拙い作り話
とても怖い夢を見た。ある日教室で級友たちと授業を受けていると銃を持った兵が前と後ろの2つのドアから入ってきて私たちを殺すという、酷く平穏な日常を送ってる私達には酷な夢だった。
まず最初に担任の先生が銃で頭を撃ち抜かれた。
担任の体が床に崩れ落ちる音がしてから少しの時間が空いて、その後の私と級友たちは大声で叫んで散り散りに逃げた。すぐに動けなかった人がどうなったかはその後に響いた銃声で理解した。
ここには普段私たちを守るルールは存在しない。彼らの引き金一つで私達は極めて容易に壊されてしまう。次に担任のように死ぬのは私かもしれないし、隣で懸命に走るこの人なのかもしれない。
体中の力が抜けて奇妙に崩れ落ちる担任を思い出した。今までになく聞こえる激しい心臓の音と滲み出る脂汗は更に私の精神を追い詰めた。
無我夢中で廊下を走って1階の昇降口まで行って外へ逃げようとすると『やめろ!』という声が響いた。
それは変声期前の高い声だった。私はその声がした方の教室に入ると中には私に叫んだであろう男の子と小さく丸まって過呼吸をしている女の子がいた。
男の子の方が黒板にチョークで何かを書いている。
私は静かに彼が何かを書き終わるのを待った。
彼は黒板に『俺は教卓に隠れる、お前は掃除ロッカーに隠れろ』と書いた。
その文字に、有無を言わさぬ力強さを私は感じた。
無言で頷くと掃除ロッカーの中に入った。
ホコリとカビの匂いがする汚らしい空間に私は1人で、あっちは2人なのに、と少し思った。
彼の言う事に従っていればきっと助かると思ったが、私たちは無事だったのは少しの間だけだった。
さっき男の子が私に向けて叫んだから外にいた兵隊たちが集まってきたのだ。
彼らによってドアが開かれると男の子は奇声を上げて彼らに飛びかかった。
しかしすぐ銃声が響いて彼の奇声は間もなく止んだ。
女の子は過呼吸をしているので居場所などすぐにバレて即座に殺されるだろう。
彼女を助けられるのは私だけだ。
掃除ロッカーに隠れる私なら居場所がバレてないかもしれない。不意打ちなら勝てるかもしれない。
彼女を助けられるのは私だけなんだ。
でも本当に勝てるだろうか?私は高い確率で無残にも殺されるだろう。身体中が痛くて苦しくて知らない兵隊たちに囲まれて死ぬだろう。
人生で1番の恐怖を抱いた。汗が目に入って目を閉じた。その時に銃声が響いて、彼女の過呼吸の音も聞こえなくなった。私が彼女を殺したのだと思った。
なぜと呟いたがかすれて声にならなかった。私の目には涙が溢れていた。
弱い者は強い者から強引に全てを奪われて惨めだ。
私は震えていた。それは掃除ロッカーをガタガタと震わせるほどで、その音で教室の兵隊たちは気づいたようだった。
私は震えながら掃除ロッカーを飛び出した。
何が出来るかわからないが彼らめがけて走った。
2歩目を踏み出したら銃弾が私の左足を貫いた。
痛みに叫びながら倒れると兵隊たちはゆっくりと私に近づいた。
その足音が一歩一歩する度に私の生への執着は2倍にも3倍にも増した。
私はこの学校を卒業して中学校へ進むはずだったのになぜ私は今左足を撃ち抜かれて倒れて兵隊に囲まれている。
兵隊たちは日本語じゃない言葉で何かを言ってから私の頭を撃ち抜いた。
私は目が覚めた。そして全てを奪われる悲しみに泣き叫んだ。
しかしこれがまずかった。私が泣き叫んだことで家族や使用人が起きて私の部屋へと飛んで来たのだ。
口々に『どうしたの?』と問われるのに私は泣きながら必死で『怖い夢を見た』と答えると『それは大変だ!』と全員が慌てた。父は私がもう1度寝れるように私に1人の使用人を寄越した。
私はその使用人と話をしながらベットの中でもう1度眠りについた。
次に起きると時刻は7時半になっており眩い光が部屋に降り注いでいた。私の部屋の観葉植物に水をやっている使用人が私に気づいて『おはようございます』と挨拶をした。私が挨拶を返すと使用人は『早朝は怖い夢を見られたようで大変でしたね』と言った後に『そして、怖い夢とはどのような物だったのですか?』と私に聞いた。
この質問に私は大変頭を悩ませた。なぜなら私は早朝に見た悪い夢の事を綺麗に跡形もなく忘れてしまったからだ。
夢というものはたいてい時間が経つと忘れてしまうもので、もう思い出せない代物となっていた。
私は『今日の晩御飯の時話す』と言って使用人に着替えさせてもらうと1階へと降りて家族と朝食をとった。
その時の話題は私の見た悪い夢で持ち切りで、しつこく内容を聞かれた。そのたびに私は『夕食の時に話すから』と言って難を逃れた。
私は夕食までに怖い夢を作らないといけない。
それもとびきり怖い夢だ。そんなに怖くない夢で私が泣いたと思われたら私は見下されてしまうだろう。
私は必死に怖い話を考えるにあたり、怖いとは何かを調べることにした。図書館に行って怖い話や妖怪の本を何冊も何冊も読んだ。時折怖くて読み進めるのをやめた時もあったが殆どは最後まで読んだ。
謎の男に追いかけられる話、口裂け女、トイレの花子さん、これ以外にも多数読んだがどれも怖かった。
何故こんなに怖いのかは理解し難かった。。
『殺されるからなのかな……』とぼんやりとした答えを呟いてみたが結局また分からなくなった。
そしてまたしばらく考えた後に気づいた。
読んだ怖い話の要素を全部混ぜればいい。
これだ!と思った。
図書館の怖い話の要素を全部混ぜたのだから怖いに決まっている。
私は夕食のギリギリまで図書館で怖い話の本を読んで話を作った。
日が暮れて、ニヤニヤしながら家族を震え上がらせてやると思いながら帰り道についた。
そうして長く待った夕食の際の『怖い夢ってどんな物だったんだ?』という父の言葉を聞いて私は優越感すら感じていた。
私はこの場にいる全員が私の話に震え上がることを確信していた。
私が話し始めると大人達は『そう言う怖い話しあったよね』と横やりを入れた。
そしてもう少し時間が経つと私の図書館の怖い話を混ぜた突拍子もない話に笑わない人がいなくなった。
私は話し終わった後、皆に『それは怖かったね』と半笑いを浮かべて言われるのが強烈に悔しくてまた泣いてしまうのだった。