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09.スマホが欲しい

 結局俺はプレイルームが締められる昼の時間になるまで拓真兄ちゃんと話していた。

 リナと拓真兄ちゃんは清潔室の方へと入っていき、俺も自分の病室に戻る。そうして病院食を食べていると、母さんが滑り込むように入ってきた。


「遅くなってごめんね、颯斗!」

「いや、大丈夫だよ。」

「土日は道が混むのねぇ……びっくりしちゃった」

「山中市みたいな田舎じゃないもんね」

「あー、しまった! 頼まれてた香苗の写真を持ってくるの忘れちゃってたわ!」

「母さん、それなんだけど……」

「え?」


 母さんは俺がなにを言いたいか、まったく見当もついていないという様子で目を広げて見ている。


「俺、スマホ……欲しいんだけど。そうしたら、香苗の写真も送ってもらえるしさ」

「だーめ。高校生になってからって言ったでしょう?」

「でも俺、病室から一歩も出られなくなる時が来るって聞いたよ。どうやって連絡取ればいいんだよ。いるだろ、スマホ!」


 まさか、まだ同じ理由で却下されると思っていなかった俺は、若干苛立ちながら母さんに問いかける。するとなぜか、母さんも苛ついたように口の端をへの字に曲げた。


「重要な連絡なら看護師さんに頼んで電話してもらえば済むでしょう?!」

「ちょっとしたことで連絡しちゃいけないのかよっ! つまんないことで看護師さんの手を煩わせられないんだって!」

「そんなつまらないことのためにスマホなんて必要ないじゃないのっ」


 ギリッと俺は奥歯を噛み締める。

 なんで母さん、こんなに頑ななわけ?! スマホなんて今時誰でも持ってるし、ましてや俺は今、病院で一人暮らし状態だぞ! 必要なの、わかんないのかよっ!

 俺は苛立ちも最高潮に母さんを睨みつけた。うちがそこまで貧乏だとは思えない。母さんが意地悪でやっているとしか思えなかった。


「なんでそんなにダメダメ言うんだよ!? いいじゃないかよスマホくらいっ」

「必要ないって言ってるの! どうせ女の子としゃべってばかりいるんでしょうっ!?」


 ギク、と俺の肩が不自然に揺れる。なんでだ。なんでバレたんだ。

 俺は彼女ができたことを母さんに言ってなかった。そのうちに言おうとは思ってたけど、言う前に入院しちゃったから。


「しゃ、しゃべってばかりとか……そんな、使わないよ……」


 しどろもどろになって答える俺に、母さんはひとつ息を吐き出してバッグの中を探り始めた。そして取り出したのは、一通の可愛い封書。


「それは……?」

「昨日、結城真奈美ちゃんって子がうちに来たの」


 ドキンと心臓がなる。まさしく、俺の彼女の名前だ。まさか真奈美の名前を母さんの口から聞くことになるとは思わなかった。


「真奈美ちゃん、スマホを買ったんですって。だから番号を伝えてほしいって、手紙を渡されたわ」


 真奈美、スマホ買ったのか! 俺は喜び勇んで手紙に手を出す。しかし母さんはその手紙をヒョイを引っ込めてしまった。ふざけんな。


「颯斗、彼女なんていたの? お母さん、知らなかったわよ?!」


 げ、真奈美が言っちゃったのか? 母さんの怒りの原因はそれか?


「言おうと思ってたよ! でも言う暇なく入院になっちゃったから」

「真奈美ちゃん、すっごく心配してくれてたわよ。あとで電話入れておきなさい」


 そう言って母さんはようやく手紙を渡してくれた。封書の宛名書きには可愛らしい字が踊るように並んでいる。間違いなく真奈美の字だ。

 俺は母さんがいなくなるのを待てずに、その手紙を開いた。

 颯斗へ、という言葉から始まり、真奈美の気持ちが綴られていた。

 俺を心配していることと、会いたいって気持ちと、どうにかして連絡を取りたくて親に頼み込んでスマホを買ってもらったこと。そしてその番号を。

 俺はその手紙をぎゅっと握った。


「母さん、お願いします。スマホ買ってくださいっ」

「……そんなに真奈美ちゃんと連絡が取りたいの?」

「当たり前だろ。俺の彼女なんだから」


 その俺の答えが良かったのかどうかはわからないけど、母さんはもう頭ごなしにダメとは言わなかった。


「……わかった、帰って父さんと相談してみる」

「本当!? 俺、別に長電話とかしないから!! ゲームも課金は絶対しないって約束するし!!」

「そういうことを心配してるんじゃないの」


 母さんの顔は怒っているというよりは、どちらかというと暗くなっている。俺には母さんの危惧する所が今一よくわからなかった。


「じゃあ、なに?」


 そう聞いても母さんはなにも答えてはくれなかった。持ってきた荷物の整理をして、しばらくすると帰っていった。


 翌日の日曜日に来てくれたのは、父さんだ。


「おう、颯斗聞いたぞ。彼女いるからスマホが欲しいんだって?」

「彼女がいるからっていうか……それもあるけど、香苗や父さん母さんと連絡取るためだよ」

「しっかし中二でもう彼女ができたのか! やるなあ、さすが俺の息子だ!!」


 母さんと違って父さんはなんか嬉しそうだ。これなら押せば買ってもらえるかもしれない。


「うん、父さんはかっこいいからさ。俺、その血を引けて嬉しいよ!」

「ん? そうか?」

「父さんならわかると思うけど、やっぱり女の子に連絡取ってあげるって大事だと思うんだよね」

「ああ、そうだな。不安にさせちゃ可哀想だもんな」

「だろ? やっぱり父さんは女心がよくわかってるよなぁ〜」

「ふっふっふ」

「だから俺も、彼女を不安にさせちゃダメだと思うんだ」

「うんうん、そうだな」

「スマホ、買ってくれる!?」

「ああ、いいぞ」

「ええ!?」


 あっさりと許可が出たことに、俺は仰け反るほど驚いた。父さん、簡単な男だと思ってたけど簡単過ぎないか!? そんなだからいつも母さんの掌で踊らされてんだぞ!


「なにを驚いてるんだ、自分で言っておきながら」

「だって、まさかこんなにあっさり……母さんはずっと反対してたし」

「ああ、母さんはな。でも俺は携帯持つことに反対したことはないぞ。母さんの意見を尊重して黙ってただけで、颯斗がこうなった以上、父さんは携帯を持つことには賛成する」

「そ、そうだったの!?」


 そう言えば初めて父さんの意見を聞いた。なんで今まで味方になってくれなかったのか。ちょっと腹立つ。


「早く母さんを説得してくれれば良かったのに」

「まぁ、母さんの言い分もわかるからな」

「言い分って? 俺はゲームはしても課金しないって約束できるし、友達とのやりとりはなるべくメッセージにして電話はかけないようにするよ。勉強がおろそかになるからダメっていうなら、勉強も頑張る」

「あ、いや、母さんはそういう心配をしてるんじゃないと思うぞ?」

「え?」


 そういう心配じゃない。そう言えば母さんも言ってたな。じゃあなんだっていうんだろう。


「じゃあ、なに?」

「多分……イジメとかじゃないか? ほら、ネットに色々書き込まれてどうこう……とかいうのがあるらしいじゃないか」

「なんだ、そんなことか」

「なんだって言うけどな。お前は病気になって学校にも行けないし、なに書かれるかわからないぞ。もしかしたらもうなにか書かれているかもしれない。それを目にしたらお前はどうなる?」

「別にどうもしないよ。っていうか、俺の友達でそんな奴は一人もいないし」

「まぁ父さんもそう思ってるけどな。でも母さんは心配なんだよ」


 あるかどうかも、起こるかどうかもわからないことで心配するなんて馬鹿げてると思う。けど、そういう心配をしてしまうのが母親って生き物なのかもしれない。


「大丈夫だって母さんに言っといてよ。もし嫌なこと書かれてたり、つらくなったりしたらちゃんと相談するから」

「わかった。じゃあ今から買ってきてやろうか?」

「え!? な、なにを??」

「なにをってスマホだよ。ついそこに携帯ショップあったしな。もう契約しちまったら母さんだって文句言えないだろ」


 すげー! 父親の行動力すげー!! 父さんカッコイイ!! 超感謝!!

 後でこってり母さんに絞られる姿が想像できちゃうけど、多分父さんはそこまで頭が回ってない。


「ありがとう、父さん!! マジで、スッゲー嬉しいっ!!」

「どの機種がいいとかわがまま言うなよ。一番安いやつにするからな」

「うん、言わないっ!! なんでもいいよ!!」

「よし、わかった。待ってろ」


 そう言って病室を去る父さんの後ろ姿はめちゃくちゃデカくてカッコよかった。

 俺もいつか、こんな父親になろう!


 二時間後、父さんは本当に新しいスマホを持って戻ってきた。

 父さんオススメのゲームアプリも入れてきてくれたみたいだ。


「父さん、ありがとう!!」

「おう。まず母さんに電話かけてビックリさせてやれ」

「うん!!」


 母さんの携帯にかけると、不審そうな声で『もしもし?』と出た。知らない番号から電話がかかってきたら、こうなるよな。


「母さん? オレオレ!」

『え?』

「スマホ買ったんだ! この番号、俺の名前で登録しておいてよ!」

『オレオレ詐偽は結構です』


 いや、違うからっ!! わかるだろ、俺の声っ!!


「母さん、颯斗だよ!! オレオレ詐偽違うし!」

『……颯斗? 本当に?』

「うん! 父さんがさっき買ってくれた!」

『まったく、もう……っ』


 母さんの怒りの息が吐き出された。こりゃ父さんが帰った時には、雷が落ちそうだな。


「大丈夫、SNSとかしないし、見ないし。友達と連絡取るためだけに使うから!」

『それはいいんだけど』


 あれ? いいの? イジメとかを心配してたんじゃなかったのか?


「じゃあ……なに?」

『颯斗……あんまり……』

「え、なに?」

『……なんでもない。あ、エロ画像は見ちゃダメだからね!』

「み、見ないよっ」

『ならばよろしい! じゃあ、適当な時間にお父さんを帰してちょうだい』

「うん、わかった。じゃあね」


 そう言って俺は電話を切った。結局母さんは何で俺にはスマホを持たせたくなかったんだろう?

 まぁ、もう買っちゃったからいっか。


「は、颯斗、母さんどうだった? 怒ってなかったか……?」


 父さんはドキドキと縮こまりながら聞いてくる。


「うーん、ちょっと怒ってた」

「そ、そうかぁ……」


 怯える(さま)は父親の威厳まったくなしだ。さっきまではカッコよかったのになぁ。ふと我に返っちゃったか。


「山郷堂のチーズケーキ買ってくといいよ。母さん、あそこのケーキ大好物だから」

「……そうするか」


 父さんは母さんの機嫌を取るために、早目に帰っていった。

 よし、これで真奈美に電話出来る!!

 俺は真奈美の手紙に書かれた番号を、スマホの画面に打ち込み始めた。

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