が見せたような鋭い冷たさを放っていた。

「全部嘘だったのか?」

 あの目は人間の目じゃない。間違っても普通の生活でできる目でもない。なら、こいつは最初から――

「強いて言うなら、全部嘘だよ。あの人柄、話、立場。どれもお前をここに誘うための演技だ」

「殺すのか・・・?」

「逆にテメーはこの状況で談笑でも始めると思うか?」

 そう言うと浦桐は笑いながら懐からなにかを取り出した。黒く光る銃身、突きつけられる空洞、俺を殺すために用意されたであろう武器。それは俗に言う、拳銃そのものだった。

「殺される道理なんてないはずだぞ」

「理由は二つ、どちらも簡単なもんだ」

「まさか・・・」

「そう、そのまさかだ」

「お前も絆創膏を貼ったとかいう理由で殺すのか」

「んなふざけた理由じゃねぇよ!ってかバンソーコーなんて貼ってもらっとらんわ!」

 浦桐はノリよくツッコんでくれた。そう思ったのも束の間、すぐに殺し屋の表情へと戻ってしまった。

「俺は大嫌いなんだよ。『自分は殺し屋じゃない』とか言う、プライドもクソも捨てて弱者のふりをするやつがよお!」

「なっ、俺は本当に殺し屋じゃない!信じてくれよ!」

 どうして誰も信じてくれないんだ。俺の目はそんなに濁っているのか?俺の言葉はそんなに薄っぺらいものなのか?俺にはわからない、こいつらが病的にまで俺を殺し屋としたい理由が。

「残念ながらな、そんなことは万に一つもねぇんだわ。この学校はその特性故に、厳重に学生の情報を取り扱っている。だから、絶対に一般人が入学しないようにあるシステムが採用されているんだわ」

 初耳だった。学校側の設けた厳重な警戒網・・・。俺が入っちゃってる時点でかなりの脆弱性が見受けられるものだが。

「それは?」

「世間の目をごまかすためにやっている入試問題の中から六問、殺し屋の間だけに通用する答えを書くことさ。なんならこの場で全部言えるぜぇ?

問一:明智光秀によって暗殺された武将を答えよ。   答え:ホトトギス

問二:アッカド朝を滅ぼしたのは何人か。       答え:3人

問三:塩化ナトリウムの原子記号を答えよ。      答え:AK

問四:□面楚歌、□に入る漢字を答えよ。       答え:死

問五:次のうち答えが合っているものを選択せよ    答え:無記入

問六:ファックスを英語で答えなさい         答え:fu〇k

この答えを真面目に回答する奴がいるんだったらお目にかかりたいもんだぜ。いたとしてもとんでもねぇバカだがよぉ!」

 浦桐は真面目だった。わざわざ答えだけでなく内容まで暗記しているなんて、そんなの努力家で生真面目なやつしかできないよ。

 そして浦桐、確かにお前の言うとおりだ。そんな問題にそんな答えを書くなんて、とんでもない大馬鹿野郎だ。

でもなぁ浦桐、お前の目の前にいるのがその馬鹿野郎なんだよぉ・・・。

 断片的にだけど記憶に残ってる。お前の言った問題があったことも、お前が言った答えを書いたことも。というかテスト大喜利じみたことしてんじゃねーよ!

 俺は自分の運の悪さを呪った。ついでに頭の悪さも恨んどいた。

「弱者のふりで火縄の懐に入るとはな、全く予想してなかったわ」

 浦桐はなんの前振りも無く彼女の名前を口にした。

「すずめは関係ないだろ?」

「関係大有りだ。そもそも火縄のお気に入りじゃなきゃ、わざわざこんな周りくどいマネはしねぇ」

「どういうことだ?」

「まだとぼける気かよ。火縄つったらあの殺しの名家だろうが。そんでもってあの女は歴代の火縄家の中でもかなりの実力者だ。それこそ、自分の陣営に迎え入れようってやつが五万といるほどにはな」

 あいつそんなに凄いやつだったのか。確かに只者ではない空気はどこかあったけど、でも、あんな小さい女の子が・・・。

 しかし、これで状況は大方把握できた。傍から見ると俺がすずめを奪ったような感じで、それを疎ましく思った浦桐が、すずめに気付かれないようにこっそり俺を殺そうとしてるというわけか。

 改めて自分の運の悪さを呪った。なんという不運の連続、見事に噛み合った要因の数々だろうか。これならば、こいつの言う通り殺されても仕方のないことなのだろう。

 まったく――――

「ざけんなよ」

「ああ?」

「ふざけんなって言ってんだ。俺はただ、すずめと親しくしてるだけだ。殺し屋の勢力争いとか知ったこっちゃない。お前には指図する権利も、俺の命を奪う権利もないはずだ」

 とても殺し屋に通じる道理じゃないのはわかっていた。こんな説教垂れたところで、俺は死から逃れられない。でもどうせ死ぬなら、一言くらい伝えたいことを言っていいはずだ。

「立場がわかってねぇようだな」

 俺の額に冷たい銃口が突きつけられる。

 状況は絶望的だ。例え俺が喧嘩慣れしてようと、銃を持っている相手には素手では敵わない。それに立地も最悪だ。この時間にこんな場所に人が来る確率なんて、それこそ天文学的だ。

「助かるなんて思わない方がいいぜ?誰も使わない教室に、外には二人の見張りが付いている。誰か来ようと、お前は死体になった状態でしか面会できないぜ」

 浦桐が引き金に手を掛ける。

 恐らく、人生で一度あるかないかの死に瀕した体験だというのに、不思議と俺の心は

落ち着いていた。

「あばよ、ふり野郎」

 それは諦めの境地に達していたからではない。今朝言ったばかりのあいつの言葉が、俺の頭の中に浮かんだからだ。

「なに⁉」

 浦桐が扉の方に銃口を向ける。だがその時にはもう、火縄すずめはその背後を取っていた。

 すずめは捉えることのできないほどの速さで男二人を片付け、同等の速さで浦桐の裏を取ったのだ。

「火縄、なんでここに・・・!」

「わたしが席に戻るとカヤっくんの周りに知らない殺気が付いてたんですよね」

 知らない臭いに反応する犬の嗅覚のような、人間の限界値を超えた殺気への直感。それが、火縄すずめが最も優秀な殺し屋として名を轟かせる由来だった。

「まさかそれだけで⁉」

「まあ結局は勘ですね。それでお二人を尾行してたらこんな事に―――」

 すずめが喋っている隙を狙って浦桐は懐からナイフを取り出した。殺す気満々の躊躇なきゼロ距離からの刺突。しかもセリフの途中という誰もが油断する瞬間を突いたナイフは、虚しくも空を切っただけだった。

 火縄すずめの姿は既にそこにはなく、再び振り返った後の浦桐の背後を捕らえていた。

「よいしょ」

 すずめがCQCを掛けると、浦桐は勢いよく窓ガラスを突き破って中庭に落ちていった。

 死んだろ、あれは・・・。

 浦桐の心配を余所に、すずめがこちらに寄ってくる。

「大丈夫っすか」

 そう言うすずめの顔は、いつもより少しだけ暗かった。それは殺すとか死ぬとか平気で言えるやつが初めて見せた、心配の表れだった。

「ありがとうすずめ。お前のおかげで無事だよ。でも、なんで助けてくれたんだ?俺のこと殺したかったはずだろ?」

「それはっすね・・・」

 すずめはゆっくりと身体を寄せ、傷を心配するように優しく後ろに手を回した。

「へ?」

 こちらが動けないのをいいことに、すずめは顔を徐々に近づけてくる。

 幼かった顔つきは、割れた窓から差し込む夕日に照らされて幾分か艶っぽく見えた。

「お、おい」

 すずめはこちらをじっと見つめたまま、俺の唇へと進んでいく。その瞳には殺し屋のような冷たさはなく、普通の女の子のような甘酸っぱい色が宿っている。

「ちょっ―――」

 反射的に目を瞑る。このシチュエーションは明らかにアレをするためのものだ。

しかし、いつまでたっても何かが変わる気配はない。

それまでの空気をぶち壊すように、小さな悪戯っ子の笑い声が響き渡る。

「ハハハハハッ」

 こいつ、俺のことをからかいやがった。

 不覚にもドキドキしてしまった自分への戒めと、呼吸を落ち着かせるために溜息をつく。そのタイミングに合わせてすずめが何かを呟いた。

「カヤっくんのファーストキルは自分のものっすから。他の人には殺させないっすよ」

その声が誰かに届くことは無かったが、すずめは口にしたことに満足したようすだった。

「さっ、寮に帰るっすよ!」

 すずめはサッと立ち上がるとドアのところまで駆けていく。そこにはもう、先程の殺し屋の姿も、普通の女子高生の姿もなかった。

「からかいやがって・・・」

 こうして一命を取り留めた俺は、いつも通りの帰路に就いた。



 帰り道のすずめは何かと上機嫌だった。いつもより口数も多いし、なにより俺の話を黙って聞いてくれる。こいつなりに慰めているつもりなのだろうか。

「ん?どうしたんすか?」

「いや・・・なんでもない」

 今回のことで、すずめが素人目でもわかるぐらい強い殺し屋であることを実感した。

 恐らくこいつはこれから先、普通に殺し屋になって、どんな以来も普通にこなしていくのだろう。

 けれど、すずめに対して恐怖という感情は浮かんでこなかった。

 彼女は俺を助けてくれた。その事実が、俺を不思議と安心させてくれる。もし今後、今回と同じようなことがあってもすずめは助けてくれる、そう確信を持って言える。

 こいつも、きっと今まで同じように俺と接していくのだろう。

「それより、あれやらないとな・・・」

 翌日、俺は再び職員室で担任の前に立っていた。昨日と違うのは、俺が不良生徒として来ているわけではないことだ。

「やっと書いたか」

 封筒を受け取った凪奈田先生が満足げに笑う。

「どうやら、お前の中でも整理がついたようだな」

「はい・・・。提出はしたんで、俺はこれで」

 そう言って職員室をでる時、後ろで紙を破く音がした。いやお前、俺が死ぬまで開けるなよ。見られて困るものじゃないから別にいいけど。

 

天国のお父さん、お母さん。後立つ不幸をお許しください。今までの人生は、決して充実したものではありませんでした。本来ならば中卒になるはずだったところを、僕は偶然ながらも高校に進学することができました。少し変わった校風ですが、なんとかやっています。友達と言えるかわかりませんが、一人だけよく喋るやつがいます。そいつはどうやら良い所のお嬢様で、皆から欲しがられている立場にあるようです。そんなやつがどうして僕に関わるのか理解できませんが、信頼に足るやつだと思ってはいます。今はまだそいつの考えていることの一片も理解できませんが、いつか腹を割って話せるくらいの関係にはなりたいと思っています。僕の財産についてですが、こちらは全て適当な団体に寄付してください。家や思い出の品も残さず灰にしてくださって結構です。最後に、これを読んでくださっている皆様へ伝えたいことがあります。それは――――

俺を殺した犯人は火縄すずめだ

ということです。ですので、俺が死んだときはこいつをム所にぶち込んで一生外に出さないでください。どうかよろしくお願い申し上げます。




加谷 丑貴


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