異世界ホワイト企業の内定ゲットだぜ
「いやーすまんかった!」
気が付くと、病室のソファーにオレは寝っ転がっていた。急いで起きて時計を見る。11時半。面接は・・・絶望的だ。
頭を抱えているオレに向かって放った、当事者のジイさんの一言目がこれ。
「ダイジョブだったかい?君。」
駅員・・・いや警察か?制服を着てないからわからない。グレーのスーツを着た人が言った。そうかおれは病院に運ばれたのか。隣には白衣を着た中年男性とジイさんが座っている。
「体はだいじょうぶ・・・たぶん」
おれは力なさげに答えた。少し頭はボーっとするが体は普通に動くようだ。
顔を触ってみると頬のあたりが腫れている。気絶したほど殴られた割にはダメージが少ないな。・・・まあ、就活のほうは大ダメージを受けたが。
「少し休んだら詳しい話を聞かせてもらえないかな?」
ここに警察がいるということは、さっきの男は警察に捕まったのだろう。事情聴取か…めんどくさいことになった。
でも警察から企業側に説明してもらえれば再度面接はできるだろか?
「普通、あれだけ強く殴られたらもっと重傷になりそうですが・・・運がよかったですね。」
警察の隣にいた医者が続けて言った。いや、殴られて病院行き、面接も絶望で運がいいのか?
「まあとりえあずは、顔の打撲以外は健康そのもので骨にも異常はないので、しばらく休んだら大丈夫だと思いますよ。」
少し医者や警察とやりとりした後、彼らは部屋を出て行った。
改めて部屋を見渡してみると、白いベッド、白いカーテン、白い壁、すべて白で埋め尽くされている。病院のベッドなんて初めて使った。アパートのベッドより清潔で気持ちがいいどうせ就活も全滅だ。このまま一人でここでゆっくりしてもいいか・・・
・・・ん?
「ジイさん、何でまだいるんだ?」
警察と医者が出て行って、一人になったと思っていたら病室の片隅に未だにジイさんが座っていた。
白い部屋に、不思議な格好をしたじーさんはとても浮いている。今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。警察や医者もスルーしていたような…?
「災難じゃったのー。ふぉっふぉっふぉ」
このジイさん、漫画のような笑い方をする。真っ白いヒゲと伸ばし放題の白髪が独特の雰囲気を醸し出している。もう漫画に出てくる魔法使いそのものだ。
よく見ると、ヒゲが伸びててヒゲの先が三つ編みになってる。これはもしや…原宿界隈なんかではお洒落になったりするのか?
「どうじゃ、わしの回復魔法は効いたじゃろ?まあ道具なしだからの。完治とまではいかなかったがの。」
何言ってんだこのジイさん?
おれが魔法使いみたいだ…と思ってたことを察してのジョークか?おれはジイさんの顔を覗き込んだ。
丸いメガネをかけている…しわだらけの顔だ。
しかしそれより・・・どこかで見たような気がする。なんだこの感覚・・・?デジャブ?
「何言ってんだジイさん…。それよりおれの就活どうしてくれんだよ。せっかく最終面接まで言ったのに!11時からだったんだよ!じーさんのせいだぞ!」
ほんとは1次面接だったが話を盛っておいた。
「ふぉっふぉっふぉ。それはすまんかったのー」
ちっともスマンとは思ってない顔だ。これはぶん殴っても無罪なんじゃないだろうか??
「どーしてくれんだよ…!内定くれよ。慰謝料として!」
おれは無茶苦茶な八つ当たりをジイさんにした。
「いいよー!」
少しは困ってくれるかと思ったが、この原宿系魔法使いじーさんは、原宿系の軽いノリでYESと答えた。いや原宿の人に失礼か、その例えは。
「いいよって何だよ…じーさんには無理だろ。」
「いやできるんじゃなそれが。だったわし、社長じゃもん」
「しゃちょう・・・?」
しゃちょう・・・?会社の社長だと言いたいのか?
待て待て待て。これは助けたジイさんが実はパターンか?
そんな都合よくいくわけない。どうせ社長だったとしても社員はジイさんだけとかそんな感じだろう。
「嘘つけよじーさん・・・」
「いやいやほんとじゃって。しかも超大企業じゃぞ?社員は1万人おる。グループ会社含めてな。」
「・・・なんでそんな偉い人がこんな時間にウロウロしてんだよ」
「採用活動じゃよ。リクルーターってやつ?ほれ名刺。」
ジイさんが軽いノリで答える。おれはジイさんからもらった名刺に目を通す。
愛と平和のインテグレーター NNTグループ
代表取締役 社長 ジョン・H・ミッドフィールド
白い名刺から文字が目に飛び込んできた。おれは目を見開いて固まってしまった。
・・・・ま・じ・か?
というか、このジイさん外人なのか?ジョンって実家の犬の名前じゃねーか。まさか本当に大企業の社長?
会社名は・・・N(無い)・N(内)・T(定)か。洒落が利いてる。そんな会社本当に実在するのか?どう考えても嘘だろう。
「どうじゃ?信じたか?」
オレの驚きを察したかのようにこう言って、ジイさんはドヤ顔している。
この軽いノリのジイさんが大企業の社長だとはとうてい思えないが・・・たしかに外人で外資系企業なら大社長でもこんな軽いノリでくるのかもしれない。
「ジイさん、ほんとうに内定くれんのか…?」
「ああ、もちろんじゃ。」
「職種は??営業とかはできねーぞおれ。」
「営業なんてほとんどいないぞ。政府や他企業から仕事を貰うBtoBビジネスじゃしな。」
BtoB・・・ビジネスtoビジネス。法人相手の仕事ってことか。就職対策本で読んだな。
まあノルマに追われて人に頭を下げる飛び込み営業とかよりは全然マシだ。
「平均年収は?福利厚生は??」
「平均年収は・・・まあ初年度は、円で言えば800万円くらいか?保険や独身寮ももちろん完備じゃ。」
「初年度で年収800万…それ、超長時間労働の残業代込みで、だろ??」
「残業なんてほとんどないぞ?しかも休みも好きなときにとっていい。」
いやいやいや・・・聞けば聞くほど疑わしい。そんなおいしい話あるか??
「・・・。そんな好条件あるわけないじゃねーか!絶対嘘だろ!」
「うーんまあ、ちと勤務地に難点があっての」
なるほど…海外勤務とかそんな感じか。円で言えば800万円とか不穏なこと言ってたしな。まあしかし残業代なしで年収800万円はかなりおいしい。海外勤務も寮とかあって生活の面倒みてくれるなら悪くないか!?
「どこなんだよ。フィリピンとかか?」
ジイさんは初めて少しモゴモゴと困ったような顔をしながら言った。
「うーん…。まあ、いわゆる異世界ってやつでな?」
イセカイ・・・?何言ってんだこのジイさん・・・何だか急に頭がクラクラしてきた。