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さすがは大企業、福利厚生はバッチリだ


「社長、本当によろしいんでしょうか。」


 背の高い金髪のメガネをかけた女が、誰かに向かって喋りかけている。


「ん・・・何が?」


 声が答える。誰かが大きな黒い椅子に足を組んで座っている。


「彼の件です。計画にはかなりの無理があるように感じられます。」


「大丈夫じゃよ。王政府の長老どもの要件はじゅーぶんに満たしておるしな。」


「しかし・・・」


「心配か?」


「・・・はい。」


「なーに、(・・・聞こえない・・?)を起こすだけの力は彼には存在せんよ。で、”次”のほうはどうなってる?」


 金髪の女は、軽く手元の資料に目を通した。


「第3世代のほうはかなり順調なようです。12体中、11体が生存しています。現段階で第2世代より強力な(・・・)があり同時に安定しています。」


「そうか・・・まあ、すべてはスケジュール通りってことじゃな。計画の書き直しはもう嫌じゃからのー」


 声の主は椅子から立ち上がった。


「さて、ワシは”地下”に行ってくる」




―― これは誰かの記憶??


―― オレは何を見ている?





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「まあ、というわけなんじゃよ。わかったかな?」


 別室に通されたオレは、ジイさんから一通りの説明を聞いた。ジイさんの説明はこうだ。


 ジイさんは社長として新卒の採用活動をしていた。今年は内定辞退者が多くて、目標に全然達してない。再募集をかけても中々人が集まらない。そこで昔は光の勇者とも言われたくらいの大魔法使いだったジイさんが、強力な魔法を使って異世界からも募集をかけてみた。そして引っかかったのがオレ。


 待て待て・・・とすると、オレは本当に数合わせのためだけに異世界から召喚されたのか??


「まー、異世界から来たなんて会社の連中には内緒じゃぞ。頭おかしーと思われるのがオチじゃしな。」

 

 まあ、初めから言う気はなかったけども・・・。というかその前に、オレは内定を承諾した覚えはない。日本に帰るぞ。


「ジイさん・・・悪いけど内定辞退するわ。今すぐ日本に帰してくれ。」


「いやあ・・・それはできんのう。だってもう社員にしちゃったしなあ。」


 オレは無言でジイサンに掴みかかった。この会議室のような部屋には警備員はいない。ジイサンを締め上げることも十分に可能だ。


「・・・ちょっと、老人をいたわらんか!」


「ジイサンも前途有望な若者の将来をいたわってくれ!!」


「わかった!わかった!3か月、それだけでいい!試用期間の3か月働いて、嫌だったら辞めてもよいぞ!」


 試用期間というのは、入社後のお試し期間のようなものだ。入社した段階ではまだ新入社員は仮入社状態で、この間に新入社員が何か問題を起こしたりすると、会社側は本採用を拒否できる。その期間が普通の会社では3カ月くらいある。NNTグループも試用期間を3か月設けているようだ。

 しかし・・・3か月の間に死んでしまったら、内定辞退も何もない。それで人生終了だ。


「3か月もこんなところに入れるかよ!!」


「いやあ・・・こんなところとは心外じゃのう。うちは給料もいいし福利厚生とかもバッチリじゃぞ?」


 いくら待遇がよくても、あんな化け物と戦うのは無理だ。命がいくらあっても足りない。オレはホワイト企業でまったりしたいんだ!


「いくら待遇よくてもあんな化け物と戦えなんて無理だろ!!」


「いやあ・・・ちょっと勘違いしておるようじゃのう。直接バグと戦う仕事じゃないぞ。」


「ん・・・?そうなのか?」


 エリナはバグと戦うのが仕事だ、とはっきり言っていたような気がするんだが・・・。


「んじゃあ何をする仕事なんだ?」


「まあ、戦うという意味ではそうじゃがの。戦うのはお主ら社員ではない。バグ掃討プロジェクトの管理運営とバグと戦う人たちのマネージメントがお主の仕事じゃ。」


 マネージメント??プロジェクト管理??何だそれは・・・。


「さっきお主らがやったような、バグと直接的に魔法で戦うなんてことは滅多にないぞ」


 そうなのか・・・?つまりこの建物の中で、戦う人たち向けの事務作業をやるということか・・・?

 それにしても、さっきの騒動をこのジイさんはもう知ってるのか。こういう情報は一瞬で社長のもとに行くのだろうか。


「まーまー、詳しいことは後で研修とかで学べるから。それにどーせ日本に帰ったって、無い内定の悲惨な人生が待っとるだけじゃぞ。」


 余計なお世話だ・・・と言いたいところだが、その通りかもしれない。どうせあの時期から募集している会社なんてブラック企業しかない。

 それならいっそのこと、この世界のホワイト企業のほうが・・・いやいや待て待て。この会社がホワイト企業だとはどうしても思えん。

 しかし3か月・・・試用期間の間だけか。それくらいならやってみてもいいかもしれない。少しこの世界がどんなものなのか興味もある。


「3か月・・・だけだかんな!」


 口車に乗せられた気がするが、とりあえずは、まあいいだろう。この世界では本当にNNTグループは大企業らしいし、給料や生活には困らないだろう。


「ふぉっふぉっふぉ。さすがじゃ!ほれ、この財布をやろう。社員証やら当座の金やら、必要なものは入っておる。」


 そういうと、ジイさんは懐から黒い二つ折りの財布を出して、それをオレによこした。


「あと、寮も用意しておいたぞ。そこに行けば色々必要なものは置いてある。まあ、入社式の後に案内があるじゃろうけどの。」


「・・・なんかずいぶんと用意がいいというか・・・気前がいいな。これも福利厚生の一つか?」


「ふぉっふぉっふぉ。まあ、異世界から来てもらっておるんじゃからのー。そんくらいはせんと」


 そう言ってジイさんは笑った。まあとりあえずは何とかなる、か・・・?


「入社式もまだ開会のあいさつの途中じゃろう。参加してきなさい。カワシマは話長いからのう・・・」


 誰だカワシマって・・・。川島?この世界の名前の傾向がいまいちわからない。タナカヒロキという名前はどうなんだろうか。エリナ曰く、変な名前らしいが。


 オレはとりあえずジイさんに言われた通り、入社式に出ることにした。部屋から出ようとして、ジイさんに聞こうと思っていたことを思い出した。


「なあ、ジイさん。黒の魔法、って何だ?」


 オレは振り返ってジイさんに尋ねた。一瞬、ジイさんの表情からいつもの締まらない笑みが消えた気がした。


「・・・なぜソレを知っておる?」


 なぜ・・・。オレも何故知っているかはわからない。ただ、何か記憶の片隅で、誰かが声をかけてきたような気がする。

 そしてオレは、実際に自分の左手からソレが”発生”しているのを見た。


「いや・・・何故かはわからないけど・・・。オレが使える魔法なんだよな?それが」


 そうだ。オレはソレを使える。そう思って右手を見てみたが、いつも通りの手のひらしかない。

 どうやって魔法を使うんだろうか。使えるものなら使ってみたい。エリナのように自由自在に使いこなせれば、万が一バグと遭遇したときも生存確率は上がるだろう。


「うむ・・・。」


 そういって一瞬ジイさんは考え込んだ。

 数秒して、ジイさんは自分の指にはめていた銀色の指輪を一つ渡した。


「これを使うんじゃ。魔法を使うには”ジェネレーター”がいる。まあ、簡単に言えば、魔力を生成する装置じゃな。」


 ジェネレータ―・・・。これがそうなのか?銀色の指輪にはところどころ青い光る模様が描かれている。この建物の塔の部分に使われていた金属と似ている。


「人は本来、物体に干渉するほどの魔力は持たない。だからジェネレーターで生成した魔力を、人間が操作することによって物質に干渉できるようにするのじゃ。それがいわゆる、魔法と呼ばれているものじゃ。」

 

 ふむふむ、なるほど。エリナの持っていたあのピンク色のステッキは魔力のジェネレーターだったということか。


「普通の人間には、魔力を操作するには深い知識と長い修練が必要なんじゃが。まあ、お主には特別な才能があるようじゃの。」


 特別な才能・・・?今まで現代の日本では何をやっても「普通」だった。勉強もスポーツも。名前や容姿ですら普通だ。そんなオレが異世界に来て特別な魔法の才能を持ってしまった・・・そんなことあり得るのか。


「魔力を制御できなくなったら、またワシのところに来なさい。新しいのをやろう」


 魔力を制御できなくなる、とはどういう意味なのだろうか。魔力を生成するのが、この指輪ということは、魔力を使い切ってしまって電池切れみたいな状態になるということだろうか。


 とりあえず指輪を左手にはめて、力を込めてみる。・・・何も出ない。心なしか、左手に感じていた違和感が消えた気がする。


「なあ、ジイさん、魔法の使い方は教えてくれないのか?」


「・・・まあ、ソレを使わなければいけない状況にはならんよ。」


 そうなのか・・・?まあ、使わなくていいに越したことはないんだが・・・少し残念な気もする。さっきやったみたいに、エリナの魔法を跳ね返してドヤ顔してみたい。

 

 オレが左の手の指輪を使ってみようと色々と手を動かしていると、


「さすがに、カワシマの長い挨拶も終わっておるかのう。」


 と、ジイさんはいつも通りの締まらない笑みを浮かべてこう言った。



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