1 見知らぬ部屋
ふと目を覚ますと、俺は知らない部屋の中にいた。体はベッドの上、上には掛け布団。白い壁に花の絵が描かれた、異国情緒漂う部屋だ。
「…あれ」
体を起こして、窓の外を見た。全く見慣れない景色だった。建物は全て洋風で、東京とは全く思えない。草花が多く、遠くには川も見える。
な、なんだここは?
「お、起きたか」
ドアがガチャリと開いて、低い男の声がした。顔を覗かせたのは、30歳くらいの髭を蓄えた男だ。
「お前は、誰だ?」
「お前って失礼だなあ、俺が拾ってやったのに」
拾った、そうか、この男が俺を助けてくれたらしい。
「すみません。あなたが、助けてくださったんですね」
「まあな、礼には及ばねえよ」
男はベッドの横にあった小さな木の丸椅子に腰かけた。
「俺はユジクっつうもんだ。ここのワーパー管理をしてる」
「ワーパー…というのは?」
ユジクと名乗るその男は、顎髭を撫でながら言った。
「お前みたいなやつのことだよ。ワープしてきたやつってこと」
「わ、ワープ…?」
「そう。お前は、お前が住んでた世界から、ワープしてきたっつうわけ。20歳の誕生日にな」
誕生日に、ワープ。俺の頭の中をいろんなことが駆け巡る。
そうだ、俺はバイト帰りに強い光に吸い込まれて、それで…。
「と、いうことは」
男は頷いた。
「そ。お察しの通り、ここはお前にとって異世界だ。もう元の世界へは帰れない」
え。
「ええええええええ?????」
「…おい。おい!大丈夫か?」
「…」
俺は同じベッドの上で、二度目の起床を迎えた。
「…あれ」
開けた目の先にいるのは先ほどと同じ、髭の男、ユジクだ。
「よかったよかった。目を覚ましたみてえだな」
「あれ、俺は…」
「異世界だ、つったら、気を失っちまってたんだよ。そのまま帰らぬ人かと思ったぜ」
「帰らぬ人って、物騒な」
そうだ。俺はいまさっきこの人に、異世界にやってきたと知らされたところだったのだ。
「にしても異世界って…。ツッコミどころがありすぎるし、というか、もう帰れないし、もう、何が何だか…」
「まあ気にすんな」
「気にしますよ、当たり前じゃないですか」
「落ち着けっつうことだ。どうだ、腹が空いてるだろ。飯でも食わねえか」
確かになんだかお腹は空いている。俺をこんなベッドで寝かせてくれるんだから、悪い人ではなさそうだし、お言葉に甘えるとしよう。
「はい、じゃあ、いただきます」
ダイニングには、二人分のプレートが置かれた。上には美味しそうなパンとチキンサラダ、そしてスープまである。
「わあ、美味しそうだなあ」
「そうか?」
「異世界のご飯って言ったら、ドラゴンの切り身とか、モンスターの煮付けとか、そういう感じだと思ってたけど」
「漫画の読みすぎだな」
ユジクは笑いながら、パンを頬張った。俺もそれを見て、パンを一口齧る。優しい小麦粉の風味が口に広がった。やはり見た目通りの味わいだ。
「ここにはドラゴンもモンスターもいない。お前の元いた世界とおそらくほとんど変わらねえ」
「そうなんですか」
「ああそうだ。ここには他にもワープしてきたやつが何人もいるが、みんな不自由なく暮らしてる」
「へえ…。というか、そんな何人もワープしてくるんですか」
「一年に一人か二人だな。お前の前にワープしてきたやつは半年前くらいだった。みんな、トウキョウっつうところからワープしてくんだ。お前もそうだろ?」
「あ、はい、そうです」
「どうやらそこに、ワープホールみたいなのが繋がってるらしいな。それに、ワープしてくるやつは、みんな20歳の誕生日なんだ」
「だから、俺の誕生日を知ってたんですね」
「ああそうだ」
災難な成人を迎えたのは、どうやら俺だけではなかったようだ。
「でもなんで俺が」
「それはよくわからない。こことの親和性がある人間が選ばれるっていう話だが、知らねぇな。とにかくお前は、もう元の世界へは帰れない」
「向こうでは、どうなってるんですか?俺は」
「おそらく死んだことになってるんじゃないかな」
「そうか…」
俺はスプーンを手に取り、一口啜った。するとユジクは、あれ、と一言呟いた。
「なんです?」
「…ショックを受けたりしないのか」
「え?」
「いや。向こうには帰れないと話すと、大体の者はショックを受けるもんなんだ。泣き喚いたりもする。さっきはお前も気を失うくらい驚いてたし、てっきりそうなるんだとばっかり」
「ああ…なんか、それも別にいいかなって。何か未練があるわけじゃないし」
東京、もとい、元いた世界で、俺は何かを成し遂げたわけじゃない。守りたいものがあったわけでも、楽しみにしていたこともこれと言ってない。名探偵コナンの結末は気になるが、だからと言って泣き喚くほどでもない。
「…そうか」
「あ、すいません。そんな暗い話じゃないっす。何も成し遂げずにダラダラ生きてたってだけなんで」
そう言うと、ユジクはあからさまな作り笑いをした。
「…そういや、お前の名前、聞いてなかったな」
「ああ、すみません。青砥彼方って言います」
「カナタか。いい名前だな。これからよろしく」
「はい。…ところで、これから俺は、どうするんですか?ここに住むんですか?」
「いや、カナタみたいなワーパーは、住む部屋が別に与えられる」
「そうなんですね」
「ああ、そして、就業してもらう」
「…え、就業?」
「仕事をしてもらうっつうことだ」