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いくら無い内定でもブラック企業だけは嫌だ



――残念ながら不採用となりました。今後のご活躍をお祈りします。


――これで20個目のお祈りメール!!



 また面接に落ちた。これで20社目・・・


 オレの名前は田中広樹。現在、就職活動中の22歳大学四年生だ。まあ、この通り大学3年生から就職活動を始めているものの、一向に受かる気配がない。


 有名大学でもない、何やってるかわからない学部、何の資格も特技もない履歴書・・・名前ですら特徴がない。こんなもんで内定がとれるわけがない・・・いや、ほとんどの就活生たぶんそうなんだろうけど。


 でもオレはみんなのように、いわゆるサークルの副部長だとか歯車の潤滑油だとかそんな企業に媚びる気はさらさらない。あくまでオレの素、ありのままの自分で超一流企業への就職を目指すのだ。


 そして20個目のお祈りメールをもらった。もはや書類落ちで、面接すら受けさせてもらえなかった。いや、まあさすがに超一流外資系企業に応募したのは無謀だったか・・・。


 そしていま。ここから21個目のお祈りメールを貰いに…いや違う、大企業の内定を勝ち取るべく東京駅にいるのだ。


 人、人、人・・・この時間、ほとんどがスーツを着たサラリーマンだ。

 少し蒸し暑くなった5月。見渡してみると、みなしっかりとネクタイをしている。ガラス越しに映る黒髪の好青年も、しっかりとリクルートスートを着込んでいた。それが、おれだ。まあ、イケメン・・・ではないかもしれない。が、普通!普通の顔。


 就活するまではサラリーマンなんて…と思っていたが、この厳しい就職戦線を潜り抜けた戦士たちだと思って見ると、なにやら彼らも違って見えてくる。

 スーツに身をつつんだ戦士たち。彼らはいったい何と戦っているんだ?オレもその戦いに身を投じようとしているのか…まったく現実感がわかない。


 いや正直、就職なんてしたくない。

 このだらだらした大学生生活を続けたい。いやな人間関係も何もない。時間にしばられることもない。でも世間はそれを許してはくれない。

 せめて給料が高くて休みが多くて大都会の大企業・・・ブラック企業だけは嫌だ。それを誰もが望むのは当然のことだろう?

 だからオレは中小企業には目もくれず、大企業に手当たり次第に申し込んでいる。


 今、ちょうど10時を回ったところ。何とか書類選考は突破した企業の1次面接は11時から。この会社逃したらもう大企業の持ち駒はない。急がなくては・・・オレは人混みをかきわけるように歩いた。


 山手線はどっちだ?


 東京駅は、就職活動で何度も訪れたはずだが、未だに慣れない。目黒駅で面接だから、山の手線に乗ればいいはずなんだが・・・その山手線がわからない。

 オレは東京駅の通路の中をひたすらウロウロと山手線を目指してあるいた。看板の矢印に向かって歩いているつもりなのだが、同じところをグルグル回っている気がする。




「ああ、人にぶつかっといてなんだてめえ?」


 いきなり声が響いた。駅というものは不思議で人の多さの割には静かだ。大声で騒ぐ人などめったにいない。だからなおさら声が響く。通行人は一瞥するものの、足を止める人はいない。

 ぶつかったのはおれじゃない。


「いやあ…だから謝っとるじゃろう」


 いかつい恰好したタンクトップの大男が、ショボくれたジイさんに絡んでる。どうやら、ジイさんがこの男にぶつかってしまったようだ。いやしかし、ジイさん、その回答じゃあ挑発してるようなもんだぞ。

 昔から何故か不良に絡まれることが多かったオレはこの手の奴らのことをよく知ってる。挑発なんかしちゃダメだ。かといってビビってもつけこまれる。あくまで冷静に対応すべきだ。


「あやまってねーだろうが、ジイさん。変な格好しやがってよぉ」


 確かに、魔法使いのような恰好をしている。古びたローブと、なんかよくわからない杖。

 いや、本物の魔法使いを見たことはないから、この格好が魔法使いなのかどうなのか、想像でしかないんだが。


「いやあ・・・これ、高いんじゃよお、なんせ防御力が…」


「ああ?聞いてねえよ」


 ジイさんは防御力がどうのこうのと、わけのわからないことを言っている。それを遮って、男がジイさんの胸倉をつかんだ。


 やれやれ・・・めんどくさいものを目撃しちまった。


 周りの人間は当然のようにスルー。東京人のデフォルトだ。みんな誰もが「すぐ駅員が来て何とかする」とでも思っているのだろう。

 でも駅員はすぐは来ない。ここはプラットフォームではなく駅内部の通路だ。駅員は遠くにしかいない。

 助けるべきか?いや、おれはあくまで面接に向かってる最中でトラブルはまずい。いやしかし…漫画とかでよくある、助けたジイさんが面接官だったパターン。ないかそんなこと…


「なんだてめえ。っもんくあんのか??」


 オレが思案しながら見つめていると、急に男はこっちを見て大声で怒鳴り始めた。やばい。こっちに飛び火した。こいつ酔っぱらってるなー…まだ午前中だぞ?


「いや、文句ねーけど・・・。」


オレは昔から敬語とか丁寧語は苦手だ。特に尊敬できねーやつには絶対使わない。


「似合わねえスーツなんか着やがって。ショボいリーマン風情が、いきってんじゃねーよ!!」


 お前はそのショボいリーマン以下だろう?ダメだ、こういうやつには挑発しちゃだめだ。わかってる。だけど・・・


「てめえみたいな社会の底辺よりましだろ。」


 言ってしまった。じーさんの顔が見える。何だかワクワクしたような顔をしている。いやいやいや・・・お前の代わりに絡まれてるんだぞ。もっとすまなさそうな顔しろよ。

 酔っ払いは激昂して、目を見開いてこっちを見ている。ああ、これは図星をついてしまったようだ。


 見ると相手が思いっきり拳を振り上げてる。あーこれは殴られるな。こういう瞬間は妙に頭が冴えて、動きがスローモーションに見える。

 そして、ゆっくりと男の拳が目の前に近づいてくる・・・ 


 21個目のお祈りメールか確定か。面接すっぽかした場合はメールくるのか?わざわざ長野から来てんだぜ新幹線で。飛んだ災難だ。


 そんなことを考えてるうちに、おれの顔面に拳が飛んできて、視界がブラックアウトした。せっかくスローモーションになっても、拳はよけられないのだ。




(1話分割しました)

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