34.流れる血
説明が終わり、先生たちに礼を言って病室に帰ってくると、案の定母さんは少し泣きそうになってた。この間、強いと思ったばかりだったんだけどな。あれ、虚勢だったのかな。
「説明、結構時間かかったなぁー。母さんがいっぱい質問するから」
「先生に直接聞ける機会なんてないんだから、当然でしょ!」
まぁ確かに斎藤さんや木下さんと違って、母さんは常時ここにいるわけじゃないしね。
「なぁ、颯斗」
これまでずっとだんまりだった父さんが、唐突に口を開いた。重苦しいその雰囲気に、俺は心の中で首を傾げる。
「なに、父さん」
「血液型が変わってしまっても、大丈夫か?」
「ちょっとお父さんっ」
なぜか母さんが父さんを止めるように口を挟んだ。なにがなんだかよくわからなくて、俺は眉間に力を入れた。
「どういうこと? AからOに変わるだけだろ? 母さんと同じO型になるだけなのに、なんか問題あるのか?」
「まだ学校で勉強してなかったか?」
「ね、ねぇ……っ」
母さんに肘を掴まれた父さんは、「後で知るより今教えておこう」とそっと母さんの手を下ろしている。
なんだ、なにがあるんだ……正直、怖い。
父さんはメモ用紙を一枚取ると、そこにABという文字とOOという文字を書いて俺に見せてくれた。
「これ、なんだか分かるか?」
「え? ABは父さんの血液型だろ? OOって……O型の事?」
「そうだ。O型は詳しく言うと、OOっていう型なんだ」
「へぇ」
だからなんなんだろう。言いたいことがさっぱり分からない。
そんな俺をよそに、Aの下とOの下から線を引っ張りつなぎ合わせ、新たにAOと書いた。
「父さんのAと、母さんのOをもらって生まれたのがAO。つまりA型だ」
うん? Oが入ってるのにAなのか? よくわかんないな。
「うーん……じゃあ香苗は父さんのBと母さんのOで、BOのB型?」
「そうだ、分かったか?」
「うん、まぁ一応……なんとなくは」
首をひねりながら答えると、「つまり」と父さんは難しい顔をする。
「AB型とO型からは、どこをどう取っても、通常O型は生まれないってことなんだ」
「……」
父さんと母さんの血液型から、O型は普通生まれない。
そんなに気にすることじゃないはずなのに、なぜか衝撃を受けてしまった。
だって、血の遺伝子情報ですらドナーの物に変わっちゃうんだ……今さら、そんな……
そんなこと、と思おうとした。実際、さっきまではそう思えてたはずだ。
それなのに、あり得るはずのない血液型が家族の中に存在してしまうことを知って。
俺の心は地震が起こったかのように揺さぶられた。
『血の繋がり』とはよく言ったもんだと思う。移植後……俺に流れる血は他人のもので、父さん達とは無縁のものなんだって……血液型の話を聞いて、ようやく理解ができた。
そしたら……父さんと母さんと香苗が、とても遠くに感じられた。
他人、なんだ。
胸に杭を打ち込まれたかのような衝撃。
流れる血が変わるのは、わかってたはずなのに。
AB型とO型からは、O型は生まれない。
それは、血の繋がりがないことの証明なんだ。
「颯斗……」
低く響く父さんの声。
生まれてからずっと、父さんは俺の父さんで。
それは一生、死ぬまで……たとえ死んでも変わらない事実だと思っていたのに。
「血の繋がりがなかったら、俺たち、親子じゃ、ない……?」
俺の言葉尻は、勝手に震えていた。本当の親子なのに。
絶対に間違いないのに。
でも、流れる血は、他人。
その事実が急に重苦しく俺の背中に背負わされる。
気付けば、つらくて悲しくて……目から涙がポロポロと溢れ出てきた。
たかがこんなこと……のはずなのに、めちゃくちゃ、苦しい。
十三年間、ずっと俺の父親だった父さんと、いきなり縁が切れる気がした。
俺の父さんじゃなくなっちゃう気がして……
心が氷に触れたみたいに冷たくなって、苦しく痛い。
「颯斗っ!!」
そんな俺に父さんは大きな声で俺の名前を叫んだ。
グンっと肩を引っ掴まれて、父さんの真剣な顔が目に飛び込んでくる。
「そんなわけないだろっ!」
「とう、さ……っ」
肩を少し乱暴に揺さぶられ、視界がガクガクと揺れた。
俺の痛い胸と同じように、父さんの痛みもその表情から伝わってくる。
「父さんと颯斗は、誰がなんと言っても親子で家族だ!」
親子で、家族。
その言葉を聞いた瞬間、更に俺の目からブワッと涙が溢れた。
父さんはきっとまた言ってくれる。
『さすが俺の息子だ』って。
恥ずかしいくらい、周りに言って回るんだ。
『颯斗がスポーツ万能なのは、俺の血を引いてるからだ』って。
これからも、そうやって言うつもりなんだ。
「颯斗……っ」
今度は母さんが俺の涙を指で拭いながら視線を合わせてくれた。
その母さんの目は、今にも流れそうな涙でいっぱいになっている。
「私がお腹を痛めて産んだのは、間違いなく颯斗なんだからっ! それは絶対に覆せない、事実なんだから……っ」
そう言い終えると、母さんは大粒の涙を流し始めた。父さんもなにかを堪えるように唇を結んでいる。
「ごめ……父さん、母さん……」
「なんにも……今までと何にも変わらないんだからな。心配するな!」
俺は父さんに少し乱暴に抱き締められた。その後、ゆっくりと母さんにも。
父さんと母さんも、多分ショックを受けたんだろう。でもそれをおくびにも出さずに抱き締めてくれて。
今言ってくれた言葉は本心なんだろうなって、そう感じた。
だって、こんなにあったかい。
父さんの手も、母さんの涙も。
香苗がここにいたら、きっと『お兄ちゃんお兄ちゃん』って言って抱きついてきたに違いない。
父さんと母さんと香苗と俺。
流れる血が変わったとしても、俺が変わるわけじゃない。
香苗が俺の大事な妹だってことも変わらない。
だから俺達は。
ずっと、一生、変わらず。
家族で間違いないんだ。




